第62話 登録に行こう!

 謁見の日の翌日の朝、おろおろしているギードとカリーヌを見た。


「二人とも慌ててどうしたの?」

「学院の手続きが迫ってて!」

「そうなの! 入学時試験もあるので何とかしないと!」

「え? もう色々済んでたんじゃないの?」

 てっきりもう試験だけかと思ってたよ。

「ええ、そうなんですけれど」

 ギードは視線を泳がした!

「スピネル~!」

 通りがかったスピネルを呼び止めた。


「二人の相談に乗ってあげてもらえるかな? あ、師匠に相談してからのほうがいい?」

「構いませんよ。何が問題ですかな?」

「荷物の搬送とか、学院までの足とか……」

「お二人は寮に入られるのですかな?」

「タウンハウスはないですし、寮の手続きとかも、入学の手続きの時にする予定です」

「私もですわ」

「ふむ。馬車の手配はできますよ。旦那様所有の馬車がありますからね。乗っていかれるとよろしい。荷物の搬送ですか。それは少々お待ちください。荷物自体は馬車に?」

「あ、はい。荷馬車に……」

 二人は頷いた。

「学院の試験は三日後でしたな。入寮の手続きなどはその試験の結果が通達されてからのはずです。諸々手配いたしますので、自室かティールームでお待ちください」

「ありがとうございます!」

「感謝します!」

 ギードとカリーヌはほっとした顔で頷いた。

 よかったよかった。


「ルオ様、旦那様がお呼びですよ。執務室においでくださいとのことです。ご案内しましょう」

「はい」

 昨日お邪魔した部屋だ。スピネルがノックする。

「旦那様、ルオ様をお連れしました」

「ああ、入ってくれ」

 師匠は執務机で書類の山に埋もれていた。

「師匠、顔見えないよ!」

(見えない)

 ラヴァと二人で突っ込んだ。

(朝から、すごい勢いで書類片付けているわよ)

「旦那様の決済がないと処理できない書類ばかりですので」

「わかってるよ! ルオ、ソファーに座って少し待ってくれ」

「はい!」

 俺はソファーに座った。結構沈むふかふかのソファーだ。


 昨日はゆっくり見られなかったけど、貴族の執務室ってこうなんだね。装飾がされてて、天井には絵が描かれてる。西洋のお城や宮殿みたいな感じかな。天井が高いね。

 前世では直接目で見たことはなかったけれど、一度くらいヴェネチアには行ってみたかったな。

「待たせたな、ルオ」

「大丈夫。全然、書類の高さが変わってないように見えるけど、いいの?」

「減っても足されるからエンドレスなんだ」

 あ、師匠が遠い目になった。スピネルが紅茶をテーブルに置いた。いい香り。

「ギルドに登録に行こうと言っていただろう? 今日行こうかと思ってな。出かける格好をしてエントランスにおいで」

「ギルド! わかった! すぐ支度する」

 立ち上がろうとする俺を見て師匠が笑う。


「お茶くらい飲んでいけ。スピネルの淹れる紅茶は絶品だぞ」

 カップを持ち上げる所作は流れるようで、師匠は貴族なんだなと改めて思った。

「熱いので気を付けてください。ミルクとお砂糖はどうしますか?」

 お砂糖! でも甘いのは好きだけど、お茶は甘くないほうがいいんだよなあ。

「ううん、いらない」

 子供舌だけど、紅茶のいい香りが鼻に抜けてすっごく美味しい。

「すっごく美味しい! こんな紅茶、初めて飲んだ! うちでは麦茶かジュースだから……あれ? 侯爵家で飲んだ気もするけど、記憶から削除されてる」

「お前なあ。ものすごく緊張してたからじゃないのか?」

「うーん、豪華なお食事だったけど、野菜はルヴェールの方が美味しいなって思ったかな?」

「……緊張、してたんだろう?」

「してたよ! 侯爵家の子供たちに囲まれた時は怖かったもん!」

「あー……帰ってきた時、疲れた顔してたな」

 苦笑して師匠はカップを傾けた。俺も紅茶を飲む。


「旦那様、お話し中失礼いたします。ギード様とカリーヌ様なのですが、学院に通う手続きと、入寮の荷物の搬入手配のご心配をされておいででした。どのような予定になっていますでしょうか」

「ああ、一応聞いてはいるんだが、試験の当日は俺が付き添いで送ることになるな。ついでにルオとイオに学院の様子を見てもらう予定だ。入寮なんだが、うちで預かることは可能か?」

「それは可能ですが、よろしいのですか?」

「いろいろルヴェール男爵と話したんだが、特にカリーヌはルヴェール染めの中心人物だ。出来る限り情報を抜かれるような真似はしたくない。二年では十分に彼らを仕込めなかったしな。執事、侍女、男爵家令息・令嬢としてどこにでも通用できるようにしてやってくれないか」

「お任せ下さい、旦那様。必ずや、彼らをどこに出しても恥ずかしくない貴族にいたします」

「ありがとう。荷物は彼らの部屋に運んでやってくれ」

「となると、客間ではなく、ちゃんとしたお部屋に整えなくてはなりませんね」

「任せる」

「では、失礼いたします」

 二人はこのお屋敷から通うんだ。

「一年はルオとも重なるな」

「あ! そうか。そうだね!」

 紅茶がなくなる頃、メイドさんが呼びに来て支度を整えてくれた。


 エントランスに行くと、師匠が待っていた。ちょっとよそ行きにおめかししていた。

「師匠、かっこいい」

「いつもだろうが。行くぞ」

 師匠が俺の手を引いて屋敷を出ると、正面に、馬車が待ち構えていた。

 紋章が違うから、これは師匠の家の馬車だ。

「すっごく大きくて立派な馬車だけど!」

「一応伯爵家だからな」

「伯爵」

(はくしゃく)

 ラヴァも頭の上で復唱する。

「え? 伯爵なの!?」

 うちより格上貴族! 思わず膝を着こうとして止められた。

「ルオは弟子だ。身内なんだから、かしこまらなくていい」

「気軽に師匠って言っていいの?」

「言わなかったら叱るぞ。正座で」

 それはいやだ! 土下座の次に正座とか! 絶対どこかに転生者いたよ!

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