第63話 孤児院三日目:コレットの決意

 翌朝、孤児院に向かったアカとヒイロ。既にハンナとコレットは準備完了していた。


「じゃあ昨日狩りした辺りに向かいましょうか」

「はい! お願いします!」


 四人で連れ立って孤児院を出ると、木剣を持ったロイドと鉢合わせた。


「アンタら、変な事したら許さないからな」


 アカとヒイロを睨んで憎まれ口を叩くロイド。


「ちょっとロイド! 失礼な事言わないで!」

「……フン!」


 鼻息を荒くして孤児院に入っていく背中にハンナが怒るが、アカはまあまあと宥めた。


「私達は気にして無いから。……ヒイロ?」


 ヒイロは何か考えるような表情で孤児院の入り口を見ている。こちらに振り返ると、両手を合わせてアカに頭を下げた。


「ごめん、先に行っててくれる? 昨日の狩場だよね、少しだけ遅れていくから」

「え? どうしたの?」

「ちょっとイラッとしたから八つ当たりしてくる」


 そういうと孤児院の方に歩いて行った。


「え、ヒイロさん?」

「大丈夫でしょうか?」


 ハンナとコレットも心配そうにアカを見る。ヒイロが何を思って孤児院に戻ったのかは分からないが、多分ロイドに何か言いたいことがあったんだろう。


「……まあ大丈夫でしょ。あの子、強いから」


 万が一殴り合いになっても負ける事は無いだろう。それが「大丈夫」なのかは分からないけれど。


◇ ◇ ◇


 狩場に着いて、ヒイロはまだ来ないけど導入部分だけでも始めようかと思い、アカはハンナとコレットに向き直った。

 

「じゃあ魔法の使い方を教えるわね。といっても今日一日で出来るようになるとは思ってなくて、あくまでほんのさわりだけになると思う。私たちができるのは二人に切っ掛けを掴んでもらうだけで、あとは各々でスキルを磨いてもらう必要があるってことは理解しておいて」

「はい、先生!」

「が、頑張ります」


 勢いよく返事をするハンナと、やや気後れしているコレット。


 一応昨日のうちに役割分担は決めていて、アカがメインの講師をしてヒイロは遅れた方をカバーするような形で教えようということになっている。


「あと、私とヒイロは二人とも火属性なんだけど、二人は多分別の属性になると思う。なんか火はすごく珍しいらしいから」

「えっと、それじゃあ……」

「例えば二人が水属性だったとして、どんな水属性魔法があってどのように魔力を操ればそれが発動できるのか、そういった事は私達は教えられないよって事。まあ仮に火だったとしても今日中にそんなレベルまで行くとも思えないんだけどね」


 属性毎の魔法は、一応体系化されているらしい。例えば一番ポピュラーな魔法として水属性魔法は「水の槍」、風属性魔法は「風の刃」などがあり、火属性魔法にも「火の玉」というものがあるらしい。らしいというのは、アカもヒイロも火属性魔法使いに出会ったことがないので師匠エルから聞いた知識でしかない。


「じゃあアカさんとヒイロさんはどうやってあんなに自在に魔法を使えるようになったんですか?」

「わりと我流」

「が、我流、ですか」


 見本が無かったのだから仕方がない。二人でああだこうだと言いながら色々と炎を操っている内に今のように落ち着いてしまった。とはいえヒイロと魔法の練習をしたのはアカにとって正直楽しかった思い出である。漫画やアニメ、ゲームなどで見た技をヒイロが口にしては再現しようと二人で試行錯誤するのは厳しい修行の中で癒しの時間であった。


「我流でも発動すれば良いんだけど、先人達の積み重ねで一応それがベストとされる撃ち方が有るらしいからそれを学べるならそっちの方がいいと思うんだよね」

「なるほど、わかりました」

「うん。じゃあやっていこうか」


 アカは自分が魔法を覚えた時のことを思い出して説明を始めた。初めて魔法を使うには三段階のステップをクリアすれば良い。


1.自分自身の魔力を知覚する。

2.魔力を体内で動かす。

3.魔力を体外に放出する。


 魔法の発動に必要なことはこれだけである。もちろん、それぞれの工程毎に精度の良し悪しはあるが最低限の魔法を使う分にはこれが一通り出来れば良い。


「ということで、二人にまず自分の魔力が分かるかどうか聞きたいんだけど」

「分からないです」

「……ごめんなさい」


 二人とも困ったように眉根を寄せた。


 この世界の人間の身体には生まれた時から当たり前に魔力が巡っているらしいので、全く無いということは無い。ただ、人が自分自身の全身の血の流れを感じられないように、魔力の流れも平常時には感じられない。


 逆に言えば激しい運動をした時に心臓がバクバクと鳴るのを自覚できるように、魔力も激しく流れればそれを自覚できる。また一度自分の中の魔力を知覚すると後は体の一部のように操作出来る。


 これがアカが知る魔力の流れについての基本的な情報である。


「そして、魔力の流れを知る方法は二つ。瞑想などをして自分の中に流れる魔力を少しずつ知覚するか、外から強引に流れを起こして無理やり気付いてもらうか」

「それぞれどれくらい時間がかかりますか?」

「私たちの時は外から強引にってやり方だったけど、ヒイロは一発で掴んだなあ。私の場合は何日かかかったんだよね、個人差はある」

「うまく行けばすぐに効果が出るって事ですね」

「下手すると死ぬらしいけどね」


 いつの間にか合流したヒイロがしれっと爆弾を放り込む。


「ヒ、ヒイロさん!?」

「死ぬこともあるんですか?」


 アカはわざと物騒な言葉を使ったヒイロを軽く睨みつつ、どっちみちリスクは説明するつもりだったので補足を入れる。


「余程強引に魔力を流すとそうなることもあるっていうこと。私が説明する前にヒイロが言っちゃったけど、この方法の最大のリスクがそこで、例えば私たちが悪意を持って魔力の流れを乱せばあなた達を殺すことができるの。つまりこれって本来は余程信用できる相手以外からは受けちゃいけないやり方になる」

「アカさん達が私達を殺すんですか?」

「殺されないって言い切れる?」


 否定しない事で、ハンナとコレットに緊張が走る。


「瞑想の方は逆に安全だけど時間がかかるのが欠点ね。平均数ヶ月、長くて数年単位らしいから、こっちを選んだ場合は今日中の魔法の発動はまず無理になるわ」


 つまりハンナとコレットは、昨日一昨日で出会ったばかりのアカ達に命を預けて結果を求めるか、とりあえず安全な方法を習って今後開花する事に賭けるか選ぶ必要があるという事だ。


「わ、私はアカさん達に魔力を流してもらいたいです!」


 コレットは決心したように力強く宣言する。


「いいの? 昨日出会ったばっかりの私達に命を預けられる?」


 敢えて脅してみせるが、コレットの決意は硬い。


「私、これまで全然うまく出来なくて、誰もやり方教えてくれなくて、このままじゃきっと冒険者としてやって行く事も出来なくって、本当は孤児院に帰って来たいって思ってたんです。イレイナ院長ももうお年だし、お手伝いとかさせて貰えればって。だけど毎回みんな冒険者としての私を褒めて、応援して、だから辞めたいって言い出せなくて」


 徐々に泣きそうな顔になっていくコレット。みんなからの期待と現実に対するギャップに既に潰されそうだった。


 実はアカとヒイロも、コレットと孤児達の昨日のやりとりの様子を見た感じ、良くないプレッシャーのかけかたをされているなとは思っていた――だからこそ彼女が魔法の習得を希望した時に拒まなかった――のだが、想像以上に追い詰められているようだった。

 

「コレットお姉ちゃん……」


 ハンナが心配そうにコレットに声をかける。彼女からしたらコレットは孤児院にいた時から、冒険者になった今でもずっと頼りになるお姉ちゃんで、だけどそれが彼女の重荷になっていたわけで。


「だけど、私、変わりたいんです。きっとこれって最後のチャンスだと思うから……だから、もう一度だけ頑張りたい! そのためなら死んでも構いません! よろしくお願いします!」


 目に涙を浮かべながらも、キッと顔を上げて真っ直ぐにアカを見つめるコレット。アカはふっと表情を崩してコレットの手を握った。


「分かった、覚悟は伝わったよ。聞きたかった言葉は聞けたし、精一杯サポートするよ」


 勿論アカにコレット達を殺す意図なんてあるわけもなく、ただどのくらい強い想いを持っているのか聞きたかっただけだ。コレットの目には強い決意が宿っており、そうであれば全力を尽くさない理由は無い。


 同じ年頃の女の子が困っているなら、助けてあげたいと思う。自分の中にそんな当たり前の感情があることにどこかホッとするアカであった。

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