第32話 初めての……。
先ほど冒険者ギルドをそそくさと退散した男達は、ハノイの街の中心にある酒場で愚痴をこぼしていた。
「くそっ! せっかくコツコツ溜めてたってのに、気にイラねぇ!」
「どうするんだよ、ここの支払いをしたらもうすっからかんだぞ」
「また一から獣狩りとかやってられねぇなぁ」
……種明かしをするのであれば、ギルドの裏の焼却炉に魔石を隠して溜め込んでいたつもりの彼らであるが実は大した量では無かった。焼却炉貯金をし始めた頃こそ、せっせと溜め込んでいた魔石だがいつの間にか「今日は狩りに行くのが面倒だから少しだけ使ってしまおう」という位置付けになり、最近ではお互いがお互いに秘密裏にこの共用貯金からネコババして個人的な酒飲みに使っていたためである。アカとヒイロが燃やした魔石は精々明日の酒代になるかならないか、ぐらいしか残っていなかった。
しかしそんな事とはつゆ知らず、彼らの中ではここ1年以上コツコツ溜めた魔石をごっそりと燃やされた事になっている。
「ああ、考えるだけで酒が不味くなるな」
「こんな日は女でも抱くに限るがそんな金もねぇ」
「とはいえこの街の売春婦とはもうやり飽きたけどな」
たまに狩りに行って魔獣を狩る事はあっても、気が乗らなければこうしてダラダラ酒を飲んで売春宿に向かう。落ちぶれていく冒険者の鑑のような三人組であったけれど、きちんとした目標もなく――または諦めて――日々、死なない為だけに生きているようなこういった冒険者は存外、多い。
それでも頻度が低くても魔獣を買って素材や魔石をギルドに持ち込めばそれは世の中の役に立っていると言えるわけで社会全体で見ればその存在はプラスである。しかしこの男達は今まさにマイナスに堕ちようとしていた。
「なあ、
「やめておけよ。同じ冒険者だろう」
「あんな田舎から出てきたばっかの芋臭いガキに手を出すほど飢えちゃいねぇよ」
最低な提案を持ちかけたのは、アカに蹴り飛ばされたリーダー格の男であったが、残りの二人はまだギリギリで冒険者としての矜持が残っていた。
「売春婦を買う金もねぇんだから仕方ねぇだろ。それにお前ら気付かなかったか? あのガキども、近くで見たら小綺麗な顔してやがったぜ」
「だからってなぁ……」
「それに、元はと言えばあいつらが俺たちの魔石を燃やしたせいだ。なに、魔石代としてちょっと楽しませてもらうだけさ」
リーダーの半ば強引な決定により、彼らはアカとヒイロに報復という名の暴行を加える計画を立てたのだった。
◇ ◇ ◇
生意気な新人を襲うのはもう少し夜が更けてからと思い宿で一眠りしようかということにした三人。酒場を出て街外れの安宿に向かう。彼らが寝泊まりしているのは雨風が凌げるだけの簡素な安いだけが取り柄の宿で、この街の宿の中では最低ランクのものである。場所も街外れので、酒場から向かうのも不便である。
そんな彼らの目に留まったのは、まさにこの後襲撃を予定していた女達であった。
「あいつら、こんな時間にどこに行くんだ?」
彼女達はギルドと提携している宿――男達が懇意にしている宿の五倍ほどするが、一般的には相場程度の価格である――に泊まることにしたらしく、ちょうどそこから出て来たところを目撃した。
「丁度いい機会じゃねぇか」
宿に押し入れば誰かしらの目につく可能性はある。一人二人なら金を渡して黙らせればいいが、その金だってアカ達から奪おうという杜撰な計画だが、さらに多くのものに見られた場合の事など初めから考えていない。
そんな穴だらけの襲撃計画であったが、相手が外に出て来てくれたなら話は別だ。このまま後をつけ、タイミングを見計らって人気のないところに引きづり込めば良い。
夜の街を歩く二人をこっそりと尾行し始めた。
……。
…………。
「ここは、ギルド裏の焼却炉か?」
「なんでアイツら、夜にこんな場所に来てるんだ?」
アカとヒイロは焼却炉の前で話し込んでいるが、遠くなのでよく聞き取れない。さらに辛うじて僅かに聞こえてくる声も、聞き覚えのない言葉で話しているようで何を言っているのかまるで分からなかった。
こんな夜中に人気のない場所でコソコソと何らやら話している。
「なあ、もしかしてアイツらが魔石を燃やしたって言うのは嘘なんじゃないか?」
男達の一人が思い至る。
「どういうことだ?」
「つまり、アイツらはあそこにあったゴミを燃やす前に俺たちの魔石を回収していたんだよ。まとめて燃やした言っておけばそのままくすねても分からないだろう」
「なるほど。とりあえず近くに隠しておいて、こうして夜遅くに回収に来たって事か!」
「つまりなんだ、アイツら俺たちを馬鹿にした挙句に魔石まで奪ってやがったのか、許せねぇ!」
「ああ、犯すだけじゃ足りねえぞ! ボコボコにして金を全部奪いかえしてやる!」
この時まで、リーダー以外の二人にはまだ本当に襲撃をすべきかという、ひとかけらの良心によるタガが効いていた。しかし「自分たちの
男達は剣を抜くと、焼却炉を眺めているアカとヒイロに襲いかかる。
◇ ◇ ◇
「本当に襲ってくるなんて……」
「あれで隠れて尾行してたつもりだったのね」
アカとヒイロは目の前で倒れる男達を見下ろしている。
そもそも自分達が最初に焼却炉のゴミを燃やした時、そこに魔石は本当にあったのかが気になった二人。こんなところにヘソクリを隠す奴が悪いとは思う気持ちに変わりは無いけれど、しかし本当に燃やしてしまっていたなら多少は申し訳なさもある。
「そもそも魔石って燃えるの?」
ヒイロが口にした疑問。確かに試したことは無いね、ちょっと試してみようかという流れになりだったら大きな火が出ても大丈夫そうな焼却炉で燃やしてみようかという事で試しに来たのだった。
宿を出て少し歩いたところで昼間の男達が後ろに居るのに気付いた。そのまま焼却炉までつけて来たので嫌な予感はしていたが、まさか問答無用で斬りかかってくるとは。
しかしこんな奴ら、そもそも大した強さで無いのは昼間であった時の印象の通りであった。
ナイフを抜くと冷静に剣を避けて、その腕を逆に斬り裂く。痛みで剣を取り落としたところ、一応逃走させないために両方の太腿に思い切りナイフを突き立てた。
アカに一人、ヒイロに二人それぞれ襲いかかってきたわけだが、同じ手順で問題無く無力化したというわけだ。
「それでコイツらどうする?」
「うーん……」
反撃したまではいいんだけど、こんな人目につかない場所だとなぁ。二対三で圧倒したということもあって、見る人によってはアカ達が襲ったように見えなくも無い。
「テメェら……こんなことしてタダで済むと思うなよ」
「俺たちの魔石をどこに隠しやがった、この泥棒が!」
「殺してやる、殺してやるぞっ!」
痛みにうずくまりながらもコチラを睨みつけてくる男達。この期に及んで反省の弁も無くむしろアカ達に対して恨みを募らせている。
「というか魔石を燃やしたから隠したに言い分が変わってる」
「和解は無理そうだね」
「そうね、困ったなあ」
このまま見逃しても再びアカ達を襲ってくる可能性があるのならなんとかしなければならない。日本なら警察に突き出すし、この世界でも大きな街――例えば王都などなら国軍所属の兵士たちが治安維持のために犯罪者を取り締まったりしているらしいが、この街にはそう言った組織はない。住人同士は相互扶助の精神でやっており、冒険者の場合自分の身は自分で守らなければならない。
「となると、殺すしか無いんじゃない?」
「ヒイロ!?」
「アカだってそうするしか無いってわかってるでしょ」
「それはまあ、そうだけど……」
自分達に一方的に恨みを募らせて実際に襲って来た男達。こうして返り討ちにしたら一層殺意を漲らせるというのであれば殺される前に殺すしか無い。
「仮に日本だったとしても正当防衛が認められるケースだとは思うし。というか都合よく焼却炉があるから証拠も残さないしね」
「そういう事を心配してるわけじゃないんだけど……ヒイロは抵抗は無いの? その、人を殺すって事に対して」
「覚悟はしてたよ。というかこういうのを殺すのも通過儀礼だって昼間ギルド長も言ってたし」
「あれってそういう意味?」
「結果的にそうなってるって感じじゃないかな。だってここで殺さないと私達が危ないわけで」
ナイフを再び構えるヒイロ。実際、旅に出る前に
「私……漠然とだけど、初めて人を殺すシチュエーションってもっと劇的になるんだと思ってた。
「アカがやりたくないなら私がやるけど」
「ううん、大丈夫。私に覚悟が足りなかったってだけね。一緒に帰ろうって約束したんだもん、ヒイロ一人に手を汚させたりはしない」
「アカ……」
アカも覚悟を決めてナイフを握りしめた。
「お前ら、さっきから何を言っているんだ」
「おい、まさか……俺たちを殺そうとかそんな相談をしていたわけ、ないよな……?」
ナイフを構え直した二人を見て男達の顔色が変わる。アカとヒイロは日本語で相談をしていたため、ここまで男達は二人が何を言っているのか全く分からなかった。しかし覚悟を決めた表情でナイフを握りしめていれば嫌でもその刃が振り下ろされる先は想像が付く。
「やめてくれっ!」
「悪気はなかったんだ! コイツがお前達を襲うって言ったから俺はそれを止めようとしてっ!」
「頼む! もうお前達に手を出さないと約束する! だから見逃してくれっ!」
脚を刺されたため立つ事ができない男達は逃げることも叶わず、必死で命乞いをする。
「悪いけど、あなた達との約束が守られるかどうか怯えるより、ここで後顧の憂いを断った方が安心なんだよね」
ヒイロは冷酷に言い放ち、男の胸にナイフを振り下ろした。
「がっ……」
血を吐いて倒れるリーダー格の男。ビクビクと震え、数秒後にはその眼から光が消える。ヒイロは無表情――あえて感情を押し殺しているように見える――で、もう一人にも同じようにナイフを刺した。
最後の男は縋るような目でアカを見る。助けてくれ、声にならない声でそう訴える。
アカは迷いを断ち切るようにその額にナイフを突き立てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます