第103話 ドワーフの坑道

 坑道に向かうのはアカとヒイロ、ドワーフからは唯一の成人男性……とはいいつつ成人の中では最も若い18歳らしい……のサロと、あとは15〜17歳の少年がひとりずつの計四人だ。

 ちなみにこの部族では18歳で成人とするらしい。ドワーフが全てそうであるというわけでは無く、この部族は18になると一人前として坑道の採掘エリアの一つを任されるというしきたりであるとの事だ。


 双焔の二人とドワーフ四人の合計六人は山道をひょいひょいと歩き出発から三時間程で坑道の入り口に到着した。


 洞穴が、杭木で補強されていていかにも坑道! と言った雰囲気である。

 

「ここだ」

「入り口はここ一つですか?」

「ここ以外にもあと三つあるが、山の向こう側と、隣の山の中腹付近、それと隣の山の向こう側になる」

「なるほど、じゃあ行きますか」


 中に入ると空気が冷んやりとしており外とは違った寒さを感じる。ドワーフ達は灯りの魔道具を使い手元を照らした。


「お前達、灯りは持っていないのか?」

「ああ、こっちで大丈夫です」


 アカはそういって手元に火の玉を出した。上に向けた手のひらの上でボウリング玉サイズの火の玉がボボボと浮かぶ。


「バカか! こんな坑道の中で火を起こしたら息が出来なくなるぞ!」


 慌ててサロが注意するが、アカはケロリと答える。


「火属性魔法は手元に置いて魔力で制御している間は酸素を燃やさないっぽいから大丈夫なんですよ」

「サンソ……?」

「ああ、えっと、火って木や草の他に、空気も燃料にして燃えるんです。だから火がつくと息が出来なくなるし、その状態で蓋をして新しい空気が送られないようにすると自然に消化するじゃないですか。だけどこの火は私達の手元にあるうちは空気じゃなくて私達の魔力を燃料にしているから、空気が無くならないし有害なガスも発生しないんです」

「そうなのか……?」

「魔法って不思議ですよね」


 ちなみにドワーフ達が持っている灯りは光魔法を応用した電池式のランタンのようなもので、電池部分には魔石が入っているらしい。


「それ、灯りはどのぐらい保ちますか?」

「半日といったところだな。お前達の魔力はどうだ?」

「このぐらいなら丸一日出してても平気ですよ」


 改めて、隊列を組んで坑道を進んでいく。戦闘がサロ、その後ろにアカとヒイロ。そして後ろから未成年のドワーフ達という布陣だ。


 坑道は高さも幅も2mほどあり、二人なら並んで歩けるけれど武器を振るうには狭いといった具合だ。


◇ ◇ ◇


 進み始めてものの五分ほどで、最初の分岐に行き着く。


「まずは住居エリアを目指す。それでいいな?」

「はい。戦士の方々がいるとしたらそこでしょうし」


 サロは頷き、右の分岐を選んだ。さらに数分後、今度は斜め後ろに向かう狭い脇道があり、そちらに折れる。そして次の横道は無視して、その次の分岐を左へ。

 その後数分おきに出会う分岐や横道をクネクネと迷いなく進んでいく。

 道の広さも広くなったり狭くなったり、かがむほど低い場所もあれば、3m以上の高さの道もあり、それがまた感覚を鈍らせる。


「アカ、ここまでの道順覚えてる?」

「最初の五つぐらいまでは……もうちょっと怪しいわ」

「だよね。道も真っ直ぐじゃ無い上にアップダウンも多いし、本当に迷路みたい」


 既に自分達だけではここを出る事は叶わないだろう。もともと同行したドワーフ達を死なせる気など無いけれど、もしものことがあって自分達だけ生き残っても詰みというわけだ。


「これがドワーフの坑道だ。縦横無尽に張り巡らされた坑道は同時に外部からの侵入者へと壁ともなる」

「でも内部からは魔物に侵略されちゃった……それも違和感があるんだよね」

「ええ。これだけ複雑だと開拓エリアで発生した魔物が真っ直ぐに住居エリアを攻めてくるっていうのは無理がある気がするのよね」

「どういうことだ?」

「うーん、魔物が詳細な地図を持っていた? よほど鼻が利くやつらだった? つまり何かしら「住居エリアを真っ直ぐ攻められる」理由を持つ魔物だった可能性が高いかなって思うんです」

「なるほど……魔物どもが我々の位置を正確に把握する術を持っていたということか」

「まあ、推測ですけどね」


 そんな会話をしながら歩くこと小一時間ほど。


「この先だ」


 そう言ってサロが道を曲がると、そこはこれまでとは比べ物にならないほど広い空間が広がっていた。


「大きい……」

「体育館くらいの広さはあるかな? 高さも5mぐらいありそうだし」


 流石に地面はゴツゴツとしているが、整備すればバスケットボールが余裕でできそうな広さだ。大きなテーブルやカマドといった生活拠点があり、石の食器などもそのまま置かれている。


 ところどころに横穴もあり、これも坑道の各エリアに繋がっているのだろう。


 不自然なほど静かで、そして荒れていないと思った。


「誰も居ないな」

「魔物や、ドワーフの戦士の死体もないね」

「一体どういうこと?」

「分からない……」

「サロ! 食べ物は無事か!?」

「ああそうだな、貯蔵庫を見に行こう」


 少年に促され、横穴の一つに入っていく。


「ここが食料貯蔵庫だ」

「扉が閉まっているわね」

「湿気や火気から守るためだな」

「ああ、これはやめた方がいいか」


 アカとヒイロは手元の火を消す。サロはそれを確認したあと、貯蔵庫の扉を開いた。


「やった! 小麦が大量に残っている!」

「酒も残っているな!」

「そのまま食べられる干し肉や干し果実もあるぞ! 集落に持っていってやればみんな腹一杯食べられる!」


 貯蔵庫の中に入り在庫を確認した少年たちは喜んだ。だが反対にサロとアカ、ヒイロの顔が曇る。


「サロ?」

「本当に手付かずだ。それに、全く荒れていない……」

「ああ、良いことじゃ無いか?」

「だとすると残った戦士達は十日以上何も食べていない事になる」

「あっ……!」


 加工の必要な小麦や、酔っぱらう酒が残っているならまだしもそのまま食べられる干し肉や干し果実、さらに飲料水までそのままというのは、ここを拠点に戦ったとしたら考えづらい。つまり戦士達は今も無補給で戦っているか、あるいは……。


「…………」

「……父ちゃん……」

「……みんな、まさか……」


 落ち込む様子のドワーフ達。アカは手をパンと叩くと彼らを焚き付ける。


「まだダメと決まったわけじゃ無いでしょ? ここ以外に予備の食料を持っていたかもしれないし、今も戦っているかもしれない」

「そう……かもな……」

「だったらこんなところで落ち込んでいないで、もう少し先の採掘エリアや開拓エリアの方まで様子を見にいってみましょう」

「そう、だな。……ああ、その通りだ。よし、お前達はここから六人で持ち出せる分の食料を取り分けて置いてくれ。俺はアカ達ともう少しだけ進んでみる。構わないな?」


 気を取り直してテキパキと指示を出すサロ。皆、頷いてそれに従う。


◇ ◇ ◇


 行動をさらに進むアカ達。しばらく進むと奥から規則的な音が聞こえてくる。


 ― カンッ!


 ― カンッ!


「何の音?」

「これは……鉱石を掘る音だ」


 ― カンッ!


 ― カンッ!

 

 石同士をぶつけた音のように聞こえるが、ツルハシを坑道の壁に打ち付けている音と言われるとそんな風にも聞こえる。


「魔物が石を掘っているって事?」

「闇雲に叩いても鉱石は出ない。これはドワーフのものだと思うのだが……」

「だとしたら魔物を退けた戦士達がそのまま鉱石を掘り出したってこと? それは流石に」


 不自然すぎる。


「分からない。だが、ここまで来たら確認しないわけにはいかないな。行こう」


 サロの言葉にアカとヒイロは頷いた。


 ……。


 …………。


 ………………。


「……あそこだ」

「暗くてよく見えないね」

「灯りを照らしたら見つかっちゃうからね」


 ― カンッ!


 ― カンッ!


 ― カンッ!


 ― カンッ!


 暗い坑道の一画を目を凝らして窺う一行。


 一心不乱に壁にツルハシを叩きつけていたのは、紫色の皮膚に、コウモリのような翼の生やした魔物であった。

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