第65話 孤児院三日目:依頼完了
ハンナとコレットを孤児院に送り届けたら、三日間の孤児院の手伝いという依頼は達成である。三日目はハンナとコレットへの魔法の指導となってしまったが、そもそも依頼票自体に具体的な仕事内容が書かれていなかったので、
「ありがとうございます。本当に助かりました」
「なんかどの仕事も中途半端な感じになっちゃいましたけど……」
「いえいえ、とんでもない!」
仰々しく頭を下げる院長と、数名の子ども達から礼の言葉を受け取り、アカとヒイロの依頼は完了した。
その場で報酬の銅貨50枚を受け取り、依頼票にサインをして貰ったら完了の報告はアカとヒイロがギルドにしなければならない。
「急げば
ギルドに報告へ向かうと、今日の依頼を終えた他の冒険者達が列を作っていた。一応窓口が閉まるまでに並んでいれば報告は受けてもらえる事になっているので――不備があったら修正は受け付けてもらえないのだけれど――二人は列に並んだ。
「アカ、ヒイロ!」
列に並ぶ二人に声を掛けたのは、以前(※)共に依頼をこなしたパーティ「獅子奮迅」である。リーダーであるリオンがアカ達には気付いて挨拶をしてきた。
(※第1部 第1章)
「お疲れさま。あなた達も仕事終わり?」
「ああ。今日も午前中は訓練、午後ははぐれゴブリン狩りとあとは魔獣を狩って魔石稼ぎだな」
「意外と堅実に稼いでいるのね」
「ははは、前に二人と合同で受けた依頼で自分達の力不足を実感したからな」
照れくさそうに頬をかくリオン。
「あ、そうだ。あなた達明日の昼間、時間ある?」
「ん? 今日と同じで訓練と狩りの予定だったけど」
「ちょっと協力してほしい事があって……指名依頼を出させて貰ってもいいかしら」
「指名依頼? 俺たちにか?」
「ええ、他に当てが無くて」
「とりあえず詳しい話を聞いて良いか?」
「ありがとう。じゃあここで待っててもらえる? 依頼の報告して来るから」
その後、列を進んで依頼完了の報告をする。運良く獅子奮迅に会えなければ、サティに言伝を頼もうかと思っていたが本人達と直接話が出来るならそちらの方が早い。待たせていたリオン達と共にギルド近くの食堂に入り、夕食を食べながら話をする事にした。
◇ ◇ ◇
「つまりそのハンナっていう孤児院の子と、コレットっていう冒険者に私とソフィが魔法を教えればいいのね?」
「ええ。一番初歩的な魔法だけで良いんだけど、属性が違う私達では教えられないから」
ここ数日の話をしながら、獅子奮迅……というかアクアのソフィに明日、魔法の先生をして欲しいと伝える。
「一日で魔法の発動まで出来るなんてすごい才能がある子達なんですね」
「アカとヒイロの教え方が上手いんじゃないのか?」
「私達は自分が習った時の通り教えただけだから、そうだとしたら私たちの先生が上手だったって事じゃないかしら」
「でも私もアカでは色々と課題もあったからね」
「確かに鼻血を出して倒れるなんて、魔力の送りすぎの典型的な症状だわ。結果的にそれで魔力を知覚したとはいえ、褒められたやり方じゃなかったわね」
「それは反省してるわ。……それで、お願いできる? 明日一日時間をもらうわけだし、ある程度なら報酬は払うけど」
「ちょっと聞きたいんだけど、あなた達、赤字になるような依頼を受けた上でさらに私達に報酬を払ってまでハンナとコレットに魔法を覚えさせようとする理由って何なの? お人よしにも程があるんじゃない?」
アクアが怪訝な顔で聞いて来る。確かに何か裏があるのではと思われても仕方ない事をしているなとアカは笑った。
「別に何か企んでたりする訳じゃないんだけどね。ただ何日か一緒にいれば良い子なのは分かるし、不幸になって欲しくないからちょっとぐらい自分が損してもいいかなって思えるぐらいに情が湧いちゃったってだけよ」
「あと、私とアカにとっては初めての弟子だからね。できる範囲でフォローしてあげて欲しいって感じだよ」
もうちょっと言うならば、自分達は魔法や戦い方を丁寧に教わる事ができたけれど、ギタンやエルに会えなければコレットのように追い詰められてしまっていたかもしれない。そう考えるとコレットのことを放っておくのは自分達のifを見捨てるみたいでなんとなく嫌な気持ちだと、勝手にコレットと自分達を重ねている部分があったりする。まあそこまであけっぴろげに話すつもりは流石に無いが。
「ふーん、そういうものかしら」
「私は構いませんよ。アカさん達の真似じゃ無いですけど、人に教える事で自分の理解が深まるっていうのも確かにあるかなと思うし、まるっきり無駄な時間というわけでも無いので」
「ソフィが良いなら私も構わないわ。お金も別にいらないけど、代わりにあなた達の魔力強化訓練のやり方を教えてもらうことって出来ないかしら?」
「私たちの? 別に普通に魔力循環してるだけだと思うんだけど……」
「それならそれでいいんだけど、具体的に何をやっているか詳しく教えてほしいの。悔しいけど、あなた達の方が魔法使いとしての実力は上だと認めてるから、少しでも追いつくためのヒントが欲しいのよ」
素直に頭を下げるアクアに、アカとヒイロは驚いた。彼女は前回の依頼時、最初はアカとヒイロを見下し、露骨に敵意を向けて来た。ゴブリンとの騒動で最終的にはある程度和解できたが、それでもこんな風に素直に実力差を認めた上で頭を下げてくる様は、以前の態度からは想像もできない姿であったからだ。
「アクアちゃんは本来、素直で良い子なんですよ」
「ソフィ、余計なこと言わない!」
目を丸くしているアカとヒイロに気付いたソフィが笑って言うと、アクアは顔を紅くして抗議した。
「……そういうことなら、私達は構わないわ。どうもありがとう」
お金はいらないと言ってくれた好意に素直に甘えつつ、この場の代金だけ出させて貰うことにした。
……。
…………。
「じゃあ魔力循環のやり方って今から伝えていい?」
「今ここで!?」
夕ご飯を食べ終わり、リオンとトールは食後のエールを楽しんでいる。コップが空になったらお開きかなというこのタイミングでしれっと言い放つヒイロにアクアは思わず盛大にツッコミを入れる。
「流石にちょっと騒がしいか」
「そういう意味じゃなくて、こういうのってもっと仰々しい感じになるものじゃない? スープのお代わりいる? みたいなノリで言われても反応に困るのよ」
「こっちとしてはそのくらいの感覚なんだけどなあ。じゃあ宿に行こうか」
「別にそんなに急がなくても、今度時間がある時で良いんだけど」
「残念だけどそんな時間も無いのよ。私達、明日の夜にはこの街を経つ予定だから」
「あーそうなんだ……って、えええっ!? なんでっ!?」
突然の展開にひとり大騒ぎするアクア。ヒイロは彼女の気持ち良いまでのきれいなノリツッコミを見て「これはアカには無い才能だし、もっと早いうちから仲良くしておけば楽しかったのにな」となんだか別れが惜しくなる。
「そもそもこの街に長居するつもりは無かったのよ」
「せっかく仲間になれたのに、寂しくなるな」
「冒険者を続けてればまた会える事もあるでしょ」
知らないけど。
「それもそうか、達者でな」
「そっちこそ」
「というわけで、魔力循環をどうやってるかは今のこの場で見せちゃうのが良いかなと思うんだけど」
「うぅ……なんか納得いかないけど、分かったわ」
アクアが複雑そうな顔で頷いたので、ヒイロはいつも通りの魔力循環をやってみせる。
「こんな感じで、胸の辺りで生まれた魔力を頭から右手、右足、左足、左手って回していくでしょ」
「フムフム」
「最初はゆっくりで、だんだんスピード上げていくでしょ」
「うんうん」
「んで、そこそこの速さで回せるようになるでしょ」
「うん? う、うん」
「そしたら逆回転させたり、手と足の順番を適当に入れ替えるでしょ」
「ちょ、は、え?」
「ついでに特定の指先とか、耳や目、舌とかそういう身体の特定部位で一瞬止めてみたりするでしょ」
「はぁ!? 何それ!?」
「んで、循環させる魔力の流れの数を増やしてみたり二つ三つ四つと分けて同時に色んな場所を循環させて、あとは鼻歌歌いながらリズムに乗せて魔力を動かしたり、たまに裏拍を取ってみたり」
「ストップ! ストーップ! 無理! それは無理!」
ヒイロの大道芸のような魔力循環にアクアが悲鳴をあげた。
「何よそれ!? 見た事も聞いた事もないわよ!?」
「まあ、私とアカで考えた我流のやり方だから。でも慣れれば慣れるほど魔法はスムーズに使えるようになっていったから、無駄って事はないと思うんだよね」
「わ、私もやってみたけど手足の順番を入れ替えるところで上手にできなくなっちゃいました」
ソフィは首を捻りつつ魔力を回している。
「最初はそんなもんだよ。そもそも私達は魔力に目覚めるのが遅かったから何とか操作に慣れようと色々やってこうなったんだし」
「それにしても滅茶苦茶よ。……ううん、でもそれがあの威力に繋がっているってことよね。わかった、私もヒイロと同じくらいに出来るように練習頑張るわ!」
闘志を燃やすアクア。
「別にこれで魔法の威力が上がるかどうかは分からないからね?」
「うん、大丈夫。少なくとも今まで私達が思っていた魔力循環と、ヒイロ達の魔力循環が別物って分かっただけでも大収穫だったわ」
そう言いながら、早速魔力操作に意識を集中させ始めるアクアとソフィ。この二人もなんだかんだ真面目なんだよなあ。
……。
…………。
明日、9時過ぎにギルドで待ち合わせをする事にして、食堂の前で獅子奮迅と別れる。アクアとソフィは既に魔力循環に夢中で、リオンとトールに「周りをちゃんと見なさい!」と手を引かれて帰っていった。
「じゃあ私達も帰ろうか」
「うん、あの宿での最後の夜だよね」
「それもそっか。ヒイロ、寂しい?」
「いや、特に」
「ドライだなっ!」
アハハと笑うアカを見て、ヒイロは「アカが居てくれるから、寂しくないんだよ」と思った。だけど恥ずかしいから口にしない。
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