第二部 過酷な旅路

プロローグ 十余年後の邂逅

「やっぱり、イグニス王国に召喚されていたんだね」

「そうらしいね。私達もまさか他のみんながこの世界に居るなんて思って無かったから」


 瓦礫の中で語り合う四人。双焔の魔女アカとヒイロと、王国軍に所属する勇者である男女だ。


 魔導国家エンドの逆襲により攻め込んだ砦で邂逅した四人。何故日本人である自分達が戦わねばならないのか、その理由に納得するため、お互いこの世界に来てからの十余年について話をしている。


 ちなみに砦自体はもう陥落していると言って良い状況だ。切り札であった聖騎士二人はアカとヒイロに討ち倒されており、残りの兵士達も既に戦意を失っている。


 この場に滞在していた勇者である二人が双焔の魔女に勝てれば戦況を変えられるのかと問われると、答えはノーである。圧倒的な能力チートスキルを持つ勇者であっても、数千の兵士を相手に戦況をひっくり返す力は無い。やはり戦争は数の力がものを言うのだ。


 しかしここで双焔を止めることが出来れば、魔導国家側の進軍を遅らせる……ともすれば戦線を押し戻せる可能性もある。そう言った意味で、勇者達にとってここで双焔の魔女と戦う意味は決して小さく無い。


 それでも、彼らは会話することを選び、そして双焔の魔女もそれに応じた。


 その結果、血で血を洗う戦場の一画でまるで放課後の教室のような、思い出話に興じる空間ができてしまっているのであった。


「えーっと、召喚されてからこの国を出るまでに結局どれくらい掛かったんだっけ?」

「大体一年半かな。最初の半年は拾ってもらった集落で言葉を覚えて修行をして、旅立って一年弱かけてやっと船に乗って海を渡った感じ。ここまでが今話したところだね」


 ヒイロが指を折りながら思い出す。そういえばその頃はまだアカとはお互いの気持ちを伝え合っていなかったなぁなんてちょっと甘酸っぱい気持ちにすらなる。


「そういえば気になってたんだけど、なんで二人は言葉が分からなかったの?」


 勇者が訊ねる。ここまでの話で色々と気になった事はあったけれど、言葉が分からなかったと言うエピソードが一番不思議だった。


 自動言語通訳……いわゆる「通訳」スキルは使えなかったのだろうか?

 

「え? だってこの世界の人達って聞いたことない言葉で話してるじゃない」

「あなた達だって流暢にこっちの言葉で話してるし、みんなで勉強して覚えたんじゃないの?」


 アカとヒイロは逆に不思議そうに聞いてくる。


「ううん。だってこの世界に召喚されると「通訳」スキルが勝手に使えるようになってて、聞いた言葉は頭の中で日本語に変換されるし、日本語で考えた事は全部こっちの言葉に変換して口が勝手に喋ってくれる……よね……?」


 隣の男の方を向くと、彼はその通りだと頷いた。だが、アカとヒイロは首を振る。通訳スキルを知らないと言う二人だがしかし彼女達は何か合点がいった表情をしている。


「そういう事か……。恐ろしいスキルだね、それ」

「うん。だからみんなと話すとなんか食い違うんだ」

「え、どういう事?」


 アカとヒイロは少し悩んでいたが、改めて口を開く。そこから聞こえてきたのは実に十年以上耳にして来なかった、勇者達にとってはもはや懐かしさすら感じる言葉の羅列。


「ここからは日本語で話すけど、意味は分かる?」

「え……? ああ、うん。だいじょう、ぶ……」

「ずっと不思議だったんだ。なんでこの世界の人がいない時にまでみんなこっちの世界の言葉で話すのかなって」

「私とアカは二人きりの時は日本語で話すもんね」


  日本語が直接耳に入る事で逆に通訳スキルが変な挙動をしているせいか、混乱と不快感を覚える。


「えっと、つまり二人は通訳スキルが無いってこと……?」

「うん、無いよ。だから私達はこの世界の言葉を一から覚えたし、話をする時は頭の中で日本語に変換してる」

「とはいえ、流石に十年以上過ごしてるから、もうこの世界の言葉も殆ど日本語と同じくらいには話せるようになってるけどね」

「なんで……」

「だからさ、その「この世界に召喚されると勝手に通訳スキルが使えるようになってる」ってそこがまず嘘なんだよ。現に私達は最初はこの世界の言葉が分からなかったし、

「え?」


 どういう意味? そう口にしたつもりの口からは、この世界の言葉が勝手に紡がれる。


「多分、通訳スキルが勝手に日本語をこの世界の言葉に変換してるんだろうね。みんな頭の中では日本語を使っているのかも知れないけど、この世界の言葉を喋ってるよ。逆に日本語は話せる?」

「話せ……あれ、えっと、……あ、あ、あー……うっぷ」


 話そうとすると口からは勝手にこの世界の言葉が出てしまう。無理に日本語を意識すると、猛烈な吐き気が襲ってくる。


「……任意に使わないって事も出来ないとか、それはスキルというか、もう呪いに近い気がするね」

「私達は日本語で話すから、そっちは無理しなくていいよ」

「どうし……て……?」

「聞いた言葉が勝手に頭の中で日本語になってくれる。日本語で話そうとすると口からはこの世界の言葉が発せられる……だけど自分の耳には日本語のように聞こえるって事だよね? これって一見便利だけど、何処まで正確に翻訳されてるか分からないし、本当に正しく理解できているかが分かる方法がないのかなって思う」


 ヒイロの言葉にハッとする。そう、「通訳」スキルは自動で全ての会話を頭の中で日本語に変換してくれるが、それが正しい保証は無い。その事にこれまで勇者達は誰も気付かなかった――それだけスキルの精度が高く会話をしていて噛み合わない事が無いとも言えるが、逆に会話が噛み合う範囲で致命的な翻訳ミスをしている可能性もある。


 現に、アカとヒイロはあるこの通訳スキルによってひとつの可能性に至っている。だからこそ、通訳スキルが介さない日本語で話す事で彼らとの間にある認識のずれを埋めたいと思っていた。


「まあ、まだ時間はあるし話を続けようか」


 とりあえず通訳スキルについての話は一旦打ち切る事にする。


「ここまででこの世界に来て一年半だからね。まだまだここまでの道のりで話すことはいっぱいあるよ」

「え……ああ、そうだね。二人がどうしてこの国と戦う事になったのか、ここまでの話だと全然わからないもんね」

「うん、まあそうだね。じゃあ次はエンド魔導国家に着くまでの道中だね。イグニス王国を出て、海を渡ってついた先がチロスミス共和国。その先にツートン王国って国があって、そこを超えてやっと魔導国家に着くわけだけど、まあ平穏な道のりではなかったね」

「そうね。確かに色々あったかな……」


 ヒイロの言葉に頷くアカ。イグニス王国を出たあとも、魔導国家に着くまで長い旅となったことを思い出す。そんなヒイロとの思い出を呼び起こしながら、二人は話を続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る