第78話 女冒険者ルシア
「依頼が無い」
「無いわね」
ヌガーの街で冒険者を始めて三日。お得意の街の掃除と街周辺でのゴブリンの駆除など行った事で無事に
「無い事は無いんだけど、まともに稼げる依頼はどれもこれも10人以上の制限がついてる感じだね」
「そういう慣習なのかしら。ニッケの街でもそこそこの依頼になると人数制限があったけど、ここまでじゃなかったわよね」
「どうする? 二人で受けられる依頼となると二人で日給銅貨30〜40枚のものしかないよ」
宿代(食事無し)が毎日銅貨26枚なので、食費も含めるとこれでは碌にお金を貯める事が出来ない。報酬が銀貨以上となるものは全て人数制限ありなのだ。
どうしたものかと悩む二人に一人の冒険者が声をかける。
「アンタたち、新人冒険者かい?」
振り返ると、長身の女性が仁王立ちをしていた。身体つきもガッシリとしていて、相当な威圧感を放っている。
……この人、強いな。騎士ほどとは言わないまでも、鉢金傭兵団の団長や副団長ぐらいの強さはありそうだ。アカは半ば無意識に目の前の女性の強さを推し量った。
とりあえず、相手に敵意は無さそうなので会話に応じることにする。
「ええ、三日前にこの街で冒険者登録をしたばっかりで。無事にCランクに昇級できたから報酬の良い依頼を探していたんだけど……」
掲示板をチラリと見てアカは肩をすくめてみせた。
「ははあ。二人で受けられる依頼がなくて途方に暮れていたってところだね。アンタたちは二人パーティかい? 他に仲間は?」
「居ないわ。二人で旅をしているの」
「そうかいそうかい。だとすると今のままこの街で稼ぐのはちょっと難しいかな」
「いま、その現実に直面していたところよ」
「理解が早くて良いね。ちょっと話さないか? 先輩冒険者からのアドバイスを聴く時間ぐらいはあるだろう?」
大柄な女性冒険者はずいっとアカに寄って顔を覗き込んでくる。うん、これは断るとあまり愉快でない展開になりそうだな。
「そうね……丁度受ける依頼も見つからなかったところだし、ご高説を賜ろうかしら。ヒイロも良いわよね?」
「うん。お願いします。えっと……」
「ああ、あたしはルシアってんだ。クラン「才色兼備」のリーダーをやってる」
「ルシアさんですね。私はアカっていいます、こっちがヒイロ。よろしくお願いします」
「アカとヒイロだね! ああ、よろしく!」
◇ ◇ ◇
冒険者ギルドの片隅にあるテーブルに腰掛けて話を始めるルシア。
「まず、この街はチロスミス共和国の中でもちょっと特殊な立ち位置なんだ」
「国境……というか、山が近いから魔物が多いとかですか?」
「それもあるが、まあ聞きなって」
ルシアによると、ヌガーの街は各種産業の自給率がとても高いらしい。南にある高い山では安定して植物を採ることができ、動物の狩猟もできるし川には魚も多い。こういった食料の潤沢な調達がまずあった上で、さらに山にある炭鉱からは鉄が採れるし、石切場もある。さらに樹木は軽くて丈夫な種類が多く木工も盛んだ。こういった原材料を自前で賄えるため、それらを加工する職人も多く雇用も安定している。
これらの資源は有限ではあるものの、適切な量を採取する事で資源の枯渇を防止しつつ過剰な流通を抑制するよう街全体で取り組んでいるらしい。
「そしてそんな資源の確保は主に冒険者たちの手に委ねられている」
しかし各々が勝手に素材を採って納品してとなると市場に流通する素材が偏るうえ、採りやすい素材の枯渇に繋がる懸念がある。かといって極端な制限をすれば誰も素材を持ち込まなくなってしまう。そんなジレンマを解決するために生まれたのが人数制限制度の活用である。
素材毎にある程度まとまった量に満たない素材はギルドで買い取らない、または極端に買取価格を落としており、代わりにギルドが指定する素材と量であれば色をつけて買い取るという仕組みにする事で、自然と冒険者たちは集まりパーティを組んで依頼をこなす。
人数制限は5人程度からだが、ある程度以上の規模になれば基本的に10人以上という制限を設けることになっている。ひとつの冒険者パーティが10人以上のメンバーで構成されている事は稀で、となれば自然と複数のパーティが集まって合同で依頼をこなすことになる。これが良い感じにお互いを監視する役目を果たしており取りすぎや抜け駆け、密猟などの防止に繋がっている。
「これがこの街独特の冒険者文化ってわけさ」
「確かに街の発展という意味では効果的に聞こえますね。それはそれで別の問題がありそうな気もするんですけど」
「というか冒険者側の負担が大きいよね」
アカとヒイロの言葉にルシアは頷く。
「ああ。まずソロや二人組みたいな少人数パーティ冒険者はかなり厳しいことになるな。例えば既に7人のメンバーが集まっている状況なら欲しいのは加えれば10人になる3人以上のパーティだ」
「あー、なるほど」
「だがパーティの人数は多ければ良いというものでも無い。増えるほどパーティとしての機動力は失われて、メンバー間のトラブルも増えるからな。一般的には4〜6人程度が丁度良いとされているのはそういった背景があるわけだ」
「つまり、この街の場合は5、6人のパーティが好まれるというわけですね。それなら二つのパーティが合同で依頼を受ければ良いし、報酬も綺麗に折半で文句が出にくい」
「その通りだ。事実、一時期はほとんどのパーティが6人だった時期がある」
5人パーティだと欠員が出た場合に対応できないので、そういった事態に備えての6人ということか。
「パーティ同士の問題はそれで解決しそうだけど、それって無理やり6人組を作るためにパーティ内で軋轢が生まれそうな気がするんだけど」
「ヒイロ、察しがいいな。その通りでパーティ総6人時代には同じパーティの中で不和が生じることが多かった。特に力の無いものがパーティの中で不当な扱いを受ける事例が目立ってな。普通ならパーティを抜けるような事をされても、この街ではそれもし辛かった……弱くて前のパーティで冷遇されていたような者を拾ってくれるところなど無いからな」
「無理やり6人体制を保とうとする弊害ですかね」
「だろうな。それでもパーティメンバーとして扱ってくれていればまだ良い方で、中には荷物持ちと称して奴隷のように扱うケースすら散見された」
「それ、ギルドとしては何も言わないんですか?」
「表向きパーティメンバーとして登録されていれば何も言えないのさ。弱い人間を使い潰して、使えなくなったと判断したらパーティを追放し代わりに新人冒険者を次の使い捨ての駒として加入させるなんて悪どい事をやっていたパーティすらあった……いや、今も存在するのさ」
吐き捨てるようにルシアは言った。ここまで話を聞いて、アカとヒイロは二人がそういった目に合わないように忠告を受けているのだと気付く。
「つまり、私たちも迂闊にパーティの勧誘を受けるとそうなる可能性が高いっていう事ですね」
「わかってくれたかい。女性冒険者の場合はより悲惨だったりする。君達のように若い場合は特にな。仕事に貢献出来ていないと難癖をつけて報酬を払う代わりにと身体を弄ぶような連中もいる。もちろん、この街のすべての冒険者がそういった不埒な輩というわけでは無いよ。むしろ、こうやって制度の穴をついて甘い汁を啜ろうとする連中はごく少数さ。だがそれでも確実にそういった手合いは存在するし、そんな奴ほど初対面の印象が良いものだ」
上京してきた田舎の子が東京で悪い男に引っかかって風俗に沈められてしまう。そんなどこかの創作で聞いたようなストーリーを何となく思い出すアカだが、それが自分達の身に降りかかるとなればこんなに恐ろしい事はない。
以前襲ってきた冒険者(※)は初めから殺意を向けて来たため躊躇なく返り討ちに出来たが、相手が善人の仮面を被っていた場合それを見破れるだろうか? 若い女を何人も嵌めて来たような手練には、アカやヒイロを騙す事はきっと造作もないだろう。
(※第1部 第3章 第32話)
目に見えない悪意に晒されているような気持ちになり、アカはぶるりと震えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます