第31話 街の掃除と初めてのトラブル

 時刻はまだ昼過ぎだということもあり、では早速という流れでまずは街のメインストリートの掃除に着手することにした。「多分一日二日じゃ終わりませんよ」というのがニコルの談である。


 ギルドで借りたツナギを服の上から着込んで、ニコルと共にメインストリートに向かう。


「……ここでいいのよね?」

「はい、残念ながら」

「残念では無いけどなんというか、想像よりもなんというか」

「なんというかだよね」

「お二人とも気を遣わなくていいですよ。まあ寂れた街なんてこんなものですよ」


 イメージとしては、日本のシャッター街に近いだろうか。あそこまで閉まっている店が多いわけでもないけれど、全体的に覇気がない。


 舗装されていない道には雑草が伸び放題だし、一応申し訳程度に石畳を目指したのか、平らな石が並べて置いてはあるのだけれどその間からも草が伸びていて廃墟感を増している。


 また、あちらこちらにゴミが落ちており衛生面も宜しくない。


 有り体に言って、ここを歩きたくないと思わせてくれるメインストリートだった。


「この街の人はこれで良いの?」

「まあみんな裏道ばかり使ってますね」


 ほら、とニコルが指した方には裏路地が伸びているのだが、そちらは石畳こそないものの人の通りがそこそこあるせいか草はメインストリートほど生えておらず、なによりゴミが無い。


「私達はどの程度綺麗にすれば良いんですか?」

「うーん……草むしり、ゴミ拾い、石畳磨きくらいでしょうか」

「なるほど、確かにかなり日数がかかりそうね」


 ざっと見た感じメインストリートは幅10m、長さはおよそ300mほどか。


「抜いた草はや拾ったゴミはギルドの裏に焼却炉があるのでそこに入れて置いておいて下さい。それではよろしくお願いします、頑張って下さいね」


 ニコルは二人を激励するとギルドに戻って行った。


「さて、やりますか」

「アカ……私すでに後悔してる。普通の依頼30個こなした方がラクだったかもしれないって」

「今さら出来ませんなんて言えないでしょ。ほら、行くわよ」


 アカはメインストリートの真ん中から草むしりを始める。


「こういうのって普通はじっこからやらない?」

「……ヒイロって自分の部屋の整理整頓も苦手でしょ」

「え、な、なんで?」


 アカの指摘にアタフタするヒイロ。特に意味はないが、なんとなく端から片付けていこうとするタイプの人間は部屋の片付けの手際が悪いイメージがある。


「端から片付けていくと労力のわりに部屋が片付いたって実感が湧きにくくて、途中でモチベが下がって効率落ちて時間がかかったり、最悪投げ出したりする事になるじゃない?」

「……まるで私の様子を見てきたような物言い……」

「騙されたと思って真ん中から片付け始めてみるといいよ。逆にちょっとの頑張りでやった感が出て掃除が楽しくなるから」


 アカはそのやり方で自室を整頓していた。端の方はむしろたまに掃除するだけで十分だったりするものだ。


「日本に帰ったら試してみるよ……」

「いやいや! いま、目の前のストリートを真ん中からやっていこうって言ってるの!」

「あちゃー、そう来たか」


 ボケてるのか天然なのか分からないヒイロにとりあえずツッコミを入れて掃除を始める。


 ブチブチと草をむしってはとりあえずそこら辺の道の脇にまとめておく。ゴミも同じ場所にポイポイとまとめる。


 1時間ほどやって、20mほど進んだだろうか。そろそろ草やゴミが山になってきた。ヨイショとゴミを持ち上げてギルドに向かう。指定した焼却炉に放り込もうとしたところ、既に他のゴミで溢れそうだった。


「これ、燃やしちゃって良いかな?」

「良いんじゃないかな。そこに火打石もあるし」

「私たちのゴミが入らないのも困るしね」


 アカは魔力をこめて焼却炉に火を焚べる。高温の炎で一気に燃やし尽くし、溢れんばかりだったゴミは炭となった。


「よし、だいぶ嵩が減った」

「これで街道のゴミが入るわね」


 自分達の清掃で出たゴミを放り込み、またメインストリートに戻る。夕方までこの作業を繰り返し、今日は100mほどの草むしりとゴミ拾いを終わらせることができた。


「残りは明日にしようか」

「うん、明日には終わるかな?」

「石畳磨きが丸々残ってるけどね」


 焼却炉のそばにボロボロの掃除道具も置いてあったので、あの毛先の揃っていないデッキブラシで磨くことになるのだろうか。まあ余程酷い汚れがなければそっちは軽くで良いかなぁ。


 とりあえず今日の成果を報告と、泊まる宿について相談するため冒険者ギルドに戻ることにした。


◇ ◇ ◇


「他の冒険者がいる」

「そりゃもう薄暗くなってきたし、朝依頼を受けた人達が戻ってきたんじゃない?」

「この時間になっても受付はニコルさん一人なんだね」

「一人で捌ける量の冒険者しかこないのかもね」


 カウンターで他の冒険者の相手をしているニコルだったが、そんな彼女に三人組の男達が詰め寄っている。ニコルは困った様子で対応していたが、アカとヒイロの姿を確認するとあっという顔をして手招きする。


「呼ばれてるよ?」

「目の前にいる男達と揉めてる感じだけど……」


 とはいえ目が合って手招きされたなら無視するわけにはいかない。仕方なくニコルの元へ移動する二人。


「あの、アカさん、ヒイロさん。焼却炉の中身って燃やしました?」

「はい、もうパンパンで私たちの掃除で出たゴミが入らなかったので。不味かったですか?」

「ルール上は不味くは無いんですが……」


 ドンッと隣の男が床を鳴らす。


「お前らが俺らの獲物を勝手に燃やしたのか!?」

「……?」

「わ、私から説明しますね」


 怒り心頭の男達に代わって事情を把握しているニコルが説明をしてくれる。


 どうやらあの焼却炉は普段全く使われておらず、ゴミは溜まりたい放題だったらしい――あれだけ大きい焼却炉がパンパンだったんだからそりゃそうでしょうねとアカは納得する。

 そしてそれを良いことに、目の前の男達はそこを溜めた魔石の一時保管所として使っていた。魔石の買取はギルドで随時受け付けているが実はこの買取価格、基本的にはサイズや魔力の含有量で決められているが、何か理由で大量の魔石が必要になった時にギルドが色をつけて買い取ってくれる事がある。その時に備えて彼らは日々の酒代以外の魔石はギルドの裏のちょうど良いところにある保管庫焼却炉内に溜め込んでいたと言う事らしい。


 今日も狩猟を終えて、ギルドに換金する以外の魔石を置きに行ったところヘソクリが丸ごと消えていたのでどういう事だと受付に怒鳴り込んできたということだ。


「え、それってギルドはもちろん、私達だってなにも悪く無いですよね?」


 思わずヒイロが漏らした素直な感想は男達の怒りに油を注いだ。


「なんだと!? じゃあ俺たちが悪いって言うのか!」

「それ以外に無いでしょ。そもそも自分達で魔石を保管しておけば良いのにギルドの焼却炉に置いておくって意味わかんないし」


 家にしっかり保管していたものを燃やされたならまだしも、人の家のゴミ捨て場に隠しておきました、それを捨てられましたで文句を言うのは頭が悪いとしか言いようがない。アカの正論に受付の向こう側でニコルもこっそり頷いている。


 だがこんなバカな事をして他人に責任をなすりつけるような奴らにそもそも正論は通じない。


「テメェっ!」


 逆上した男は腕を振り上げた。危ないっとニコルが声を上げるが男は止まらない。そのままアカに殴りかかってきた。


 だけどアカは動じない。男のパンチを落ち着いてかわすと、すれ違いざまに足を払って転ばせた。ズドンとすごい音を立てて床に転がる男。取り巻きの二人が思わず腰の剣に手を掛けたところで、カウンターの奥から声が掛かる。


「そこまでだ」

「マスター!」


 ニコルにギルドマスターと呼ばれた男は、精悍な顔つきをした中年男性であった。ギルドマスターは現役を引退したBランク以上の冒険者が務めるものらしいので、彼も若い頃にはそれなりの実績を積み上げた冒険者だったというわけだろう。


「冒険者同士の小競り合い程度なら自己責任でやってくれて構わないが、こんなところで剣を抜くなら話は別だ。武器から手を離しなさい」


 ギルドマスターに言われて取り巻きの二人は手を下ろす。しかし納得はしていないと言ったら表情ではある。


「今のトラブルについて、ギルドとしては不介入とする。当事者同士で話し合いなり弁済なりで解決しろ。……まああくまで個人的な感想を言うなら、ケチな小銭稼ぎをしようとして失敗したうえ新人冒険者に返り討ちにされただけでもこの上ない恥晒しだが、そのうえ本当にあったかどうかも分からない魔石の売上を集るなんて恥の上塗りをする輩はいくらなんでも居ないと信じたいがね」


 男達は悔しそうな顔をしてギルドから出ていった。


「君たちもこの場はこれでいいかね?」

「良かないですよ。あれ、絶対外で私たちに報復する気満々じゃないですか」

「まあギルドの外で起こったことに関しては責任は持てないな」

「だったらさっきの時点で止めないで下さいよ。向こうが先に剣を抜いたならこっちも正当防衛って言い張れるのに」

「フム……彼らはあれでも魔獣を安定して枯れる程度の実力はあるのだが、仮に乱闘になっても勝てたと?」

「それはやってみないと分からないですが、いつ来るか分からない報復に神経を割くよりはここで決着を付けたかったです」


 といいつつアカとしてはあんなチンピラに負ける気は微塵も無かった。先ほどのパンチ一発で底が見えたと言っても過言では無いし、そもそもこんな寂れた街で燻っている冒険者が強いわけもない。


 そんなアカの考えを知ってか知らずか、ギルドマスターは笑って応える。


「確かに最もだな。まああの短慮さなら今日の夜にでも宿に押し入ってくるだろう。ギルドの外なら思う存分戦ってくれて構わない」

「いいんですか?」

「言っても聞かないのが冒険者だからな。あの手の輩に絡まれるのは新人の通過儀礼のようなものだ。気をつけてくれたまえ」


 私闘が禁じられているのかと思いきやそんな事はないそうだ。単純にギルド内で暴れられるとモノが壊れたり血糊で汚れたりするから困るだけらしい。

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