第67話 ヒイロの過去とアカの想い(※)

「正論っちゃ正論だけど……」


 ヒイロの話を聞いたアカは複雑な気持ちになる。確かにハンナに対する孤児達の態度などはイジメのような空気で気になってはいたけど、それを部外者がクビ突っ込んで指摘して、挙句ロイドを物理的に転がすってどうなのよ。


「だから、八つ当たりなんだって。私が何かしなくてもハンナちゃんとコレットが魔法を使えるようになれば良かったわけなんだし」

「八つ当たりっていうのは、ヒイロが幼馴染から言われたことに対しての?」


 先ほどのヒイロの話の中で気になったのはやはりその辺りだ。ロイドがコレットを守ってやるといいつつその実思い切り彼女の事を否定していた会話の流れに、ヒイロは自分が過去に幼馴染から言われたセリフが重なってフラッシュバックしたらしい。

 

「そう。同じクラスにいた、夕暮ユウグレアキラって覚えてる? アレ」

「アレ呼ばわりかよ」


 と言いつつ、ヒイロが名前をあげたクラスメイトの顔を思い出そうとするが、特に仲が良くない男子だったので記憶が朧げだ。


「うーんと……確か、サッカー部だったかしら?」

「うん。ヒラ部員だったから、あんまり目立ってなかったけどね」

「でもそういえば、目立つ人と一緒にいる事が多くなかった?」

「そそ、キャプテンの光ヶ丘君といつもつるんでたよ」

「あー、なんか顔も思い出して来たかも」


 キャプテンの光ヶ丘君は爽やか系のイケメンタイプで、その友人の夕暮君はなんか暑苦しいスポーツマン系の雰囲気だった気がする。そっか、彼がヒイロの幼馴染か……。


「夕暮君と幼馴染だったって事だよね?」

「そう。家が近くて親同士が仲良くて、幼稚園から小・中・高とずっと同じ学校。クラスは別れることが多かったけどね」

「付き合っては居なかったわけだよね?」


 以前、ヒイロは年齢イコール恋人いない歴だと言っていた事を思い出す。

 

「うん。少なくともお互いにそういう言葉を口にした事は無かったし、そもそも私は彼が好きじゃなかった」

「ちょっと含みがある言い方だね」

「彼は私のこと、好きだったからね」


 しれっと答えるヒイロを、びっくりして思わず二度見してしまった。


「告白されたの!?」

「されてないよ。極力二人きりになったりとか、そういう雰囲気にならないようにしてたから」

「へ、へぇ……」

「何で知ってるのって顔してるけど、アカだってロイドがコレットの事を好きなのは見れば分かったでしょ?」

「まあ、そうじゃないかなとは察したけど」

「あれと同じ。あんな態度を何年もやられていれば嫌でも気付くし、それに彼は周りの男子に私が好きだって公言して周りを固めていたからね」

「公言する事で外堀を埋めていたって事?」

「結果的にそうなっていたって感じかなあ」


 ヒイロは頬に手を当てて、小首を傾げて思案する。


「彼としてはそんな意図があったわけじゃ無いと思うんだよね。頭は悪く無いけど、ずるい事には考えが回らないタイプだったから。

 関係が崩れるのがイヤだから直接告白はして来ない。だけど友達同士で恋バナする時なんかでは私のことを好きだって公言してるせいで周りは応援する空気になるから、部活とかでもやれ二人きりにしようとしたり、そういうお節介を焼いてくるんだよね」

「そういえばヒイロはサッカー部のマネージャーだったっけ。同じ部活でそんな二人がいたら、応援する空気になっちゃうものかもね」

「サッカー部のマネージャーも、彼が半ば強引に引っ張ってそれに流されて入ったようなところがあるんだけどね。帰宅部にしようとしたら家族に相談されて面倒臭いことになったりというか、まあ色々とあったんですわ」


 アカとヒイロはお互いに日本にいた時の事を余り話さない。アカは、特に家族の話をする事を意図的に避けていた。異世界に来た当初に何気なくアカが家族の事を口にした瞬間、涙が溢れて止まらなくなった事があるからだ。


 以来、「これからは家族の話は禁止!」と約束していたわけでは無いが、なんとなく二人の間で家族の話題はタブー視されてきた。

 

 そんな中で初めてヒイロの口から出た家族の話題は決して明るいものではなく、なんと返して良いかアカは少々返答に窮する。


「幼馴染同士なんて漫画みたいなのに、実際は苦労が多いのね」

「それ! 親同士も仲良いって言ったけど、なんか両親公認みたいな空気を出してくるのがほんとにイヤで」


 親同士でも仲の良い異性の幼馴染なんて良くある恋愛モノの物語みたいでロマンチックなものだと漠然と思っていたアカだが、確かに相手のことが好きで無いのならそれは辛いだろう。しかも相手の方は自分を好きと来たら、周りは否応でも盛り上がる。


「でもヒイロは彼のことを好きじゃ無かったんだよね、それはご家族には言わなかったの?」

「別に友人としての距離感ならそこまで嫌いじゃなかったんだよ。異性としては好きじゃ無いから、彼と公認の恋人みたいな扱いされるのがイヤだったの。それは親にも言ってたんだけど、どうも照れ隠しだと思われていた節があって。特に向こうは満更でもないって感じだったし、尚更ね」


 それ以外はいい親なんだけどね、とヒイロは困ったような表情をした。


「それで、ロイドの発言が幼馴染の彼と重なって、どうせ後腐れもない相手だから日本では言いたい事を言えなかった鬱憤を晴らしたと。なるほど、確かに八つ当たりね」

「……軽蔑するでしょ」

「うーん、私にはヒイロにこれまで積もり積もって来た嫌な気持ちは分からないし、まあ褒められた事じゃ無いんだろうけど。でもロイドもハンナちゃんをイジメてたりしてたからヒイロが言ってる事は一応正論ではあるわけで……」


 第三者が口出しすべきじゃ無いって部分はあるけど、それだって日本の社会の常識だからこっちではどう受け取られるか分からない。それにヒイロは八つ当たりと言っているが、ロイドの敵意がこちらにも向いていた以上は100%彼女が悪いとも言い切れない。


「今後気を付ければいいんじゃないかしら。もしまた八つ当たりしたくなったら、先に私に相談してくれれば話はいくらでも聞くよ」

「……アカ、ありがとう」


 気不味そうに、だけど少し頬を染めてヒイロはアカに礼を述べた。照れ隠しなのか、そのままぐいと顔を近づけて唇を重ねてくる。


 ……。


 …………。


 ………………。


 今日のヒイロは激しかった。アカの方が先に果ててしまうのはいつもの事だけど、今日なんだか荒々しい行為だった。さっきの話が関係してるのかな。……激しく求められるのは嬉しいけれど、八つ当たりで抱かれるのは正直ちょっとイヤだな。


 隣で眠るヒイロの顔を見ながら、アカは先ほどの話を思い出していた。


 家族ぐるみで付き合いのあった幼馴染との関係がストレスだったいうヒイロ。


「そんな話初めて聞いたんだよなぁ」


 わりと飄々としているから、そんな悩みを抱えているなんて想像もしていなかった。とはいえ、お互い日本にいた時のことってよく知らないのよね。お互いに話していない事はたくさんあるわけで、ヒイロにとってのその一つが幼馴染との関係だったというだけだろう。


 それはそれとして、モヤモヤと面白く無い感情が心に燻っている事をアカは自覚していた。先ほど身体を重ねている最中もカラダは快感に悶えながらもココロが何処かしっくりこない感じがしていた。


 そもそもヒイロは幼馴染の彼のことは好きじゃ無かったと言ってるわけだし、大体この世界にくるまで碌に話したことすら無かったのだから、アカの知らない人間関係があって当たり前である。

 だというのに「過去にヒイロの事が好きだった男がいる」という事実に対して大きく心が乱されている自分に驚きを隠せない。


「……ヒイロが居なくなって一人で旅をすることになったりしたら、寂しくなるからね」


 よく分からない感情を収めるために無理やりな理由を付ける。これが理屈になっていないことはアカだって分かってるけど、さりとて他の理由をつける事が出来ないのだから強引にでも納得するしかない。


 ――この感情が、嫉妬という分かりやすい一言で説明できるとアカが自分で気付くのは少し先の話になる。

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