第102話 ドワーフの現状
翌朝、さっそくアカとヒイロはドワーフの戦士のもとへ向かった。
「何の用だ?」
夜半から見張りを続けていた彼は疲れた様子で二人に応える。
「初めまして。アカって言います。こっちがヒイロ」
「……サロだ」
名前を教えてくれたと言うことは、会話してくれる意思はありそうだとアカはサロの隣に立つ。
「昨日のことは感謝している。我々の子供達を助けてくれた事と、食事を振る舞ってくれた事だ」
「いえ、当然のことをしたまでですよ」
「……何か要求があるんじゃないのか? 通りがかりで子供達を助けるまではあっても、数時間もかけてここまで連れて来たり、食事まで振る舞うのは
ギロリとアカを睨みつけるサロ。
「そうですね、正直に言うと私達、山の向こうのツートン王国に行きたいんですよ」
「……坑道を通りたくて我々に恩を売ったわけか」
「まあそういう下心があったことは認めますけど、それはそれとして困ってる人がいたらできる範囲で助けるのって普通じゃないですか?」
「同じ部族の仲間であればな。だがお前達はヒトで我々はドワーフだ」
「だが、逆に要求があるなら信じられる。ヒト族というのはそうでなけばならないからな」
どんな偏見だよと思いつつも、こちらの意図は汲んでくれたようなので話を続ける事にする。
「でも、今は坑道を通してもらうことって出来ないですよね……?」
「通るだけなら勝手にすればいい。だが地図も持たないヒト族が勝手に入ったら永遠に出ることはできないだろうな。あそこは複雑に分岐したダンジョンの様に入り組んでいて、案内無しではまず通り抜けられない。ある時、何度か通ったことのあるヒト族の商人が自前の地図を持って勝手に通り過ぎようとした時にも結局出口には辿り着けなかったという話だ」
「こわっ……その商人ってどうなったんですか?」
「さあな。運が良ければ石を掘っている者に出会えて救助してもらえたんじゃないか? もちろん、金は多めに払ってもらう事になっただろうが」
「なるほど」
逆に金さえ払えば坑道を通って向こう側まで案内をしてくれるということか。この辺りのルールというか事情みたいなもの実際に来て話してみないと分からなかったことだなあ。
「いずれにせよ、今はそれどころでは無い。魔物共が坑道を占領しているし、戦士達の殆どが中に取り残されている。こっちはこっちでまともな生活基盤すら整っておらずに子供達すら慣れない狩りや採集に出ている状況だからな」
「それなんですけど、ここって一応集落というか拠点ですよね?」
「まさか。ここは本来、ヒト族の商人と交渉するための簡易な中継地点だ。ここで寝泊まりする商人いるから最低限のスペースがあるに過ぎない」
「ああ、通りで集落にしては何も無いと思った」
「暫定的にでもここを使わざるを得ないほど差し迫っていたという事だ。坑道はここから
サロが指差した方向を見ても森しか見えない。ここから行くにしても誰かに入り口まで案内してもらわないと迷いそうだなあ。第一、坑道についても通り抜けられないのでは意味がない。
「まずは今起こってる問題を解決しないとですね」
「そうだが、お前達には関係ないだろう。これはドワーフ族の問題だ」
「そうもいかないですよ。私達は向こう側に行きたいし、大体坑道に魔物いるって事はそこ通る流通も鉱石の産出も止まるわけで、ヒト族の経済にもダメージがあるわけじゃないですか」
「むぅ……」
「とりあえず詳しい状況を教えてください。私達が手伝えることがあれば一緒に解決を目指していきましょう」
尚も不満げな顔をするサロを促して、アカとヒイロは集落の中心に向かっていく。
◇ ◇ ◇
集落の中心でサロの他に数人の少年達が集まる。サロ以外の彼らは成人していないため子供として扱われ、女達を守れという命に従っているものの、本音では大人達と共に戦うことを望んでいた。そんな彼らからも話を聞きつつ状況を整理する。
「いま困っていることって大きく分けてふたつでいいですかね? 一つは目の前の問題で、この拠点に避難して来ている三十人ぐらいがまともに生活できない……具体的には食べ物が無いこと。もう一つが大元の原因である坑道の魔物。残された男の人たちの安否も含めてこれをどうにかしないといけないこと」
「そうなるな。二つ目の問題が解決すれば坑道に帰れるから拠点の問題も解決するが」
「それで、これまで何をして来ましたか?」
「何も出来ていないというべきかな。慌ててこの場所に逃げて来て、とにかく飢えと寒さに対する対応が最優先だった。それすら出来ずに徐々に困窮している状況だ。坑道の方もどうしようもない」
「足止めをしてくれた男の人たちは誰も戻らなかったんですか?」
「ああ。ただ、坑道からそう離れていないこの場所に魔物が襲ってこないことを鑑みるに、おそらくは未だに交戦中だろう」
サロの言葉に少年達が頷く。そこには「そうであって欲しい」という願望も含まれているだろう。アカから言わせれば十日も補給無しで戦えるとは考えづらいが、備蓄の食糧で食い繋いでいるのかもしれないし、ギリギリで戦線を維持しているのかも知れない。
「それってちょっと変じゃないかな」
そこに横槍を入れたのが我らがヒイロさんだ。
「どういう事だ?」
サロがヒイロを睨むが、ヒイロは構わずに推測を口にする。
「戦い続けているとして、誰一人こっちに来ないっていうのはやっぱり考えづらいよ。十日もあれば誰かしらここにやって来くると思う」
「ドワーフの戦士は敵を前に逃げたりしない!」
「そうは言っても、無事に子供達が逃げられたかを確認するだけで中の人達の士気は上がるし、後方に安全な拠点があるなら怪我人だってそっちへ運ぶべきじゃない」
「じゃあ貴様は戦士達が負けたと言いたいのか!?」
サロがヒイロに掴み掛かる。ヒイロはその目を真っ直ぐに見て答えた。
「そうじゃない。ただ、楽観視するなってこと。あなた達が言っている様にギリギリの状態で戦っている可能性も無くはない。ただ、そうあって欲しいという願望に縋って最悪の可能性から目を背けている場合じゃ無いって言ってるの」
「ぐっ……!」
ヒイロの言葉に、サロは苦しそうに「分かっているさ……!」と呟き離れた。そんな彼らにアカは提案する。
「これって坑道にいるのがドワーフじゃなくてヒトだったら騎士が動く案件……少なくともギルドで坑道の状況を確認する依頼が出てもおかしく無いと思うんだけど、
「族長がいればそういう判断もあったかも知れないが、俺たちだけでヒト族に関わりにいく事は許可されていない」
「いや、そういう場合でも無いでしょう」
「それに、ヒトに助けを求める場合はカネがいるだろう? 今手元にはそれも無い。どっちみち助けを求める事は出来ない」
「あ、そうか……」
基本的にギルドの依頼は成果報酬であるが、悪戯で依頼する者が出ない様に報酬の一割を依頼者が手付金としてギルドに預ける必要がある。ドワーフ達にはそれが無いという事だし、先日の騒動(※)で一文無しになっているアカとヒイロも立て替えるということが出来ない。
(※第7章)
「公共性が高い依頼なら個人じゃ無くてギルドの持ち出しになるはず。前にゴブリンの集落を調査した時(※)みたいな感じだね」
(※第1章)
「それってドワーフ族からの申告で動いてくれるかしら?」
「うーん、分かんない。私達が行くしか無いかもね」
「夜逃げした街のギルドに依頼を出しに行くのかぁ……まあ仕方ないわね」
喧嘩を売るように出て来た一致団結のクランメンバーとはなるべく会いたく無いが、ドワーフ達の事情を考えればやむを得ないだろう。
「その場合でも私たちの方で最低限現場は見ておいた方がいいかも。ギルドのスタンスがわからない以上、ドワーフ達の証言だけで動いてくれるか分からないし」
「ああ、坑道の様子を見に行って、どんな魔物かとか最低何匹以上はいるかとかそういう情報を集めてから依頼した方が良いってことね」
「ちょっと待て、何を勝手に決めているんだ。これは我々ドワーフ族の問題だと言っただろう」
「坑道に魔物が溢れているとなればそうもいかないんですよ。さっきも言ったように、このまま解決できなければヒト族にも影響が出るんです」
「それはお前達の都合だろう」
「そうですけど、別にヒト族が勝手に調査してドワーフの手助けをするなら特に問題あります? むしろ勝手にやってくれてラッキーくらいなもんじゃないですか」
「我々にも矜持はある!」
「それを胸に抱いて死ぬのは勝手ですけど、それ、全員が望んでますか……?」
そう言って離れたところでこちらを窺う女子供達を見る。サロはぐぅと言葉に詰まり、悔しそうにアカを睨みつけた。
「いずれにせよ、一度坑道の状況は確認した方が良いのはお互い様じゃないですか。その後どうするかは後で話すとして、まずは行ってみましょうよ」
「お前達も行くのか!?」
「そりゃまあ。私達が行かないとギルドに依頼も出せないですし」
そうと決まれば明るいうちに行きましょう! とまだ悩む様子を見せるサロを立たせて坑道に向けて背中を押す。
「ちょっと待て! せめて武器を持たせろ!」
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