第101話 ドワーフの集落
ドワーフ達の集落に着く頃には辺りは夜の闇に包まれていた。
「あそこです」
「お、おう」
アカが思わずなんとも言えない返事をしてしまったのは、想像していた以上にみすぼらしい集落だったからである。少数民族の村という事でなんとなく以前滞在していたギタン達の村(※)のようなものをイメージしていたのだか、ドワーフ達の集落は岩場の周りに篝火を焚いただけのものであった。よく見ると岩に幾つか横穴が空いておりそこを簡易な住居として使っているようにも見えるが、基本的には家のようなものは無さそうだった。
亜人族って言うくらいだからヒト族とは生活様式も何もかも違うのかなと思い直し、集落へ近づく。
さて集落側は実はかなり慌ただしい事になっていた。というのも食べ物を探しに行った子供達がこんな時間になっても帰って来ていなかったならである――言うまでもなくルカとイルの事だ。
捜索に出るべきか? しかし夜の山を歩き回るのは大人であっても危険だ。ただでさえ男手が殆どなくなっているこの状況で、数少ない戦えるものが捜索に出ている間に集落が魔獣に襲撃されたらひとたまりもない。だったらルカとイルは見捨てていいのか? そんな議論をしているところに、ヒト族の女を連れてルカとイルが帰って来たのだから集落は大騒ぎになった。
……。
…………。
………………。
「皆に心配を掛けた事を謝りなさい!」
「お母さん、ごめんなさい!」
「俺達、少しでも食べ物を見つけないとと思って……」
「気持ちは嬉しいけど、そのせいで集落全体が危険に晒される事になるかもしれなかったのよ!」
「は、はい……」
大人達がルカとイルを取り囲み無事を喜ぶ中、二人の母親が強く叱責する。他の者達はまあまあとか無事で良かったじゃないかと言ってくれているが、だからこそ身内としてはきちんと叱る必要がある。この辺りは異世界でも共通なのだろうと感心する。
「アカさんとヒイロさんでしたっけ。本当にありがとうございました」
「いえ、私たちもたまたま通りかかっただけなので」
「助けて頂いただけでなく、ルカのことも背負って来て頂いて……お礼をさせて頂きたいとは思うのですが……」
アカ達に頭を下げつつ、母親は申し訳なさそうに口を噤んだ。
「お構いなく。二人からもこの集落の現状は軽く聞いてますから」
「申し訳ございません」
いまこの集落は非常に困窮している。それこそ、筋張ってるうえに臭みとエグ味の強い猿人獣の肉が喜ばれるぐらいに。ヒイロが担いでいた獲物を差し出すと、大人達は物凄く恐縮しながらも有り難く受け取ったのだった。
「何もおもてなしは出来ませんが、せめて今日はここに泊まって行ってください」
「良いですか?」
「はい、この子達も望んでますので」
ふと見ればルカとイルが期待を込めた目でこちらを見ている。このまま夜の山に出てもすぐに野営する場所を探すだけで、それはおそらくこの集落の付近になるだろうことを考えればご好意に素直に甘えて良いかという結論になる。
「じゃあお世話になります」
アカが頭を下げるとルカとイルは嬉しそうに笑った。
◇ ◇ ◇
「
「もう残ってる分全部入れちゃおうか」
大きな鍋で猿の肉を煮るが、元々食用に適していない肉なのでどう調理すれば美味しくいただけるかわからない。とりあえず塩と香草で臭みとエグみを誤魔化せば食べられないことはないだろうと手持ちの調味料を大鍋に放り込んでいくアカとヒイロ。
「すみません。お肉を頂いたばかりか、塩や香草まで……」
「いえいえ、お気になさらず」
集落の人達は食べ物があるというだけで有り難がって見せるが、せっかくなら美味しく食べてほしい、というか流れ的にご相伴にあずかることになりそうなのでなんとかして美味しくしたい。あとは塩と香草は意外と使い道がなくて持て余し気味であったこともあるので、ここで調味料を使い切るのは惜しくないという裏事情も会ったりする。
鍋をしばらく煮込んで肉が柔らかくなったので集落の者達と食卓を囲む。案の定アカとヒイロにも器が手渡された。
「「「いただきます!」」」
恐る恐る肉を口すると、まあ美味しくはないけど食べられないこともない、ぐらいまでにはなっていた。ほっとして周りを見ると子供達は美味しい美味しいと涙ぐんで食べており、大人達もありがたがっている。
「そ、そんなに美味しいかな?」
「私達、いつの間にか舌が肥えちゃった? ……そんな事もないと思うんだけどなぁ」
日本にいた頃に比べれば味に対するハードルはものすごく下がっている自覚のあるアカとヒイロだが、それでもこの鍋は「悪くはない」レベルだと思う。ドワーフの人達ってヒトとは味覚が違うのかしらと疑問に思ったが、そんな二人にルカとイルの母親――ミレ、と名乗った――がこっそり耳打ちしてくれる。
「みんな、本当に久しぶりにきちんとした料理を頂いているんですよ。ここしばらくは雑草や木の皮を煮たものを食べていたから……」
「そういえばなんでそんな大変な事になってるんですか? イルちゃんから坑道に魔物が出たから逃げて来たとは聞きましたけど」
「まさにその通りなんですけど、本当に急な事で慌てて逃げて来ているのでほとんど何も持ち出せなかったんです」
「ほうほう?」
ドワーフ達は普段行動の中に暮らしている。その中で採掘エリアや、住居エリア、倉庫エリアと言った役割に応じた区分けをしているのだそうだ。
「十日ほど前のことです。開拓エリア……穴を広げて新しく鉱石を掘れる場所を探すエリアですね、そこから大量の魔物が現れたのです」
「巣穴を掘り当てちゃったとかですかね」
ミレは首を振った。
「わかりません。とにかく急だったのです。坑道は広く入り組んでいて、それこそダンジョンのようだとすら言われるような複雑な作りなのですが魔物達はまるで道がわかっているかの様に私達がいた住居エリアに向かって来たらしく……」
開拓エリアに突如として現れた魔物達は複雑な坑道を迷うことなく進みドワーフ達の住居を襲った。不可思議な話ではあるが、ミレも聞いた話なので詳しいことは分かっていないという。
「とにかく魔物については男達が食い止めるとなり、女と子供だけがこうして着の身着のままで坑道から逃げ出したんです」
「ああ、だからこの集落には男の人が殆どいないんですね」
「はい。唯一、全員を先導した戦士が一人居るくらいで……」
ミレが顔を上げてみた先には精悍な顔をした男がくたびれた表情でスープを飲んでいた。アカとヒイロの視線に気が付くと怪訝な表情を向けてはくるが、流石に子供達の恩人に対して無礼な振る舞いはしないようだ。
……。
…………。
………………。
食事が終わり、交代で見張りを立てたら全員で火を囲んで雑魚寝である。アカとヒイロにはルカとイルの隣が割り当てられた。すっかり二人に懐いた兄妹の隣で横になり暫くすると規則正しい寝息が聞こえてくる。
身体を起こしたアカの隣にヒイロが座った。
「……なんか、お願いしづらい空気だね」
「うん。それどころじゃないかなぁ」
山越えを目指していた二人であったけれど、山の七号目付近まで登ったところでこれは無理だと判断した。周りに雪が積もり始め、見上げた山頂付近には黒い雲が覆っているのである。数日様子を見たが、雲は晴れる様子も無くその厚みを増すばかり。そして二人がキャンプしていたあたりも徐々に吹雪いてきた。
やはり坑道を通るしかないかと思い中腹まで降りて来たところでルカとイルの兄妹に出会ったという流れであった。ドワーフに坑道を通して欲しいとお願いするためのコネがないアカとヒイロとしては、偶然兄妹に出会えたことは――彼らの命を救えたと言う意味でも――幸運であったけれど、しかしそのまま坑道を通して欲しいとは言えなさそうな事情であった。
「明日、もう少し詳しい話を聞いてみようか」
「そうだね。まだまだ分からないことも多いし」
ヒイロはアカの意見に同意すると、その場で横になってはい、と手を広げた。
「他の人が居るわよ」
「くっついて寝るくらい普通だよ」
「そうかなぁ……」
まあ、変なことするわけじゃないし大丈夫か。アカはそのままヒイロに身を任せる。嗅ぎ慣れたヒイロのにおいが鼻を満たすと、アカはそのまま目を瞑り明日に思いを巡らせつつ眠りに落ちる。
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