第61話 孤児院二日目:夕食

 日が暮れる前に孤児院に戻るため、適当なところで狩りを切り上げる。


「結局罠にかかった動物は居ませんでした……」

「あの罠じゃねえ。武器の使い方を覚えて自分で狩りができるようになった方が早いんじゃ無いかな。彼はそのために一人で素振りをしていたんじゃないの?」

「ロイドはそういうのんじゃなくて、次の双月には孤児院を出ないといけないから冒険者になるための修行をしているんだと思います」

「そうなんだ」


 当のロイドはまた一人でさっさと罠を回収して孤児院に戻っていく。まあ仕事はしてるだけマシかもしれないけれど、年下の女の子ハンナがいるんだからもう少し気を遣ってはやれないものかと思う。


「彼、いつもああなの? もしかして今日は私達がいるからって手伝ってくれなかったのかしら」

「えーっと、ロイドはいつもあんな感じです。罠を使った狩りは年長の二人で行くことになってるですけど、コレットお姉ちゃんが居なくなって代わりに私が同行するようになってからは、ずっとああやって素振りばっかりしてます」

「へぇ……」


 ずっと素振りをしている割には大したことなさそうな感じに見えたのは、やはり我流で振り回しているだけではダメなのだろう。その点、いい師に巡り会えたアカとヒイロは幸運だった。


◇ ◇ ◇


「まあまあ、こんなに沢山!」

「アカさんとヒイロさんが獲ってくれたんです」

「そうなんですね。付き添いだけでなく、そこまでして頂いて何と言えば良いか」

「いえ、お気になさらず」

「さっそく晩御飯のスープに入れさせて貰いましょう」

「最低限の血抜きしかしてないので、さばくの手伝いますね」


 アカとヒイロも調理場に入り、昨日同様に院長と三人で晩御飯の支度を始めた。


 ちなみに昨日「施しはしない」と言っていたのに今日は積極的に獲物を狩った理由としては、最初は狩りに同行する中でちょっと手伝うくらいなら有りかなと思っていたが、想像以上に狩り方が陳腐でこんな罠で獲れるわけがないと確信、このまま一匹も狩れなかったとして依頼にペナルティがあるとは思わないけれど、昨日同様に晩御飯をご馳走になる流れになった場合に硬いパンとクズ野菜だけのスープでは自分達も辛い……そう、これは決して施しではなくて自分達の豊かな晩御飯のためだ! という建前の元で動物を狩る事にしたのだった。


 ……なんだかんだ言いつつ頑張って生きている子供達を助けてあげたくなってしまう、非情になりきれないアカとヒイロなのである。


 料理の下処理を行いながら狩りの最中の様子を院長に伝えるアカとヒイロ。


「ロイドったら、そんな事をしていたんですね」

「ハンナちゃんから報告は無かったんですか?」

「ええ。……あの子は告げ口をしたがらない子なので、もしかしたら一人で抱え込んでしまったのかもしれません」

「ここを出た子はみんな冒険者になるんですかね?」

「全員というわけでは無いですがそうですね、男の子は大体が冒険者になります。仕事に就くだけならそれが一番簡単ですから」

「女の子は?」

「冒険者になるのは半分くらいです。残りは、その、お二人も女性なので言いづらいのですが……」


 言い淀む院長の言葉の先を察した二人は苦い顔をした。結局ここを追い出されたら自力で生きていくしかない。冒険者としてやっていく力が有ればいいが無ければ別の何かを売るしか無くて、若い女の子が売れるものといえば、という話である。


 ハンナや、ここにいる他の女の子もそうなるのだろうか? 出来れば冒険者なって成功してほしいけれど、そこまで口を出すのは躊躇われる。命を賭けて日銭を稼ぐよりは、花街でナンバーワンの娼婦を目指したいと思う子もいるかもしれないわけで。


 そんな話をしているうちに狩ってきた動物達の下処理が終わる。するとそこにハンナが一人の女性を連れて入っていた。


「先生、コレットが来てくれたよ」 

「こんにちは、お疲れ様です。」

「まあ、コレット! 久しぶりね!」

「はい。これは差し入れです」


 そう言って院長に小ぶりなウサギを手渡すコレット。だが既に調理場に多くの肉がある事に気付き、顔を曇らせる。


「いつもありがとう、大切に頂くわね」

「いえ、大したことでは。……えっと、この方々は?」

「この方達は冒険者ギルドから依頼で来てくれた、アカさんとヒイロさんです。昨日から明日までの三日間、色々とお手伝いをしてくれているんです」

「どうも」

「あ、そうなんですね。ありがとうございます。コレットって言います」


 ペコリと頭を下げるアカ達とコレット。


「アカさんとヒイロさんは狩りが凄く上手なんだよ」

「そ、そうみたいだね。こんなに沢山……」


 どうやらタイミングが悪かったようだ。コレット卒業した先輩が差し入れに来たのにそんな日に限って大量の肉があって、差し入れが完全に霞んでしまっている。


 いや、コレ私達は悪くないよねぇ!?


 もの凄い気まずさを覚えるけれど、謝るのも違う気がしたアカとヒイロは、余計なことは口にせずに調理を続けるのであった。


 ……。


 …………。


 ………………。


「すげー!」

「お肉がたくさんだ!」

「おいしそう!」


 食卓に並ぶ肉料理――塩を振って焼いたウサギや、鶏ガラスープなど――をみて小さい子供達が歓声を上げる。


「コレットお姉ちゃん、いつもありがとう!」

「あ、えっと今日は私じゃなくてハンナ達が獲ってきたお肉がほとんどで……」

「えー!? 嘘だぁ。ハンナとロイドはいつも全然お肉とってこれないもん」

「みんな、静かにしなさい。これはハンナ達が、アカさんとヒイロさんに手伝って貰いながら獲ってきたお肉と、それにコレットが持ってきてくれた分を合わせてあります」


 院長が言うと子供達は「ああ、冒険者さん達が手伝ってくれたのか」と納得した。


「コレットお姉ちゃん、せっかく来るなら明日にしてくれれば明日も肉が食べられたのになー」

「こら、来てくれるだけでありがたいのにそういう言い方は良くないよ!」

「だったらハンナがもっとお肉を取ってくればいいじゃん!」

「ご、ごめんね。私も気が利かなくて……」

「コレットお姉ちゃんは悪くないから。ほら、謝りなさい!」


 空気の読めない発言をするクソガキをハンナが嗜めるが、クソガキはベーッとハンナに反抗する。コレットは申し訳なさそうに身を縮めてしまった。


 そしてそんな様子を見て、なぜかロイドはアカとヒイロを仇でも見るような目で睨んでくるのであった。なんでだよ。


「お姉ちゃん、冒険者のお話聞かせて!」

「えーっと、ゴブリンを狩ったり、薬草を採取したり、かな」

「それ、いつものじゃん!」

「もっと凄いやつないの? ドラゴンと戦ったりとか!」

「ド、ドラゴンはさすがに無理だよ……」


 子供って凄いことをサラッと言うな。ちなみにこの世界にはファンタジーのお約束、ドラゴンという生き物がいるらしいが、魔獣の頂点と言われる強さを持っていてイグニス王国の聖騎士が束でかかっても勝てないと言われるほどの強さらしい。騎士の中でも最上級とされる聖騎士が何人も居て勝てないとか、どれだけ強いんだよ。


「コレットお姉ちゃんはまだまだ新米だから仕方ないか」

「ロイドが冒険者になれば一緒にすごい魔物を倒せるよね!」

「ロイド、いつも修行してるんだもんね!」

「え? そうなの?」


 コレットは困惑したようにロイドを見る。ロイドはフン、と鼻を鳴らすとぶっきらぼうに答える。


「コレットは鈍臭いからな。次の双月には俺も冒険者になる予定だ。仕方ないから助けてやるよ」

「え、そんな……悪いよ」

「仕方ないだろ、お前一人だとたまにしか肉を持って来れないし」

「だ、だけど私、パーティも組んでるし……」

「どうせ周りの足を引っ張っているんじゃないのか?」

「それは、そうかも知れないけど」

「な、だから俺が助けてやるって。心配するなよ」

「……わかった……」


 ロイドは少し得意げに笑い、逆にコレットは困ったような顔をしていたのが気になった。


◇ ◇ ◇


「今日もありがとうございました」

「こちらこそ、今日もご飯を頂いてしまいまして」


 夕食を食べ終わり、お風呂も沸かして今は子供達が入っている。アカとヒイロは院長から今日の仕事の終わりを告げられた。


「いえいえ、お二人には報酬以上に働いていただいたので、食事だけでは心苦しいぐらいです」


 確かにその自覚はあるのでなんとも言えない笑みを浮かべざるを得ない。


「じゃあ今日は帰りますね」

「はい、明日もよろしくお願いします」


 院長の部屋を出て、孤児院の外に出るとそこにはコレットとハンナがいた。


「アカさん、ヒイロさん。お疲れ様です」

「あ、お疲れ様。二人とも、お風呂はいいの?」


 火の玉で沸かした湯船は冷めやすい。早く入らないとせっかくの風呂に入り損ねてしまうだろう。

 

「はい、えっと、実はお二人にご相談があって……」


 ハンナは少し言いづらそうに言い淀んだが、意を決して二人に頭を下げる。


「ま、魔法の使い方を教えて下さいっ!」

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