第99話 双焔の魔女の夜逃げ
月は高く登り、夜の帳が一面を支配する。
「おい、こんな時間に外に出るのか?」
「ええ、ちょっとね」
「月見草でも採りに行くのか? 何にせよ気を付けてな」
気前よく送り出してくれる門番に会釈して街の外に出たアカとヒイロはそのまま南の山脈に向かって歩き始めた。
「……なんか夜逃げみたいだね」
「みたいって言うか、ほぼ夜逃げよね。文字通り」
ちなみに朝や昼に逃げても夜逃げっていうらしいよ、とヒイロが謎知識を披露して笑った。
「ヒイロの作戦で才色兼備はクビになったし、一致団結には真正面から喧嘩を売っちゃったし、もうあの街でクランに所属はできないわ。そうなるとまともに稼げないからそんな環境で半年もぐずぐずしてられないしね」
「冬山を強行軍で突破するしかないって事だね。まあ結果的に魔導国家への到着が半年早くなると思ってポジティブに行こう」
「無事に雪山を越えられればね」
「大丈夫、なんとかなるよ」
ヒイロが言うとそんな気がしてくるから不思議だ。
「そうね、頑張ろう」
アカは頷いた。
「それにしてもさっきのアカ、格好良かったなぁ」
「ええ!?」
「慰謝料請求してやるぜよっ!」
「やめて! てか微妙に……いやだいぶ違う!」
怒るポーズをとったアカに、ヒイロはあははと笑いながら謝る。
「でもアカが啖呵を切って、向こうが引いてくれて良かったよ。全面戦争になったらこうして無事ではいられなかったよね?」
「弱気に交渉したら向こうも引っ込みがつかないだろうし、難しいところだったわよね。とはいえ
そうは言っても危険な賭けをしたことには違いない。……最悪戦わざるを得ない事になったらとにかく炎を暴発させて逃げればなんとかなるかなとは思っていたけれど、そんな事態にならなくて正直ホッとしてはいる。
そんな危険を冒すぐらいなら素直に金を払えば良かったかと言えば、それはそれで借金を理由に今度こそ何をされるか分からないし、何より謂れのない賠償金を払う事をアカとヒイロは良しとしなかった。
この世界では基本的に「損して得とれ」は通用しない事は、ここまでの旅路で嫌というほど学んできている。冒険者相手なら尚更舐められたら終わりであるし、アカとヒイロはその可憐な容姿から冒険者としては侮られやすいので、交渉が必要な場面では意識して強く出るようにしている。
例えあの場で決裂して武器を交えることになるリスクがあったとしても、自分たちが折れて借金を背負うよりはマシだと判断したのだった。
「でも結局お金は返ってこなかったか」
「まあ一致団結は私達からお金を取るのは諦めてくれたけどそれでまた才色兼備と揉めたら嫌だったし、必要経費だったかな」
拐われた時にヲリエッタ達に奪われた財布に入っていたのはこの街で稼いだ銀貨数十枚。半分程度は武器防具の修繕や山越えの準備で使ったけれどそれでも諦めるには惜しいぐらいには残っていた。その残り――おそらくヲリエッタ達がそのまま持っていたであろう分の回収を諦め、その所有権を一致団結に譲ると言ってあの場を去ったのだ。
それは、一致団結の方にも剣を納める理由があった方が良いと思ったのと、自分たちが去った後に才色兼備にこの件で迷惑を掛けたくないと思ったからである。
夜逃げのように出てくる事になりルシア以外には碌に挨拶も出来なかったけれど、しばらく所属して共に狩りをした元仲間達に迷惑をかけるのは忍びない。
「だけどヲリエッタ達に嵌められなければそもそもこんな事態になってないんだよなぁ……」
「悔しいけどそこは高い勉強代かしらね。人から貰ったものは軽々に口にしないと」
「今後は裏切りまで警戒しないといけないね」
今回は二人して薬を盛られてしまったので、どちらが悪いは無い。強いて言うなら二人とも悪いしもっと言うならヲリエッタ達が悪い。だがこの痛みは今後の教訓をして活かしていけば良い。日本に帰るまでの旅はまだまだ長いのだから。
月明かりが照らす街道を歩きながら、アカとヒイロは反省と決意を胸に国境にそびえる山に向かって歩を進めるのであった。
◇ ◇ ◇
後日。双焔の二人が去ったヌガーの街。
一致団結のクランホームの一室に通された才色兼備のメンバー達に対して、フーマが
「うちのメンバーが宿の管理をしてる部下を締め上げた。確かにうちの売春宿では以前から、ヲリエッタの
騒めく才色兼備のメンバー。まさか
「管理人とヲリエッタは飲み屋で知り合って利害が一致しらしい。店としては定期的に新しい娘が欲しく、ヲリエッタ達は手軽に稼ぎたい。懇意にしている飲み屋のボーイも巻き込んで、強い酒を飲ませては売春宿に運び込んでそのままって流れで無理やり宿に軟禁して働かせるような事をしていたそうだ」
売春宿の管理をしていたのはもともとクランでうだつの上がらなかったパーティだった。売春宿の管理を任せたところ可もなく不可もなくな経営をしていたので任せきりにしていたがこんな形で不正をしていた。連れ込んで無理やり働かせている女達には適当な理由できちんと給料を支払わずにその分を着服していたというのだからとんでもない話だった。
「これについては部下を管理しきれなかった
フーマは才色兼備のメンバーに頭を下げる。未だ戸惑う才色兼備のメンバー達、ルシアが代表して声をあげる。
「その子達はどうなったんだい?」
「殆どは既に足抜けして田舎に帰っている。もともと長く働ける職場じゃ無いからな。何人かはまだ店にいたが、あんた達には会いたくは無いそうだ」
自分を嵌めたのがヲリエッタ達の独断であろうと「才色兼備に売られた」という事実がある以上、実は私たちも知らなかったんですと言われてもどんな顔をして会えば良いか分からないとの事だった。
「そうかい……」
ルシアが肩を落とす。ヲリエッタの悪事に気付いてすら居なかった自分には、謝ることさえ許されないのかと思った。
「ヲリエッタ達がそんな事をしていたなんて」
「これまで突然辞めた子達はみんなそうだったのかしら」
「私、仲がいい子も居たのに……」
口々に想いを吐き出す才色兼備のメンバー達。暫く待って特に質問がないようなのでフーマがまとめる。
「今回管理していた者達は全員クビにした。今後は数パーティでローテーションで宿の管理をすることで不正を防止する予定だ。そのローテーションには俺自身も入る。また、ヲリエッタが居なくなった以上は無いと思うが新しく入る娘が
「ああ、文句は無い」
ルシアが頷いた。
……。
…………。
………………。
才色兼備のメンバー達が帰り、部屋にはフーマとルシアが残された。
「改めて、済まなかったな」
「今さら仕方のない事だね。ヲリエッタの動きに気付けなかった私にも責任はある」
「お互いにクランがでかくなったせいで、どうしたってメンバーの行動に目が届かなくなるな」
「ヲリエッタ達がそんな事をしていただなんて、未だに信じられない……信じたくないんだけどねえ」
ヲリエッタ達は新しく加入したパーティに打ち解け、面倒を見るのが上手だった。それがルシアの印象であるが、そうやって相手の懐に入り騙していたのかと思うと恐ろしい。
「双焔の二人のおかげだな。あれが無ければ今も気付けなかった」
「あの子達にも悪い事をしたよ。こうして振り返ってみれば何も悪く無かったっていうのに、追い出すようにこの街を追放しちまった」
「そう言えるのも、全てが分かった今だからこそだな。あの場ではああするのがやはりベストだったんだろう」
部下の不正が分かったのは二人の証言があったからだ。それも簡単に金で解決していたらここまできちんと調べなかったかもしれない。武力衝突をギリギリのところで回避する流れになったからこそ、二人を見逃した理由を見つけるために徹底的に宿の実情を洗ったのだから。
「あの子達、こんな時期に山に向かって行ったけど……無事に目的地に着けばいいけどね」
ルシアは南の山を見る。今頃二人はあの山に居るのだろうか。彼女にできる事は、旅の無事を祈ることだけであった。
第99話 了
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作者より
後味の良く無い感じではありますが、これにて第7章完結です。8章はもう少し明るく終われるように頑張ります笑
8章までは毎日更新が行けそうなのでお休みは挟まずに投稿を続ける予定ですので、引き続きお楽しみいただけると幸いです。
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