第66話 孤児院三日目(裏):ヒイロの八つ当たり

 宿に帰ってきたアカとヒイロ。お風呂も済ませればいよいよこの宿で過ごす最後の夜である。


「改めて、別に感慨は湧かないけどね」

「そりゃこんな硬いベッドじゃねえ」


 日本で使っていたようなスプリングベッドは当然期待できないものとしても、木枠にシーツを敷いただけのものをベッドと言い張るのはもうちょっと何とかならないものかと思う。硬いベッドが辛くてその上に敷く用の毛皮を自腹で買ったぐらいだ。


「私さ、船旅のベッドには少しだけ期待しちゃってるんだよね」

「あ、実は私も」


 ヒイロの意見に同意するアカ。金貨5枚も払っているわけだし、スプリングとまではいかなくても綿の入ったお布団ぐらいは期待してしまう。


「乗船券を買うのは基本的に貴族だって言うのも期待できるポイントよね」

「そそ、貴族乗せるのにこのクオリティは無いでしょって思ってて」


 ぽんぽんと硬いベッドを叩くヒイロ。あまり期待値を上げ過ぎてがっかりするのも怖いけれど、それでも船旅にワクワクしてしまう二人であった。


 ……。


「さて、それじゃあ寝ましょうか」

「うん、おやすみ」


 ベッドで横になる二人。寒いので寝る時は恋人同士のように密着しているし、恋人同士がするようなもっとえっちな事だってそれなりの頻度でしてるが、これでまだ付き合っては居ないという改めて不思議な関係ではある。


 したくなった方がキスをすると、大体そのままなし崩し的に最後までしちゃうのがいつもの流れだ。


「んっ……」


 そして、今日はヒイロがそんな気持ちになったらしくアカに唇を重ねてきた。


「んんっ……ぷはっ」


 アカの背中に手を回してぎゅっと抱きついてくるヒイロ。


「あ、そうだ。昼間の八つ当たりってなに?」


 アカの服を脱がそうとしていたヒイロの手がピタリと止まる。ヒイロはすごく嫌そうな顔をして、恨めしそうにアカを見る。


「……今それ聞く?」

「ごめん、ふと気になっちゃって」


 ハンナとコレットに魔法を教えに行く前に、わざわざ孤児院に残ったロイドに何か言ってきたヒイロ。敢えて「八つ当たり」という言い回しをしたのが気になっていたのだが、それを今思い出してしまったのであった。


「まあ八つ当たりは八つ当たりなんだけどさ」

「殴ったの?」

「言葉の暴力でなら。あと正当防衛を少々」

「少々ってなに?」

「向こうが先に手を出して来たんだもん」

「来たんだもん、じゃねーよ。子供相手でしょ」

「もうじき15歳って中三ぐらいだから、セーフかなって」


 アウトだよと表情でツッコむアカに、ヒイロは観念した様子で昼間の事を詳しく話し始める。


◇ ◇ ◇


 自分達に文句を言って孤児院に戻っていったロイドをヒイロは追いかけた。孤児院の裏庭でまた素振りをしていたロイドを見つけてヒイロは近づいて行く。確か次の双月で15歳になって孤児院を出て行くと言っていたな。この世界では一般的に15歳を大人として扱う、ということはコイツはもうじき大人だというわけで、多少大人気ないことを言ってもセーフだろう。


 ロイドは近付いてくるヒイロに気付いたのか、一度素振りを止めて睨みつけてきた。


「まだ居たのか。さっさと何処かへ行ってくれ」

「ねえ、あなたがさっき言った「変な事をしたら許さない」ってどういう意味?」

「言葉通りだよ」


 フンと鼻で笑って再び剣を構えるロイド。その目の前に立ってヒイロは正面からロイドに問いかける。


「「僕が守ってあげたいから、か弱いコレットを鍛えるな」っていう意味でいいの?」

「はぁ!?」

「言葉通りなんて抽象的な言い方じゃ受けとる方は勝手に解釈するけど。あなたがそう言うならコレットに伝えるよ。「コレットが魔法を覚えて強くなったら、ロイドが自分が守っていい格好出来なくなるから辞めてくれって言われた」って」

「な、何を適当なことを言ってるんだよ!」

「じゃああなたの言う「変な事」って何よ」

「ぐっ……」


 ロイドは押し黙る。彼はアカとヒイロが院長に感謝されるのが、ハンナなんかに親切にするのが、そしてコレットと仲良さげに話しているのが気に入らない。そんな感情的な要因でアカとヒイロを嫌っていただけであって、彼女達が何か悪いことをしていると思っているわけでは無い。だから具体的にしてはいけない事を言えと言われても出てこないのである。


「大方、自分の城に部外者が入り込んで来てチヤホヤされてるのが気に入らないってところでしょ? 孤児達の中では自分が一番年上ってだけで下からは尊敬されて、院長からは頼られてるもんね」

「そんなことは……」

「それに、あなたの次に年長のハンナを助けるばかりか、貶めるように他の子達を仕向けてるでしょ」

「っ!?」


 ロイドは心臓を掴まれたような気持ちになった。別にハンナが嫌いなわけじゃ無い。ただ、コレットが居なくなってから、勝手にお姉さんぶって下の子たちを纏めようとするのが面白くない。だからハンナには協力せずに、自分の言うことを聞けばいいと思っていた。


「なんで……」

「なんで分かったかって? 見れば分かるよ。誰か一人を共通の敵役にして残りの組織をまとめようとするのは日本故郷でも見てきたイジメの構図だからね。院長は孤児院運営が忙しくて気付いていないのか、はたまた子供たちがイジメをしているなんて信じたく無くて見て見ぬふりをしているのか……私としては前者であって欲しいけど、それはそれで指導者としては失格なんだよね」


 イジメ。子供が集まれば高い確率で発生する。それはこんな場所であっても例外でないと言うことだ。やっている方はそんなつもりはないと言う。ちょっと揶揄っただけだよ。大袈裟だよ。そう言って悪びれない。だけどここに来て最初の一日でヒイロはピンときた。ハンナが受けているのは、紛れもないイジメである。


 だから昨日、ヒイロはハンナに彼らのために尽くす必要はないと声を掛けた。もうしばらくしてロイド主謀者が居なくなれば、イジメが自然と収まる可能性もあると考えたからだ。だが、コレットがやって来て、夕食時にロイドがニヤニヤしながらコレットを貶めていたのを見てそれじゃあダメだと思った。


 ロイドは――本人に自覚があるか分からないが――人を貶めて自信を無くさせ、自分に依存させようとするタイプだ。


 そう、まるでヒイロの幼馴染のように。


 ヒイロは昨日のロイドの発言を思い出す。


「コレットは鈍臭いからな」

――ヒイロは鈍臭なあ。


「次の双月には俺も冒険者になる予定だ」

――俺もやっぱり同じ高校に行く事にした。

 

「仕方ないから助けてやるよ」

――仕方ないから高校でも助けてやるよ。


「仕方ないだろ、お前一人だとたまにしか肉を持って来れないし」

――ヒイロ一人だと何もできないじゃん。


「周りの足を引っ張っているんじゃないのか?」

――みんな、そう思ってるけど言わないだけだよ。


「だから俺が助けてやるって。心配するなよ」

――だから俺が手伝ってやるよ。その方がおばさん達だって安心するだろ?


 この世界に来て忘れていた記憶がフラッシュバックした。あの場で取り乱さなかった自分を褒めてやりたい。


 そして、ロイドが居なくなってもハンナの状況は解決しないと確信した。


 ロイドが執着しているのがコレットだとして、彼女が今後も孤児院に顔を出すのなら、ロイドも同様にやって来る可能性が高い。イジメの主謀者が定期的にやって来たら周りのハンナに対する態度は直らないだろう。


 ――と、色々考察したが、その時点で自分にできる事などないとヒイロは諦めていた。三日後には船の上にいる自分達が口を出せることなんて何もないと思っていたからだ。


 だから、ハンナが魔法を覚えたいといった時に、これで本人が強くなれば……そのきっかけを与えることが出来るかもしれない。さらにそこにコレットまで加わったのはある意味で丁度良かったかも知れない。魔法を覚える事でコレットが自信をつけてロイドに何か言われても毅然とした態度が取れるようになってくれたら良いなと思う。


 そんな風にヒイロが昨日のやりとりを思い出している間も、ロイドは口をパクパクをして何とか言葉を紡ごうとしていた。


「俺は……別に、イジメてなんか、いない……」

「イジメてる奴はみんなそう言うからね。ハンナの事もコレットの事も、どう見たってあなたが先頭に立ってイジメているのに。昨日のコレットの辛そうな顔はあなたのせいでしょう? なのに指摘されたら否定するんだ? この卑怯者」


 卑怯者とまで言われ、カッと熱くなるロイド。元々思っていた不満をぶつける。


「うるさい! コレットが悲しそうだったのはお前らが調子に乗って肉を大量に獲ってきたからだろうが! それで自分が持って来た肉が感謝されなくてコレットは悲しんだんだ!」

「私はコレットの事をよく知らないけど、そんなつまらない事で悲しむんだ?」

「当たり前だろ! せっかく肉を差し入れて、なのに肉がたくさんあるって言われたら誰だって悲しいに決まってる!」

「だから自分はいつコレットが来ても良いように、狩りを任されてもまともに手伝わず、ハンナと協力して肉を多く取ろうとか工夫するわけでもなく、ただ剣を振り回して遊んでるわけだね」

「遊んでない! 修行だ!」


 冒険者になるための厳しい修行素振りを遊びと侮られ、ロイドは思わず手に持った木剣を強く握りしめた。しかしヒイロは見下すように重ねる。


「遊びだよ。やるべき事をやらずにその横で剣を振り回してるだけだもの。その上、肝心の素振りも体幹ひとつ意識しないでブンブン振り回してるだけだし、サボってるって罪悪感がない分あっちで走り回ってるガキ共より幼稚でタチが悪いね」

「言わせておけばっ!」


 完全にブチギレて思わず木剣を振りかぶりヒイロに殴りかかるロイド。ヒイロはそれを事もなげに躱すとそのままロイドの足を払い地面に転がした。


「ぐぅっ……!」

「ほらね。あなたの言う修行の成果がこれだよ」

「くそぉっ!」


 起き上がり、再びヒイロに斬りかかってくるロイド。今度は木剣を避ける事すらせず、その切先をパシッと片手で掴んで攻撃を受け止める。そのままグイッと引っ張りロイドから力づくで剣を奪う。剣を取られてふらついたロイドの後ろに素早く回り込むとお尻に木剣を叩きつけた。


「はぅっ……!」

「ほい」


 尻の痛みに悶絶するロイドの背を押し込むと、ロイドはそのまま地面に倒れ込んだ。


「ちょっと言い負かされたからって武器も持たない女の子にいきなり殴りかかったって言うのに、逆に自分がみっともなく転がされてる。これが君たちが尊敬するロイドの姿だよ。見てごらん、ダサいでしょ?」


 ロイドの大声になんだなんだとやって来て、こっそり扉の陰から様子を見ていた子供達に、堂々とその醜態を見せてやる。小さな子供達は見てはいけないものを見るような表情で転がり痛みに苦しむロイドを見下ろす。


「仕事もせず、修行だなんていって遊んでばかりいると君たちもこうなるよ」


 言いたい事も言えて、ついでに軽く? 小突く事もできて八つ当たりを完遂したヒイロは、ポイっと木剣をその場に放り投げるとスッキリした表情で孤児院を後にしたのであった。

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