第7章 山の麓の大きな街で

第77話 ヌガーの街

 チロスミス共和国、北の端にある港町リンドルからスタートした旅は途中いくつかの街を超え、首都を通り過ぎ、いよいよさらに隣国のツートン王国まで山をひとつ越えるだけところまで来た。


 文章にすればほんの数行であるが、ここまでに数ヶ月の時間がかかっている。道中、小さなトラブルはあったものの大きな怪我や病気をする事なくここまできたアカとヒイロに、ここに来てこの旅最大の危機が訪れていた。


「ついに路銀が底をついちゃったね」

「まあすっからかんでは無いけど……ここから山越えして隣国に行くとなると心許無いわね」

「となると、この街で稼ぐしか無いかぁ。うーん、この国では働かずに済むかなと思ったんだけどなぁ」


 チロスミス共和国に入ってからは冒険者としての仕事をする事なく途中の街では消耗品の補給のみで旅を続けてきた。二人の目的はこの世界で生きていく事ではなく元の世界に帰る事で、その手がかりを求めて遙か南にある魔導国家エンドを目指していたのである。


 イグニス王国の港町ニッケである程度まとまった金額を稼ぐ事ができたので、行けるところまで一気に進もうということでこうしてひたすら旅を続けてきたわけだが、「この額を下回るまではお金の心配はいらないね」と掲げたラインを超えた事もありそろそろひと稼ぎしないとならなくなってしまった。


「ねぇヒイロ……私、ヒイロに黙っていたことがあるの」

「え、なに?」


 急に深刻そうな表情を浮かべるアカに、思わず身構えるヒイロ。


「実は、こうして旅をしているあいだ手持ちのお金がただ減り続ける状況ってすごく落ち着かないというか、常に不安が付き纏ってる感じだったのよね」

「あ……うん、知ってた」

「知ってたの!?」


 アカとしては決心して心の内を明かしたつもりだったのに、ヒイロは何を今さらと言わんばかりの顔で頷いた。


「だってアカ、残りのお金を確認する時いつも辛そうな顔してるし」

「顔に出てた!」


 なるべく表情に出さないようにしていたつもりでいたのに、しっかりとお見通しだったという事にまたショックを受ける。


 とはいえそこまで露骨に表情が曇っていたわけではない。アカは気持ちが沈むと無意識にほんの少し唇の先を尖らせてしまうクセがあり、それにヒイロが気付いたというだけの話である。ついでにそのちょっと憂いを帯びた表情も可愛いくて好きだなとヒイロは思っている。


「アカって日本でもしっかりお小遣い帳つけてたっていうし、手元にお金がないと落ち着かないタイプなのかもね」

「ヒイロは違うの?」

「私はあんまり貯金とかしないというか、月々のお小遣いは使い切るタイプだったからお財布が空っぽの状況に慣れてるのかも」

「ひぇっ……」


 ヒイロとの付き合いは二年近くになるけれど、未だにこうして知らない一面が出てくる。アカとヒイロは同じ日本人として価値観や倫理観、考え方は基本的に似ているし、性格も合っているのかお互いに気負わずに一緒にいられる。しかしたまにこうして正反対な部分もあり、そこがある意味で面白さと新鮮さを提供してくれる。


「じゃあそんなアカの不安を解消するためにもこの街では少しお金を稼いで行こうか」

「冒険者ギルドはあっちかな?」

「そうみたいだね。結構大きな街だから、短期間で稼げる依頼があるといいんだけど」


 二人は街の外れにある冒険者ギルドに向かった。


◇ ◇ ◇


 チロスミス共和国、首都から南に数百キロに位置するヌガーの街。位置的には隣国であるツートン王国に接しているが、その間には高い山がそびえている事もあり特に領土争いなどは起こっていない。また山を越えるにはかなり大掛かりな装備が必要とされる事もあり、基本的には隣国との交流は多くもなく――実は東に数百キロも進むと険しい山を迂回してツートン王国へ進める街道がありメインの交易はそちらで行われている――、またこの国の首都からも離れているということもあり、ここはここで街として産業が完結しているような雰囲気を持つやや特殊な街であった。周囲の山からは鉄が豊富に取れたり、自然が豊かなため動植物の採取に事欠かなかったりと一次産業に強い街なのである。


 そんな街の冒険者ギルドを訪れたアカとヒイロは適当な窓口に向かう。


「冒険者としての新規登録はここでできるかしら?」

「あ、はい。大丈夫です。お二人ですか?」

「ええ」

「それでは登録料を頂きます。二人で銀貨一枚約1万円になります。ちなみに別の国で登録したカードがあればご提示いただければ半額になりますが」

「あら、そうなの?」

「はい。冒険者カード代が浮くので」


 ならばとイグニス王国で使っていた冒険者証を手渡す二人。受付嬢はそれを受け取ると驚いた表情で眺める。


「……何か問題ありました?」

「ああ、スミマセン。イグニス王国から来られたのですか……珍しいですね。てっきりツートン王国からかと思っていたので」

「あ、そうですね。北の方から旅してきてます」

 

 受付嬢はやや怪訝な顔をしつつも、裏に引っ込んで魔道具に冒険者証をセットしていた。


 しまった、こんな事ならこの国に来てすぐの街で冒険者登録をしておくべきだったなと思ったけれど今さらである。次の国からは悪目立ちしないように国境を渡ったらすぐに冒険者登録するようにしよう。


 そんな風に反省していると冒険者証を持って受付嬢が戻ってくる。


「お待たせ致しました。こちらになります」


 返ってきた冒険者証を確認する。


○冒険者証

 チロスミス共和国冒険者ギルド

 ヌガー支部 ナンバー6454

 アカ

(余白)


○冒険者証

 チロスミス共和国冒険者ギルド

 ヌガー支部 ナンバー6455

 ヒイロ

(余白)


 イグニス王国時代の番号やランクは取消し線が引かれて、余白に新しい情報が書かれている。


「申し訳ございませんが、階級ランクはリセットされます。とはいえ他の国でCランクに上がった履歴が有りますので、三つも依頼をこなして頂ければすぐにCランクまではすぐに上がる事ができます」

「あ、それは助かります」


 初めて冒険者になった時にDランク星無しからCランク一つ星に昇給するのは中々大変だった。あれが省略されるのは素直に嬉しい。


「何かご質問はありますか?」

「私は特に……ヒイロは何かある?」

「えっと、私たちしばらくこの街に滞在する予定なんですけどどこか良い宿ってありますかね? 二人で一泊銅貨30枚3000円までで、女の子でも安全で、出来ればお風呂もあると助かるんですが」


 ヒイロの質問に、受付嬢はいくつかの宿を候補としてあげてくれる。


「……あとは、女性冒険者にお聞きするのが良いかと思います」

「ああ、現役の人に聞いてみるっていうのもありですね」

「はい。お二人も少なからず関わる事になるでしょうし」


 受付嬢の含みを持たせた言い方にアカは少し疑問を覚えたが、ヒイロが礼を言って頭を下げたのでなんとなく会話が切り上げられてしまった。


「それでは、お二人のご活躍を期待しております」


 最後にテンプレの応援を述べた受付嬢に頭を下げて、二人は受付を離れる。


「じゃあ今日は宿探ししようか」

「そうね。お仕事は明日から頑張りましょう」


 こうしてアカとヒイロは冒険者としての活動を再開する事になった。そしてそんな二人の様子を、一人の冒険者が観察していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る