第64話 孤児院三日目:魔法の先生

「わ、私もお願いします!」


 ハンナが手を挙げてアカの前に躍り出た。


「ハンナちゃんはまだ時間があるからゆっくりやるって手もある気がするけど……」


 一応アカは助言してみるが、ハンナは首を振った。


「ううん、私、すぐにでも魔法を使えるようになってコレットお姉ちゃんと一緒に冒険者になりたい」

「ハンナ!?」


 驚くコレットの方を見て、ハンナは決意を口にする。


「別に、孤児院に15歳まで居なくちゃいけないルールは無いもん。私、ずっとお姉ちゃんに甘えてた。小さい子達が言うこと聞いてくれなくてもコレットお姉ちゃんならって思ってたし、お姉ちゃんが来てくれた日はみんな良い子になって楽チンだなって思ってた……それがお姉ちゃんの負担になってるなんて思ってなかったの。ごめんなさい」

「べ、別にハンナは悪く、無いけど」

「ううん、私……私だけじゃ無い、みんながお姉ちゃんに甘えてるせいで、どんどんお姉ちゃんの帰る場所が無くなってたなら、それは私達のせいなんだよ。だけどそれじゃダメなんだなって思ったの。だから、私はお姉ちゃんと一緒に冒険者になりたい」

「そんな急に決めなくても……」

「急じゃ無いよ。お姉ちゃんが居なくなってから、ずっと孤児院が辛かったの。みんな私のこと好きじゃ無いみたいだし、早く出て行きたいなって。だけど今の、今までの私じゃきっとお姉ちゃんみたいな立派な冒険者になれないって思って踏み出せなかっただけ」

「私は立派なんかじゃない……」

「お姉ちゃんはそう思ってるかもしれないけど、ずっと私達を支えてくれてたんだから、とっても立派だよ。だけどそれが負担になっていたなら私はお姉ちゃんと一緒にいたい、隣でお姉ちゃんを支えたい」

「ハンナ……ありがとう……」


 ぎゅっと抱き合うハンナとコレット。


 ……すごく良い感じの話になってるけど、これって二人が魔法を覚えられなかったらわりと取り返しがつかない事態じゃない?


 内心焦るアカの肩をヒイロがポンと叩いて笑った。


「大丈夫、これはうまく行く流れだ」


 どんな流れ!?


◇ ◇ ◇


 やる事はいつもアカとヒイロがやっている魔力の流し込みだ。まあ二人でやる時は効率が良い口移しだけど、今回は手を持ってほんの少しずつ魔力を流す。他人の魔力が体内に入る事で異物感を感じて貰い、それとの比較で自分自身の魔力を知覚する。


「とはいえ私達も他の人に試すのは初めてなのよね。ヒイロは私にやってくれた事があるけど」

「まあほんのちょっとずつやっていけば大丈夫だよ。注射針から一滴ずつ垂らしていくイメージで」


 二人とも経験者のヒイロがやった方がいいんじゃ無い? と思ったけれど、ヒイロはさっとハンナの手を取って目を閉じてしまった。まあちょっとずつなら大丈夫かとアカはコレットの手を取る。


「じゃあ魔力を流すから、指先に意識を集中してね」

「はい!」


 コレットは気合十分だ。空回らなければ良いけれど。アカは目を閉じて集中する。

 

 ……。


 ボタボタボタッ!


「えっ!?」


 握った手に水がかかる感触を感じて目を開ける。なんとコレットが盛大に鼻血を流していた。それがそのままアカの手に降りかかったのであった。


「コレット!?」

「ハンナちゃん!?」


 ヒイロの声に驚いて振り返ると、ハンナもコレットと同じく鼻血を出して倒れ込むところだった。


 どうやら二人して鼻血を出してしまったようだ。


「だ、大丈夫!?」


 アカもヒイロもまだ魔力を自分の手元に集めただけで送ってすらいないというのに、二人はそれだけで拒絶反応を起こしてしまったのだった。


 ……。


 …………。


 ………………。


「う……ん、はっ!?」

「ここは!?」


 5分ほどで目を覚ましたハンナとコレット。鼻血もとりあえず止まったようで一安心。


「二人とも、魔力を流す前に倒れちゃったのよ」

「危なかったよ。もし魔力を送ってたら穴という穴から出血して死んでたかもしれない」


 危うく脅しが現実になるところだった。


「気分はどう?」

「あ……、はい、大丈夫そうです」


 身体を起こすコレット。


「それにしても魔力を流し込む前に二人して倒れちゃうとなると、私たちの魔力に何か原因があるのかしら……」

「原因は分からないけど、魔力を送って知覚して貰うのは難しいかな。次は死んじゃうかもしれないし」


 想定外の事態に頭を悩ませるアカとヒイロだが、ハンナとコレットは互いに手をグーパーしながら顔を見合わせる。


「あの、多分なんですけど分かったかも知れません……魔力」

「え、本当に?」

「はい。アカさんと手を繋いだ時にすごく熱い気の様なものが手の先からブワーッて全身に回って来て、代わりに自分の身体から押し出されたものが行き場をなくして鼻血と一緒に噴き出しちゃったって感じだったんです。多分それが自分の魔力っていうことかなって……」


 隣でハンナも頷いているので同じような感覚だったのだろうか。


「ヒイロ、魔力を送る前だったわよね?」

「うーん、そうなんだけど今の話を聞く限り、多過ぎる魔力が流れ込んじゃったみたいだねえ。アカと魔力交換する時はいつも口移し出し、手渡しで伝えるやり方が下手っぴだったってことかなあ」

「口移しですか!?」

「あ、やば」

「バカっ……! べ、別にイヤらしい意味じゃ無いのよ。ただ、口から方が効率がいいからそうしてるだけであって……」


 口を滑らせたヒイロと慌てて弁解するアカ。その様子がハンナとコレットには余計やましい感じに見えている事に当事者二人は気付かない。


 なんか気不味い空気が流れてしまい、何故アカとヒイロが魔力を送り込む前にハンナとコレットが魔力を受けて倒れてしまったのかが有耶無耶になってしまった。まあ考えたところで正解は分からないだろうと思ったので敢えて話を戻さなかった部分もある。そもそもヒイロが口を滑らせたりするのが悪いと思う、とアカは自分が墓穴を掘ったことは棚上げした。


 とりあえずハンナとコレットは魔力を知覚できたという事で、次のステップに進む事ができる。時間も無いのでそちらの訓練を優先すべきだろう。


「二人とも、知覚した魔力を自分の身体の中で動かす事は出来る?」

「えっと……どうすればいいんでしょうか?」

「感覚的な話になるけど、手や足を動かすように意識すれば魔力も動かせるはず。正直これ以上は言いようが無いんだけど」


 アカの感覚では魔力は知覚した瞬間から「あ、これ自由に動かせるわ」といったノリだったので、動かせない人の気持ちが分からない。しかしハンナとコレットは魔力を感じてはいるものの上手く動かせていないようだ。


 ヒイロが一歩前に出てハンナの手を取った。


「えっとね、身体の真ん中から生まれた魔力が腕を伝ってここに集まる流れをイメージできるかな?」


 そう言って胸の真ん中に片方の指を置き、ゆっくりと持ち上げた手の方に沿わせて行く。胸、肩、肘、手首、そして手のひらとたっぷり1分ほどかけて指を動かすと、ハンナはおっかなびっくり目を見開いた。


「な、なんとなく分かります」

「うん。いま手のひらに魔力が集まってるよね。じゃあそのまま指先に集中させてみようか」


 手のひらから指先まで、またたっぷり時間をかけて指を動かすヒイロ。ハンナの魔力がそれに合わせてじわじわと集中する。


「ヒ、ヒイロさん! なんか指の先がむずむずするような感じで……」

「じゃあそのまま出しちゃおうか」

「え!? ええっ!?」

「えいっ!」


 ヒイロがハンナの指先をピンッと優しく弾くように叩く。するとハンナの指先がほんの一瞬、ぼんやりと光った。


「えっ! えっ!?」

「これが魔法。ハンナちゃんは光属性だね」

「わ、私、魔法が使えたんですか?」

「魔力操作のイメージは私が補助したけれど、魔法を使ったのは紛れもなくハンナちゃんだよ。初めての魔法発動、おめでとう」


 にっこり笑って拍手するヒイロ。アカも隣で感心したように手を叩いた。


「ヒイロ、補助が上手ね」

「これ、私がうまく魔法を発動できなかった時にアカがやってくれたやり方だよ。覚えてない?」


 言われてみれば魔法の発動に苦慮していたヒイロを手伝った時に同じように伝えた気もする。だけどヒイロの方がもっとゆっくり丁寧で、教えるのが上手だと思う。


「あ、あの、ヒイロさん! 私にも同じようにしてもらって良いですか?」

「勿論。じゃあハンナちゃんはアカに手伝ってもらって、今度は魔力を全身に循環させるイメージの練習をしようか。基本的な魔法の発動は循環させた魔法を手のひらに集めて打ち出す、これだけだからあとはひたすら魔力循環とスムーズな発動の練習あるのみだよ」

「はい! アカさん、お願いします!」

「もう魔力の操作は出来そう?」

「えっと……、はい! さっきヒイロさんに教わったイメージを思い出せば、少しずつならできる気がします!」

「了解。じゃあそれを今度は全身に流すイメージでやってみようか」


 アカはハンナに魔力循環のやり方を伝える。きっかけはヒイロが与えてくれたので、あとはその応用である。ハンナはアカの指導のもと、少しずつ、少しずつではあるが魔力を動かす感覚を掴んでいく。


「で、出ました!」

「おめでとう。コレットは水属性だね」


 隣でヒイロがコレットの魔法も発動させていた。ハンナの時より時間はかかったようだが、無事に水属性魔法を発動できたようである。


 そのまま魔力循環の練習に入るヒイロとコレット。夕方までひたすら魔力の循環を行ったハンナとコレットは、日が沈む頃には自力で発光と、数滴の水飛沫を出す事が出来るようになった。


「一日で魔法が使えるようになるなんて、優秀ね」

「うん。二人とも才能があったんだろうね」

「まだほんのちょっと光るだけですけど」

「わ、私も、水が数滴出るだけで……」

「発動出来たならあとは魔力の操作と発動時にどれだけの量の魔力を集められるかってだけだからね。自主練習でどんどん強い魔法を使えるようになるはずだよ」

「あとはそれぞれの属性の正しい魔法の使い方を習えると良いんだけど……コレットのパーティに水魔法使いか光魔法使いはいるの?」

「いえ、居ないです」

「そっか……我流でもなんとかなるとは思うけど、多分先生は居た方がいいわよね」


 とはいえ、とりあえず暫くは魔力操作に慣れる事だ。ここから先、一人前の魔法使いになれるかどうかは二人の努力次第。明日の夕方には船に乗るアカ達にはその先を知ることは無い。


 まあ初めて魔法の使い方を教えた生徒ってことになるわけで、少なくとも不幸にはなって欲しくないなと思うアカであった。

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