第32話 難民

 物見櫓の半鐘が度々鳴るようになった。

 荷馬車とともに避難してくる人々が増え、それを追って魔物もやってくるからだ。

 結界に拒まれる人もいて、今、村は大混乱になっている。

 俺は結界の魔力充填に村に来て、見知らぬ人々を見て怖く思っている。

 豊作で浮かれた村の雰囲気から一変しているのもある。

 やせ細った人々が、あちこち怪我をしていて、着の身着のまま逃げてきたのを目の当たりにして、動揺を抑えることなんて、できなかった。

 他の領地が不作というのは聞いていたし、魔物が沢山出たというのも聞いた。

 でも、目の当たりにしていなかったから、それがどれほどのものかなんて、実感がなかった。父たちが、魔物を撃退したのはわかったけど、戦うところは見てない。


 俺が村に降りたのは倒した魔物の始末がついた頃合いで、逃げてきた人たちの受け入れがやっと終わったところだった。

「ルオ、大丈夫か? 魔物がやってきたらすぐ、結界の中に戻って、屋敷に帰るからな」

 師匠が心配そうに言ってくる。ラヴァも俺の頬を長い舌で舐めた。

「うん、大丈夫。頑張る!」

 今回は結界を半周だ。街道に繋がる村を囲う門の前に、テント村ができていた。結界の外側だ。

 門は閉められていて門番が立っている。

「師匠、なんで村の中じゃないの?」

「結界の中に入れない者たちだ。今は詳しく身上調査はできないから、あんな感じになっている。それに村に住ませることは難しいんだ。領民の移動はお互いの領主の許可がないとダメなんだよ」

 ドワーフさんや建築工房さんたちはちゃんと手続きしたって事か。

「そうなんだ」

「今、寄り親の侯爵にも相談しているから、すぐに心配しなくてよくなる」

「そうだといいね」

 無防備な難民キャンプを見ながら、俺たちは魔力の充電を続けた。

(何か来る)

 ラヴァの声に魔物? と思わず街道のほうを見てしまった。遠くに土煙が見える。近づくと、魔馬が見えた。乗っているのは武装をした青年だ。全部で三騎。

「伝令だ! デュシス侯爵家騎士団の……」

 名乗りを上げて書状を見せ、門番が門を開けてると、駆けていった。

「侯爵家から早馬か」

「相談のお返事とか?」

「それもあるだろうが、もしかしたら軍を出せと言われるかもしれないな」

「ええ?」

 師匠の顔が厳しい表情になっていた。


 屋敷に帰ったら父が全身鎧姿になっていた。

「ルオ、これから子爵領に行ってくる。母様とイオを頼む」

「はい」

「ヴァンデラー卿、留守を頼む」

「かしこまりました。ご武運を」

 父とローワンは慌ただしく屋敷を出て行った。

 後で聞いたところ、領軍の三分の二を連れて、子爵領の領都へ向かったとのことだった。

 俺は祈るしかできなくて子供の自分に腹を立てていた。

 剣がダメでも、強くならなきゃ。

 魔法や、別の方法を見つけて、みんなを守るんだ。


 ポーションを作り、魔力を充填して、勉強をして日々が過ぎる。

 難民は相変わらずやってきて、テントは増えていった。


 魔物の襲撃はだんだん少なくなって、普段の出現率と同じ割合になってきた。

 父が子爵領に領軍とともに向かってから、一カ月が過ぎそろそろ秋になろうという頃。父たちが戻ってきた。

 何人かは亡くなり、怪我人もかなりでた。それでも父は無事に帰ってきてくれた。

「お帰りなさい!」

「ルオ、守ってくれてありがとう」

「うん」

「とうさまぁ~」

 イオが父に突進して抱き着く。そうすると父はイオを抱えあげた。

「元気そうだな。よかった」

「お帰りなさいませ」

「ああ、帰った」

 父は柔らかく微笑むと母と挨拶を交わした。

「ヴァンデラー卿、留守をありがとう」

「いえ、ご無事で何よりです」

「……子爵領の領都は壊滅状態だった。どうやら子爵はダンジョンを放置していたらしい。いや、できたのに気付かなかったのか? 森の奥にあったからな」

 ダンジョン!?

「それで魔物が?」

「まだ推測に過ぎないからな。それと、侯爵家に呼ばれている。家族全員で向かうことになった」

「論功行賞ですか?」

「まあ、それもあるな。多分、王都にも行くことになりそうだ」

 心底嫌そうに父はため息を吐き、突然の侯爵家訪問宣言に、俺はただ吃驚していた。



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