第68話 引き継ぎと期待
翌朝、9時にギルドに向かうと獅子奮迅の四人はもうギルドに来ていた。
「おはよう。今日はよろしくね」
「ええ、これから孤児院に向かうのよね?」
「ええ。手伝いの依頼は昨日までで終わってるから今日は何も約束はしていないけど……行けばハンナちゃんは居ると思うわ」
ちなみにリオンとトールは、アクアとソフィが魔法を教えている間に孤児院の手伝い依頼を受けても良いと考えているらしい。儲けがないどころか宿代にすらならないとは伝えたが、そもそも訓練の時は収入がゼロとなるため損にはならないし、ランクを上げるためのポイント稼ぎに悪くないと割り切るようだ。
連れたって孤児院に向かう六人。孤児院の前で、丁度コレットが出て来たところに遭遇した。
「あれ、アカさん達、依頼は昨日までじゃ無かったですか?」
「あなた達に伝えておきたい事があって。ハンナちゃんは居るかしら」
「あ、はい。今から読んできますね」
パタパタと孤児院の中に戻っていくコレット。
「今のが?」
「ええ、水属性のコレット。この街で冒険者をやってるらしいけど、会ったことある?」
「朝の依頼に他のパーティと一緒にいるのをチラッと見たぐらいかな。お互いに面識はないわ」
「そっか。そのパーティの人も知らないわよね?」
「ええ。一応ライバルになるわけだけど、魔法を教える以上は話を通しておいた方がいいのかしら」
「あ、そうか。トラブルにならないように一言断っておいた方がいいかも」
孤児院に筋を通す事は考えていたが、コレットの所属パーティに話をする事は失念していた。一日で指導を終えるならまだしも、ある程度しっかりと面倒を見るつもりならきちんと話しておいた方が良いだろう。
「お待たせしました」
コレットがハンナを連れて出て来たので、アクアとソフィを紹介する。
「私達はこれ以上魔法を教えられないけど、水魔法と光魔法はこの二人に習えば間違いないから存分に教えを乞うといいわ」
「そ、そんな大したものじゃないけど、やるからには精一杯やりますね」
「え、あ、はい! よろしくお願いします!」
思わぬ講師の登場に、慌てつつも期待に満ちた顔で頭を下げるハンナ。対してコレットには困惑が大きい。
「えっと……私、これからギルドに行って自分のパーティのお仕事があるんですけど……」
「ええ、だから今日すぐにとはならないけれど、次の休みの日を教えてくれればその日に合わせて教えるわ。あと、あなたのパーティメンバーに会わせてくれる? 一応魔法を教えるという事で話をしておきたいから」
「そこまでして頂いて良いんですか、その、お金とかは払えないんですけど……」
「ああ、報酬はアカ達から貰ってるからあなたは気にしなくて大丈夫よ」
「え!? アカさん!?」
びっくりした表情でアカを見るコレットと、つられてハンナ。
「現物支給だったから気にしないで」
「でも、どうしてそこまで……?」
「気にかけるかって? まあ乗り掛かった船だしね。あと私達は冒険者の常識は知らないけど、女の子の冒険者同士はできる範囲で助け合うべきだと思うんだよね。稼げなくなったら力仕事でも不利な分、できる仕事が限られちゃうんだし」
「それはありがたいんですけど、私からはお返し出来るものがなくて助けられっぱなしになっちゃいます……」
「それはいつか他の人を助けてあげてくれればいいよ。そういう文化を作っていけたら素敵じゃない?」
先輩冒険者が後輩を助ける。ギタンとエルにして貰った事を、アカとヒイロも当たり前にやりたいだけである。
獅子奮迅のメンバーはうんうんと頷き、ハンナとコレットはよく分からないといった顔で首を捻った。
「まあ、今は魔法を覚える事を優先してくれればいいわ。いつか困ってる子が居たら助けてあげてくれると嬉しいし、それが私達への恩返しになるって覚えておいてくれたらそれで良いかな」
「わ、分かりました。頑張ります」
「うん、よろしくね」
アカはコレットの手を握った。
◇ ◇ ◇
「さて、無事に引き継ぎも終わったね」
「そうね、ソフィは早速今日から光属性魔法の訓練をしてくれるらしいし、アクアはコレットのパーティと話をしに行ってくれたし」
アクアに同行しようかと提言したが、ここからは自分達の仕事だと断られてしまった。一応リオンとトールが同行して獅子奮迅としてコレットを鍛えるという事で話をしにいくので大きなトラブルにはならないだろうとの事だ。
「なんならコレットを獅子奮迅に引き抜くことも検討するって言ってたね。良い結果になるといいんだけど」
「私たちにできることはやったからね。あとは獅子奮迅を信じよう」
アカとヒイロは並んで街を歩く。今日の夕方にはギルドで船長との待ち合わせなので、少し時間に余裕が出来た。
宿はもう引き払ったので、あとは消耗品を補充して街をブラブラすることにした。
「なんかこうしてのんびり街を歩くのって久しぶりだね」
「そうね。双月祭以来かしら」
生きているだけでお金がかかる冒険者稼業である以上、どうしても「今日はお休みで!」という日を作りにくい。ゴブリンの集落の調査(※第1章)や傭兵団の仕事(※第4章)のあとには一日休息日を入れたが、心置きなく二度寝してあとはダラダラと身体を重ねてとだらし無い大学生カップルみたいな休日の過ごし方をしてしまっていた。
そういった事情もありこの街をのんびりと歩くのは双月祭(※第3章 第42話)以来ということになる。
双月祭と言えばアカとヒイロが初めて身体を重ねた日であり、その時のことを思い出して恥ずかしくなるアカ。そういう空気になると恥ずかしさとか吹き飛んで夢中になってしまうのだけれど、ふと冷静に思い返すと恥ずかしくてたまらない。
ヒイロはと言えばそんなアカの気持ちなどどこ吹く風で楽しそうに街を歩いていた。
「ねえねえ、最後だしあそこの食堂でご飯食べて行かない?」
「あー、街の掃除で近くを通るたびに美味しそうな匂いがしていたところね。あんまり散財はしたくないけど、まあこの街の最後にちょっと良い思い出作ってもいいか……」
「さすがアカ! 分かってる!」
良かった、いつものヒイロだ。昨日は意外な一面を見せられてちょっと不安になったけれど、やっぱりヒイロはこうやって楽しそうにしている姿が似合うと思う。
ヒイロに手を引かれて、ずっと気になっていた食堂に共に足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
「忘れ物はないか?」
「はい、大丈夫です!」
リュックとメイスを掲げて得意げな顔をするヒイロに苦笑する船長。
「そいつは重畳。何があっても取りに戻っては来られないからな。それでは我々の船へ案内しよう」
集合場所であったギルドの応接室を出て、港へ向かう。最後に慣れ親しんだ受付を前にしてアカとヒイロは頭を下げると、二人に気付いたサティが近付いて来た。
「今日でお別れですね」
「はい、これまでお世話になりました」
「こちらこそ、お二人にはとてもお世話になりました。その、街の掃除とか……」
「あはは、丁度良い依頼なのでたくさん受けさせて頂きました」
「他の方は殆ど受けてくれないので、ホント助かってたんですよ」
名残惜しそうにサティが俯くと、ギルドマスターもやって来た。
「この街から有望な冒険者が去るのは残念だが、ギルドとしては新しい門出を喜んで送り出すしかないからね」
「有望だなんて、私達はまだまだです」
「ふふ、ものの数ヶ月で金貨5枚(約500万円)を貯める冒険者がまだまだなら、この街でまともな冒険者は片手の指で収まってしまうな」
「えっと、それは……」
金貨を5枚用意出来たのは、日本製の制服や小物をギタンが売ってくれた事で旅立ちの際の軍資金が金貨4枚あったからなのだが、それを言うと二人が落ち人である事がバレるかもしれない。なのでできれば追求されたくないところなのだが。
困った顔をするアカとヒイロを見て、ギルドマスターは笑った。
「少なくとも、冒険者になってからの君達の素行や金の流れに怪しいところは無かった。ギルドとしては憶測で嫌疑をかける事は無いから安心したまえ」
「あ、はい……」
「私から言いたいのは、過度な謙遜はギルドにも他の冒険者にも舐められる原因にしかならないぞと言う事だ。君達は十分優秀な人材だと自覚して、新しい国でも頑張りなさい」
「……はい、ありがとうございます!」
アカとヒイロは改めてギルドマスターとサティに頭を下げて別れを告げた。
「挨拶は済んだかい? じゃあ行こうか」
……。
…………。
………………。
「ここがお前さん達の部屋だ。大したもてなしは出来ないが、まあ暫くの間我慢してくれ」
「はい、分かりました」
「アカ! お布団が柔らかいよ!」
案内された船室は、これまで泊まっていた宿と比べると一回り大きくベッドは二つあった。そのうち片方をポンポン叩いてヒイロが歓声をあげる。
「ハハハ、流石に貴族様を乗せるのに硬いベッドにシーツ一枚だけとはいかんからな。多少汚しても文句は言わないが破いたり穴を開けたら弁償してもらうぞ」
「はーい、気を付けます」
その他何点か注意を受けると、船長は最後に二人に部屋の鍵を渡した。
「明日の朝は一の鐘の前に出航する。寝過ごして置いていかれるのが怖いなら今夜は宿でなくここで寝ちまいな」
「はい、そのつもりで宿は引き払ってきています」
「ハハ、準備がいいな。だったら大丈夫だな。じゃあ快適な船旅をお楽しみください」
船長はニヤリと笑って態とらしく礼をすると部屋を出た。
足音が遠ざかるのを聞いて、アカとヒイロは肩の力を抜いてベッドに腰掛けた。
「さて、どうする? 甲板に出てみる?」
「もう外は暗いから、出るなら明日の朝でいいかな。まだ最後の荷運びで人が出入りしてたりするって言ってたし、邪魔にならないように部屋に引っ込んでようよ」
「それもそうね。 ……ヒイロ、どっちのベッドを使いたい?」
「一緒に寝ないの?」
「ベッドが二つあるのに?」
アカは向かいのベッドに目を向ける。別にどちらが綺麗とかそういった差異はなさそうではある。なので別々のベッドでいいと思ったのだが……。
「ああそっか。この世界に来てからずっとアカとくっついて寝てるから、ベッドが二つあっても別々に寝るって発想が抜けてたよ」
頭を掻いてヒイロが向かいのベッドに移動した。
持ち込んだ保存食で簡単な夕食を摂り、適当に魔力循環の訓練をした二人。明日は夜明け前に船が出るとの事で、その前に起きるため今日は早めに眠ることにする。
「灯り消すね」
「うん、おやすみ」
灯りの魔道具のスイッチを切ったアカは、暗い部屋で横になり目を閉じる。一年と数ヶ月もの長い期間滞在したイグニス王国ともおさらばだ。だが目的地である魔導国家エンドはまだまだ先だし、そこに着いたとしたも日本に帰れる保証も無い。ここで気を緩めずに引き続き頑張らないと。……とはいえ、船の上では仕事自体が禁止されている。十日ほどの航海との事で、その間はのんびりできるだろう。
……。
そのまましばらく目を閉じていたが、どうにも寝付けない。モゾモゾと寝返りうったり、体の向きを変えてみたりしたけれどなんだか落ち着かない。柔らかいお布団だからかな? 気が張っているのかな?
「アカ、起きてる?」
「ヒイロ? 起こしちゃった?」
「ううん、私も寝付けなくて」
「そっか。やっぱり緊張してるのかな」
「それもあると思うんだけど……ねぇアカ、そっちに行っていい?」
「そっちのベッド、具合悪かった?」
「そうじゃ無いけど……アカとくっついてないと落ち着かないんだもん……」
後半は聞き取れるかどうかくらいの小さな声で呟いたヒイロ。そんな態度がかわいくてアカは胸がキュンとするのを自覚した。
「いいよ、おいで」
「……ありがと!」
嬉しそうにアカのベッドに入ってくるヒイロ。ぎゅっと抱きついてくる。
「うん、やっぱり安心する」
「ふふ、おやすみなさい」
「おやすみー」
甘えるように顔を擦り付けてヒイロは目を閉じる。そんな寝顔を見てアカも段々と眠くなってきた。
なんのことはない、ヒイロだけでなくアカの方だってこうしてくっついていないと落ち着かないというわけだ。せっかくのベッドが片方無駄になっちゃうな。まあ、明日はあっちで寝ればいいか。
そんな事を考えつつ、アカも眠りに落ちていく。
第68話 了
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※作者より
第5章はここで終わりとなります。次話より第1部の最後の章となる船旅編です。5章ではちょっとヒイロのバックボーンを明かしたいなと思っていて、書きたかったのは67話の独白部分なんですがどうやってこの話をする流れに持っていこうかな、と話を膨らませるうちに他の章と変わらないくらいのボリュームになってしまいました。笑
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