第46話 傭兵キャンプ

「いやいや、チップなんかに頼らんでも働きに応じて報酬は払うぞ? 傭兵ってのは金に汚いがその分、金の流れには清廉なんだ」


 夜、キャンプをしながらホランド団長とトマス副団長に改めて報酬の話を確認したアカとヒイロに、団長はあっけらかんとした態度で答える。


「まあ、三十枚はちと難しいかもしれんがな」

「直前の言葉と矛盾してる!?」

「一旦落ち着け」


 トマスによると、例の依頼票には「最大六名迄」と注意書きがあったそうだ。アカ達もそれは見ていたが最低人数は書いていなかったので気にしてはいなかった。


 そしてこの六人に銀貨を五枚ずつ払った場合の報酬が三十枚という意味だということだ。だが今回はアカとヒイロの二人しか応募がなかった……だからアカとヒイロで三十枚を山分け、とはならない。


「基本は一人銀貨四枚か五枚、まあ物凄く活躍をしてくれたら六、七枚まではあるが正直それ以上は他の団員からも不満が出てきちまうからな」


 一応今回の規模の戦いの成果は銀貨100枚が相場になるそうだ。そこから傭兵団の運用資金を除いた残りを正規の団員12人+助っ人――アカとヒイロの事だが――の合計14人で割る。すると一人当たり五、六枚がいいところだというわけだ。

 

「一応言っておくと、お前達は戦力として来てもらっている以上、他の野郎どもの夜の相手をして個別に金を取るのは禁止だ。まあ街に帰った後にやるなら好きにしてくれていいが」

「初めからそのつもりはないから安心して下さい」


 やはり報酬が多い依頼には罠があるんだなと呟くヒイロ。まあこの辺りは依頼ルールの範疇らしいのでアカとヒイロの経験不足からくる失敗であった。


「とはいえ、数日で銀貨10枚ならそれでも十分有難いか」

「そだね。減給されないように頑張ろう」


◇ ◇ ◇


 夜中は数人の見張りを残してあとの者は休息をとる。雨が降っていなければ焚き火の周りに適当に布を敷いて雑魚寝だ。一応女子ということで――昼間リアカーを押し続けた事もあり――アカとヒイロは見張りを免除され、また端っこで寝ていて夜這いがあっただのなかっただので揉めるのも嫌だという団長の判断により、焚き火のすぐ横で眠るように指示された。


「焚き火のすぐ横ってのもそれはそれで熱いは肌が乾燥してひび割れるわでハズレ席なんだが、まあ我慢してくれ」

「私とヒイロは火に強いのでそのあたりは大丈夫ですよ」

「火に強い?」

「二人とも属性が火属性魔法なんです。そのせいか、このくらいの焚き火なら触っても火傷しないし熱さも殆ど感じないんです」

「なんだお前達、魔法使いだったのか」

「まあ嗜む程度ですけど」

「はは、なんだそりゃ。しかしトマスとあれだけ戦えて魔法も使えるのか」

「同時には無理ですよ。炎を出す時はそっちに集中してないと上手くいかないので」

「そりゃそうだろうが、魔法が使えるならなんだって冒険者なんかに……ってこれは禁句だったな」


 冒険者には素性や事情を根掘り葉掘り聞かないという暗黙のルールを思い出して、団長は手を振った。


「それにしても火属性魔法とは珍しいな」

「それ、色んなところで言われるんですよね」

「大体の人間は水か光だからな。魔法使いがいたら大抵この二つ、稀に風か土どちらかだと思っていいってぐらいだ」

「闇と火の魔法使いって居ないんですか?」

「ゼロじゃねえが……悪いな、その辺りはあまり詳しく無いんだ。何せ傭兵だからな」


 そう言うと団長はガッハッハと笑って見せた。アカとヒイロはこの世界の知識は身につけて来ているが、こう言った常識みたいなものにはまだまだ疎いので有難い情報であった。


「しかし火属性魔法使いは火に当たっても熱くねぇのか」

「そうですね、ほら」


 そう言ってアカは焚き火の中に手を突っ込んでみる。ついでに横にいたヒイロと、火の中で手を繋いでみた。これは手から炎を出す時に明らかに炎に触れているのに熱くないよね? という気付きから色々と試していくうちに気付いた特性であった。

 

「火傷はしなくても服は燃えちゃうんでそういう意味じゃ平気じゃ無いですけどね」

「ああ、それは確かに困るな。じゃあ服を燃やさない程度に焚き火に近いところでさっさと休んでくれ。明日も早いんだからな」

「はい、おやすみなさい」


 野営の時はいつも互いに膝枕するアカとヒイロだが、この状況ならまあ安心だろうと判断して、一緒に眠る事にする。こっそり起きてても怒られてしまうだろうし。


 ……。


 …………。


 ………………。


 夜半。


 見張りをしているのは団長とトマス、そしてヘイゼルの幹部三人であった。黙って火を見ていると眠くなるので会話を交わすわけだが、そんな三人の話題は焚き火のそばで眠るアカとヒイロについてである。


「ホントに火のすぐそばでグッスリ寝てるな。あれで熱くねぇってんだから大したもんだ」

「荷台もしっかり押してたしな」

「ああ、引いてた奴がコイツらのおかげで凄え楽だったって言ってたぜ、期待の新人だな」

「とはいえ、今回だけだろう」

「そうなのか? こんなしっかりしたヤツら、正式に入団させて問題ないだろうが」

「いや、本人達がそれを望まないだろうからな」

「だろうな。報酬にこだわってるのがいい証拠だ。何か目標があってカネ稼いでるんだろ」

「目標ってなんだよ」

「さあな。まあそんなわけだからあまり情が移らんように気を付けろよ」

「……わかった。他の奴らにもそう言っとくわ」

「そうしておけ。特に一緒に荷台引いてたやつなんかデレデレだったからな」


 パチパチという焚き火の音が夜の闇に消えていった。


◇ ◇ ◇


 その後の道中、途中で魔狼の群れに襲われたりもしたがそこは戦い慣れした傭兵団である。さくっと群れを仕留めて夜はお肉を頂いた。


「まあ美味しくは無かったけど」

「もう慣れちゃったっていう方が正しいかな?」

「調味料の偉大さを改めて感じるわよね」

「でも港街だけあって塩が安いのは助かるよね」


 塩を振っただけの狼の肉をモソモソと頬張るアカとヒイロ。「あ、ここまだちょっと生だな」と指先から小さな炎を出して炙る姿は逞しいとすら言える。とはいえこれはこれで火力をコントロールの練習でもある。特に意識せずに炎を出すとアカの場合はボウリングの球ぐらいの、ヒイロの場合はそれよりもう一回り小さい大きさの火の玉が出てしまう。それより大きくするなら魔力を込めればいいのだけれど、小さい炎を出す場合は魔力の微調整が必要になる。



 三日目の夜。ここから十キロほど先の廃村に蛮族が陣取っているとのことで、最後のキャンプを敷いた。明朝は日の出前から移動を開始し、蛮族どもが本格的に活動を開始する前に一気に畳み掛ける計画だ。


「一応警戒網の外だとは思うが、くれぐれも奇襲には気を付けろ! 蛮族どもには夜目が効くタイプもいるからな!」


 念のため今日の見張りは初日二日目より人を増やすそうで、アカとヒイロもローテーションに組み込まれた。


「今更なんですけど、今回戦う蛮族ってどんな敵なんですか?」


 見張りの番が来たので、アカは周囲を警戒はしつつ隣にいる傭兵に訊ねた。


「ああ、二人は蛮族討伐は初めてか。そうだな……道中で倒した魔狼ども。あれはどう見ても魔物だよな」

「はい」

「じゃあ長命種エルフとか小人種ドワーフって聞いたとこはあるか」

「前に絵巻物で読んだことがあります。会ったことは無いですけど」

「うん、あれは亜人族のくくりになるわけだ。ヒト種とは違うが魔物より明らかにヒトに近いからな。そしてこれから戦う事になる蛮族ってのはより魔物に近い亜人とでもいうのかな。厳密な定義があるわけでも無いんだが、魔物の中でも立って歩いたり道具を使ったり、独自の言葉を使ってるやつらは大体蛮族って呼ばれる」

「その定義だとゴブリンも蛮族なんですか?」

「そうなんだが、ゴブリンの事はゴブリンって呼ぶんだよな……」


 つまり日本のように明確に定義しているわけでもなく、雰囲気で分けているということらしい。わりと適当な感じだが、言わんとしていることは分からないではない。


 要は今回討伐するのはゴブリンではないけれど知能のある魔物になるということなんだろう。アカとヒイロはゴブリン以外の魔物を狩ったことがないので、ここで勉強させてもらおうとこっそり考えた。


 ……。


 …………。


 ………………。


 日の出まであと1時間程度。いよいよ移動を開始しようという時間になり、各々の武器と防具を身につける傭兵団一同。


 そんな彼らの元に偵察に向かっていた者達が戻ってくる。彼らは夜のうちに廃村へ向かい、蛮族達の様子を確認して来たのだ。


「戻ったか。どうだった?」

「団長、緊急事態だ。廃村にいたのは蛮族じゃねぇ。隣国の正規兵だった」

「なんだとっ!?」

「国境警備隊の情報が間違ってたのか、俺たちがここに来るまでに正規兵が来たのかは分からないが、およそ30人の正規兵が詰めてやがった」


 偵察隊の話によれば騎士クラスの戦士は居ないようだ。人数もそこまで多くなく、一つの小隊が廃村を占拠している状況ではある。


 しかしその知らせは蛮族の討伐を予定だった鉢金傭兵団にとっては大きな衝撃をもたらしたのであった。

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