第8章 ドワーフの坑道
第100話 ドワーフの兄妹
チロスミス共和国とツートン王国の国境線上にそびえる山は、麓より少し早い冬を迎えていた。
動物達は食物を蓄えた巣穴に籠るか、なんなら冬眠して春を待っているし、そこらじゅうに生える木々も冬の身支度を済ませて既にその実や葉を散らしている。
狩りをするにも植物を採るにも、何日もかけて山を降りていく必要があるし、そこまでするのであれば麓にある「ヌガーの街」で春を待つべきである。
しかしその部族は山で生きる事を誇りとしていた。彼らはこの山で鉱石を掘り生活をしている。掘った鉱石を麓の街へ卸す際に襲ってくる獣が少くなる冬の季節は、本来であれば稼ぎ期のはずであった。
だが、今はその少ない獣を探して山を歩いている。暗い坑道に慣れた目は夜であっても僅かな月明かりを頼りに周囲を見渡すことが出来る。
「居ないね」
「どうする? もう少し奥に行く?」
「あまり森の奥に入るなって言われてるけど」
「だけど、何か狩れないと……」
妹の言葉に、兄は少し思案する。確かに備蓄の食べ物がほとんど無くなったいま、例えウサギ一羽であろうと何かとって帰らなければまた両親をガッカリさせてしまうだろう。
「……あと少しだけだ。それでも何も居なければ残念だけど今日は帰ろう」
「うん、分かったよ」
どうしてもあと少しだけ、という気持ちが勝ってしまう。狩人にとってはとても危険な考えだが、残念ながらこの兄妹は狩りに関しては素人であった。そして森に住む獣の中には熟練の狩人がいる。兄妹が足を踏み入れたのは、そんな獣達の縄張りであった。
……。
…………。
………………。
キキッ!
キャッキャキ!
ウキキッ!
今夜はご馳走だ。ドワーフ達を適当な木に縛り付けると、猿達は次の獲物元へ向かう。彼らの誤算は、次の獲物達は先程のドワーフ達と違い、一流の狩人だったという事だ。彼らは自分達が狩られる未来など露知らず、二人組のヒトの雌をゆっくりと取り囲んだ。
……。
…………。
………………。
「……ちゃん、お兄ちゃん!」
ゆさゆさと揺らされ少年が顔を上げると心配そうに覗き込む妹の顔が目に入った。
「イル……、こ、ここは!? 猿どもは!?」
意識が覚醒した少年は慌てて飛び起きる。確かに森の奥で猿人獣に囲まれて、
「もう大丈夫だよ、このお姉ちゃん達が倒してくれたから」
そう言って後ろを振り返ったイルの背後には、ヒト族の女性……多分だけどだいぶ若いのだと思う……が二人、自分達の様子を窺っていた。
「あの、えっと……、痛っ」
ズキリと痛む頭を押さえる。容赦なく殴られた事もあり、タンコブになっているようだ。
「頭の怪我は無理しない方がいいわ。吐き気とかは無い?」
「た、たぶん大丈夫だと思います。えっと……お二人が俺たちを助けてくれたんですか?」
「まあ成り行きでね」
髪がふわふわしている方の女性が説明してくれる。彼女達も猿人獣の群れに襲われたがその場で返り討ちにした。一匹の猿が命からがらその場を逃げ去ったのだが仲間を呼ばれて報復されては厄介だと追い掛けてトドメを刺したところ、木に縛られている兄妹を見つけたという事だった。
「あ、ありがとうございます……」
「二人に気付けたのもたまたまだし、気にしなくていいわよ。それより怪我は平気? 家まで帰れる?」
「はい、帰れるとは思います」
辺りを見回して答える。先程自分が気絶した場所からそう離れては居なさそうだし、迷う事もないだろう。
ふわふわ髪の女性が話をしてくれていた間、周囲を警戒していたもう一人、さらりとした髪が綺麗にまとまっている方がふわふわ髪のヒト肩をトントンと叩く。
「私達が倒した六匹で全部だと思う。援軍や伏兵の気配もなさそうだよ」
「ヒイロ、ありがとう。……じゃあ私達はこれで行くけど、大丈夫?」
さらり髪のヒトが他に猿人獣が居ない事を告げると、ふわふわ髪のヒトが兄妹に確認する。
「うっ!」
思わず足を庇ってうずくまる。どうやら気絶させられた拍子に挫いてしまったようだ。これでは歩けないと困っていると、仕方ないといった表情でふわふわ髪のヒトが背中を向けて屈んでくれる。
「家まで送るわ。乗って」
「そんな、悪いです!」
「ここで見捨ててあなた達に何かある方が後味が悪いのよ。いいから乗りなさい」
やや強めの声で少年に指示をするふわふわ髪のヒト。少年はおずおずと背中に乗ると、そのままおんぶして貰う。ふわふわの髪が鼻先にくすぐったく、またほんのりと良い香りが鼻腔をついて思わずどきりとした。
「お兄ちゃん、顔が紅いよ」
「イル、うるさい!」
「落ちないようにしっかり掴まっててね。……さて、家はどっち?」
「あ、あっちです!」
イルが指した方向に早速歩き出そうとするふわふわ髪のヒトと、さらり髪のヒト。少年は思わず「あっ!」と声を上げてしまう。
「どうしたの? どこか痛む?」
「えっと、その……その猿人獣は持って行かないんですか?」
「これ? 魔石は取り出したしいいかなって」
「お肉は食べないんですか?」
「じゃ、じゃあ私達が貰ってもいいですか!?」
イルが被せるように訊ねると、二人のヒトは顔を顰めて問い返した。
「……これ食べるの? 筋張ってるし、臭くてエグ味が強いしで美味しくないよ?」
◇ ◇ ◇
六匹の猿の死体を簡単に血抜き処理すると、適当な木の枝を拾ってきてに逆さまに足の部分を縛り付ける。ヒイロがそのままヨイショと持ちあげて肩からかつぐとドワーフの兄妹達は――兄がルカ、年は十歳で、妹がイルという名で年は八歳とのことだ――わぁ、と歓声をあげた。
「本当に全部貰って良いんですか?」
「まあ私達はいらないものだし、欲しい人がいるならどうぞどうぞって事で」
「ヒイロさん、重くないですか?」
「私は意外と力持ちなんだよ」
「しんどくなったら代わるからね」
「大丈夫! アカはルカ君をしっかりおんぶしてあげて!」
ヒイロはきっぱりとおんぶ係を断る。基本人見知りのヒイロとしては初対面の少年をおぶるのは遠慮したかった。そんな内心を読み取ったアカは笑って頷いた。
ルカとイルの案内で彼らの家……というか、ドワーフ族の集落を目指す。道中、なぜ
「今、俺たちの集落には食べ物が殆どないんです」
「しばらく前に坑道に魔物が出るようになって、みんな慌てて逃げ出して、坑道の外の仮拠点に避難して、でも食べるものとかは全然持ち出せなくて……」
イルが一生懸命説明するが、いまいちよく分からなかった。のっぴきならない状況である事だけは伝わってきたし、いずれいせよこの子達を集落まで送り届けなければならない。大人達に会えればもう少し状況もわかるかもな。そう思ってなんとなく頷きながら、兄妹の案内に従ってドワーフの集落を目指した。
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