第104話 ドワーフの魔物

「気を悪くしないで欲しいんだけど念のため確認で、あれはドワーフの戦士じゃないですよね?」

「無論だ。あんな皮膚の色では無いし、面妖な翼は生えてはいない」

「じゃああれがドワーフ達を襲った魔物ってことか」

「魔物達の狙いは鉱石だったってこと……?」

「分からない。だがこれではっきりしたな。戦士達は全滅して、今この炭鉱は魔物に支配されている……くそっ!」


 覚悟はしていたサロであったが、悔しそうに吐き捨てた。戦士達を助けることができなかったのは自分に力が無かったからだ。そう思うと無力感に苛まれる。


「でもさ、ここまで戦士達の死体は無かったよね?」


 ヒイロが疑問を口にする。

 

「奥に片付けたとか?」

「それもありえるけど、住居エリアからここまで……もっと言うと入り口からここまで、特に壁や床に血痕みたいなのも無かった気がするんだよなぁ」

「ここから先に進めばそれがあるのかもしれない」

「まあそうだけど。サロさんには辛いかも知れないけど、ひとつぐらいはご遺体を確認しておきたいかな」

「ああ、ドワーフの戦士達がまだどこかで生きて潜伏している可能性もあるってことか」


 ヒイロが頷く。


「だが、ここより奥にはあれを倒さないと通れないぞ。ひとつ前の分岐に戻って迂回するか?」


 サロが提案したが、ヒイロは首を振った。


「奇襲をかければ一体ならいけるかも知れない。そもそも見たことない魔物だし、もうちょっと詳しく様子を知りたい。ここからだとよく見えないし」

「迂回は私も反対。別の道を進んでまた別の個体がいた時にアイツと挟み撃ちになるのは避けたいわ」


 ……二人の提案に、サロは少し考える様子を見せて同意した。


「分かった。ここでやつを倒そう」


 ……。


 …………。


 ………………。


 ― カンッ!


 ― カンッ!


 ツルハシを振るう魔物のそばへ慎重に近づいていく三人。アカとヒイロが前に出て、サロは少し離れて後ろにいる。二人の方が連携がしやすいことと、万が一サロが死ぬとアカやヒイロだけでは住居エリアに戻ることすら困難だと言う理由だ。二人が死んだ場合はサロには逃げてもらう事にしている。


 一息で攻撃できる距離まで近づいたアカとヒイロはアイコンタクトでタイミングを測る。


 三、二、一、


 ― カンッ!


 魔物がツルハシを振り下ろすと同時に火を出して辺りを照らしつつ、メイスを持って飛びかかった。


 不意打ちで火の玉を当てれば高い確率で倒せると思うけれど、それでは相手の強さが分からない。一応武器で戦ってみる必要もあるだろうと考えての選択だった。


 ドコッ!


 アカが振り抜いたメイスは翼の生えた背中にクリーンヒットする。ギャウ! と叫んだ魔物はツルハシをすてて振り向き、飛びかかってきた。爪の生えた腕による攻撃を軽くいなして、体勢を整える。


 ――強くはないな。


 アカはホッとする。ゴブリンよりは速いし体躯も大きいけれど、まあ一回り強い程度だろうと思う。なんというか、恵まれた体を使いこなせていないようなチグハグさだ。


 ヒイロのメイスは腕を上げてガードする魔物であったが、明らかにダメージを殺しきれておらずミシッという音ともに腕の先が変な方向に曲がる。


 いけると判断したヒイロがトドメを刺そうと再びメイスを振り上げる。と、そのとき彼女の手元の火が魔物の顔を明るく照らした。


「テリさん……?」


 サロの呟きに、振り上げたヒイロの手が止まる。魔物はそれを好機と見るや、サロの方へ飛び出した。


「ヒイロッ!」

「……しまった!」


 魔物の顔を見て硬直するサロ。魔物は獰猛な顔を歪ませ、口を大きく開くとそのままサロに喰らいつく。


 ガブゥッ!


「……っつぅ……」

「はっ!?」


 一瞬の後、正気に戻ったサロが見たのは、魔物と自分の間に飛び込んだヒイロの腕に深々と突き刺さる魔物の牙であった。


 ヒイロは後ろから魔物を叩いても勢いが止められないと判断し、思い切り飛び込んでサロと魔物間に割り込み彼を押し出したのだ。


「おらぁ!」


 一瞬遅れて飛び込んだアカが再びメイスを魔物の鳩尾に叩き込む。ゴフッと血を吐いて、魔物はヒイロの腕から口を離した。


「せー……のっ!」


 バギィ!


 ヒイロは正面に向き直り、魔物の頭を横から思い切り殴りつける。脳に思い切り衝撃を受けた魔物は、そのまま地面に倒れて昏倒した。


「……はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ」

「ヒイロ、大丈夫!?」

「うん、まあ傷は深くないと思う」


 噛まれた腕を上げて手をグーパーするヒイロ。アカはほっと胸を撫で下ろす。


「ちょっとしくじっちゃった」

「済まない、俺のせいで……」

「まあ大丈夫ですよ。それで、この魔物なんですが……」


 うつ伏せで気を失っている魔物を足でひっくり返す。その顔を見てサロは改めてその名を口にした。


「間違いない、これはテリさん……ルカとイルの父親だ」

「他人の空似では無くて?」

「顔だけで判断しているわけじゃないんだ」


 サロは魔物の首元を指す。そこには鉱石を削って作られた星型のペンダントがあった。


「これは、ルカが掘った鉱石をイルが彫って作った二人からの手作りプレゼントだ。ああ、俺がルカと一緒に掘りに行ってやった石だからよく覚えている。それにテリさんは親バカだからな、毎日これを見せて自慢してきた」


 顔が似ていて、子供達からのプレゼントを身に付けているということはこの魔物はテリ……ルカとイルの父親ということで間違いはないのだろう。


「……あいつらには悲しい報告をしないといけないな……」


 サロはガックリと肩を落として立ち上がる。そんな彼にヒイロは慌てて待ったをかけた。


「まだ、殺してないからね!?」

「なんだって!?」


 びっくりしてテリを見るサロ。確かにテリはピクピクと手足を痙攣させて伸びているが、息はしているようで胸が規則的に上下している。


「殺さなかったのか!?」

「なんか顔見知りっぽかったから、もしかしてと思ってギリギリで加減したんですよ」

「そ、そうか、感謝する! これであの兄妹と母親に悲しい報告をしなくて済むんだな!」


 明るく笑うサロであったが、アカとヒイロの顔は浮かない。


「意識を失っても元に戻るわけでもないし、翼が消えるわけでもない。つまり目を覚ませばまた襲ってくるわね」

「つまり魔法とかで一時的に操られた状態ってわけじゃ無くて、本格的に魔物化しちゃってるってことか」


 二人の言葉の意味がわかると、サロは慌てて詰め寄った。


「ど、どういう事だ!? テリさんは治らないのか!?」

「私達に言われても」

「そ、そうだよな。済まない、取り乱した……」

「逆にこういう普通の人が魔物化しちゃうみたいな症状の治し方って知らないですか?」

「いや、分からないな。光属性魔法による高レベルの解呪であればあるいは……」

「ドワーフの集落にそれが出来る人って居ますか?」


 アカの質問にサロは首を振った。


「ドワーフ族は魔法が苦手だし、数少ない魔法使いも基本的には土属性魔法使いだ。生まれた時から大地に触れているからな」

「だとすると、テリさん……ルカ達のお父さんを治す方法はないって事ですかね」

「残念ながらそうなるか……くそ、こうして目の前にいるというのに!」

「アカ、これってこの人テリさんだけじゃないよね?」

「でしょうね。サロさん、おそらくドワーフの戦士達の大半はこうなっているんじゃないでしょうか?」

「……根拠はあるのか?」

「ひとつはテリさんの魔物が採掘をしていたこと。魔物がドワーフ達に採掘をさせることが目的なら、殺すより片っ端から魔物化した方が効率がいいから。もうひとつはそれであれば治す方法さえあれば全員救うことが出来るからっていう願望ですね」

「だが治す方法なんて無いじゃないか!」

「さっき解呪って言いましたよね? これが呪いなら、大元の魔物を倒せば呪いが解けるとかそういう都合の良い話は無いですか?」

「……呪いの種類によるな。術者が死ぬと解ける呪いもあれば、死後により強まるものもある」

「これは?」

「分からない。そもそも呪いかどうかも分からないんだ」


 ということは光属性魔法で治せるかどうかもやってみなければ分からないということか。


「困ったね。ドワーフの人たちが魔物化してるとなると迂闊に冒険者ギルドに解決を依頼できなくなっちゃった」

「そうね。魔物として討伐されちゃうかもしれないし。少なくとも治し方が分からないとやむを得ない犠牲として片っ端から討伐されかねないわ」

「一度出直して、光魔法の使い手に解呪を試して貰ってみる? そこで治るなら改めてギルドに依頼するって流れ」

「そこで治らなかったら、治し手をどう口止めするのよ」

「それもそうだな……」


 ああだこうだと相談するアカとヒイロに、サロが不安気に声をかける。


「これが呪いだとして、我々他のドワーフもいずれは魔物化してしまうのだろうか?」

「可能性はあるけど、いま平気なら大丈夫じゃ無いですかね」

「うん。ここに魔物が現れてから十日以上経ってるってことは、逃げたドワーフ達も魔物化するならとっくにしてるんじゃないかな?」

「だとすると、戦士達は何故魔物になったんだ?」

「うーん、大元の魔物が直接魔物化して回ったか、または魔物化したドワーフの戦士から感染したか?」

「感染?」

「まあこの手のパターンでよくあるのは、噛まれたり引っ掻かれたりするとそこから、感染……」


 はた、とアカが止まる。


 慌ててヒイロに向き直り、先ほど噛まれた腕を取った。長袖で傷口が見えないのでビリッと袖の部分を破いて灯りを傷口に近づける。


「……そういうことか」


 ヒイロの腕は、傷口自体は塞がりかけているものの歯型の周辺が魔物化したテリの肌と同じ紫色に変色し、さらにそこから紫のスジが血管のようにじわじわと広がっていた。

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