第5話 真夜中の事変

 焚き火を挟んで反対側で休むアカとヒイロを横目にリオン達獅子奮迅も夜を越す準備を進める。


「今日は前半がトールとソフィ、後半が俺とアクアでいいか?」

「分かった」

「じゃあ先に休ませて貰うわね。二人ともよろしく」


 四人パーティの獅子奮迅は二人ずつでペアを組んで見張りを組む。安全を考えるとどうしても男女ペアになるのだが、気がつくと先ほどリオンが言った組み合わせになる事が増えていた。


 リオンとアクアは布を敷いた上で横になる。普段は少しすると浅い眠りに落ちるのだが、今日はアカとヒイロが気になってなんとなく寝付けない。


 自分達と同じくらいの歳で、二人きりでパーティを組んでいるCランク冒険者。ギルド窓口で職員とだいぶ親しく話していた様子なので、もしかするとかなりベテランなのかもしれない。その割には戦技は使えないらしいし、魔法と得意ではないということだ。


 戦技や魔法が無くても強い人はいるけれど、そういう人は身体を鍛えて筋肉がムキムキだ。アカとヒイロは見た感じかなり華奢だからそういうわけでも無さそうだし……不思議な二人だなあ。


 リオンはそんな風に二人について考えつつ目を閉じた。隣ではアクアがやはりアカ達二人につい色々と考えを巡らせている。尤も彼女の場合は自分を苛立たせる二人に対して心の中で悪態をついていたわけであるが。


◇ ◇ ◇


 焚き火を囲み周囲を警戒する一行。トールとソフィは同じ丸太に腰掛けているが、その距離は明らかに近い……というより、肩が触れ合っている。


 こうやって見張りをしつつ長い夜を二人きりで語らって過ごせば、自然とその距離は縮む。ニブチンのリオンはアクアの気持ちには気付かないが、トールとソフィはしっかり恋仲になっていた。そして人並みには洞察力があるヒイロはそんな二人の関係を察することが出来ている。


 つまり今は恋人達の時間というわけで、焚き火を挟んで向かいにいるヒイロは端的に言っておじゃま虫だ。さりげなく後ろを向いたりすれば彼らを見ないで済むが、膝でアカが眠っているのでそういうわけにもいかない。仕方ないので気にしないふりをしつつ周囲の気配探り、並行して日課の魔力循環に勤しむ。


「済まなかったな」

「へ?」

「うちのが迷惑をかけただろう」

「ああ、そういうことね」

「悪い奴では無いんだが、少し周りが見えないところがあってな」

「えーっと……まあ、うん」


 どちらのことだろう? 唐突にトールから話しかけられてパーティメンバーの態度を謝られたが、果たしてリオンとアクアのどちらのことを指しているのかが分からなかったヒイロは曖昧に頷くことしか出来なかった。だいたいヒイロはコミュ障であるので、こんな風にいきなり話しかけられてもアカのように上手く会話を返せない。


「二人は冒険者になって長いのか?」

「ええ、まぁ……そこそこ」

「そうか。俺たちはこの間やっとCランクになったばかりでまだまだ新米だからな。二人から見ておかしなところが有れば是非指摘して欲しい」

「あ、わかりました……」


 構わず会話を続けるトールにヒイロはたじたじと頷く。


「ちなみに現時点で気付いている事ってあったりするか?」

「えー……」


 困った。自分達も何が正しいかなんて分からないし、そもそも日本人の知識と常識を持っているヒイロ達がこの世界の冒険者に指摘できることなんて無いと思う。逡巡した結果、気になった事を訪ねる事にした。


「それじゃあ質問なんですが、アクアさんとソフィさんは鎧を着てないのってなんでなんですか? 金属製の鎧は重たいけれど、せめて革製の胸当てぐらいは着けたほうが安全だと思うんですが」


 ヒイロ達も狼の毛皮を加工した革鎧を着けている。これに頼った戦い方は却って危ないけれど、不意に攻撃を受けた場合にそこそこきちんと身体を守ってくれる。


 しかしソフィは逆に困惑した様子で答えた。


「えっ? 革製の素材は魔力マナの流れを阻害するので魔法使いには御法度じゃないですか」

「流れを阻害?」

「はい。革ってつまり動物の体の一部なわけで、そういった「他の生物由来」の素材を身に付けていると魔力の流れが安定しなくなります。金属製の武器や防具もそこで魔力が遮断される望ましく無いですね。逆に植物由来のものは親和性良しとされていて、魔力の扱いを助けてくれるんです」

「へぇ……」

「失礼ですがお二人の魔法は自己流ですかね? 先程アカさんが火を出した時に触媒を使っていなかったのも気にはなっていたんですが」

「あー、そんな感じですね。ちなみに触媒って何ですか?」

「魔法の発動を補助してくれるものです。これも木製の杖などが好まれます。術者によっては自身の魔力を血に込めて染み込ませるなどして使いやすくカスタムしているので、基本的には本人専用となります」


 そういって傍らに置いてあった杖を取り上げるソフィ。


「そうなんですね」

「はい。なのでヒイロさん達も革の鎧をやめて触媒を持てば今よりも魔法の威力を上げることが出来ますよ」

「へぇ……街に戻ったら試してみます」

「そうですね、せっかく魔法が使えるならそれを伸ばした方がいいと思います。アクアちゃんも多分そういうところにイライラしていたのかなと思いますし」


 別に革の鎧を着けた時とそうでない時で魔力の循環のしやすさに差はない気もするが、魔法の本職が言うならそうなんだろうとヒイロは素直に頷いておいた。


 触媒もなぁ……ソフィやアクアが持っているのは長さ1.5mぐらいある立派な杖だが、魔法の威力をあげるためだけにそんなものを持ち歩くのもなんだかなあという気がする。というわけで日本人の必殺技「前向きに考えますでお茶を濁す」ことにした。まあ、あとでアカと相談してみよう。


◇ ◇ ◇


 その後は特に会話らしい会話も無かったのでヒイロは改めて魔力循環しつつ周辺を警戒していた。


 体内にある魔力を知覚し、それを全身に巡らせる――この世界では初歩的な技術どころかほとんど全ての人間は産まれた時から無意識に行っている魔力循環だが、ヒイロやアカは日本にいた時には魔力なんて感じたこともなかった。つまりこの世界でみんな当たり前にやっている事が出来ないというわけで、その差を少しでも埋めるため暇さえあれば初歩的な訓練である魔力循環を行っている。特にこういう「日本にいたならスマホを弄っていたであろう時間」の暇を潰すには魔力循環するにはぴったりであった。


 魔力を身体中に巡らせる。血液と共に魔力も流れていると想像するとなんとなくやりやすい。図鑑や理科の教科書でみた全身に血管が巡っている絵を思い出して、自分に重ねて想像する。そこに魔力を乗せるイメージで循環させる……という理科の知識はヒイロ達にとっては些細な思考の補助ではあるが、異世界の一般人は知り得ない医学知識を活用している時点で実はかなりの現代日本知識チートである――本人達にはその自覚は無いのだが。


 暇を潰す魔力循環させること数時間、ヒイロは膝でスヤスヤと眠る相棒の肩を叩いた。


「アカ、起きて」

「……ん。交代?」

「それはもうちょっとなんだけど、あっちで音がした気がして」

「っ! それは大変」


 アカは身体を起こすとメイスを手に取った。


「気のせいかもしれないけど」

「わかってる」


 ヒイロとアカは「気配察知」のような便利な戦技が使えるわけでは無いので、周辺の警戒は五感任せだ。夜は視界が効かないので音と匂いで異常を察知するが所詮は女子高生、その精度は本職の狩人などには遠く及ばない。


 この1年間、命懸けで磨いてきた生存スキルだがそれでも「何か音がした気がする」「血の匂いがし気がする」で実際にモンスターや獣がいる確率は二割程度……八割は気のせいである。


 しかし逆に言えば五回に一回は対処が必要という事で、こういう時は素直にお互いを起こして確認する、仮に気のせいでも恨みっこなしというルールで二人はこれまでやってきている。その甲斐もあって当たり確率は最初の頃の四倍程にまで上がって来ている――つまり当初は20回に19回は気のせいだったわけだ。


 ヒイロが指した方向を警戒し始めたアカとヒイロを見て、トールとソフィにも緊張が走る。


「モンスターか?」

「まだ分からない。もしかしたら気のせいかも知れないし」

「念のためリオン達も起こそう」


 トールは傍で眠るリオンとアクアの体を揺らした。


「二人とも起きろ」

「……ふぁぁ、どうした?」

「なにか異常があったらしい」

「何!?」


 流石に冒険者をやっているだけあって、リオンとアクアもすぐに臨戦体制に入る。


「どこだ?」

「こっちの方向だそうだ」

「まだ確定じゃないけど」


 アカは一応補足する。ヒイロとはお互い様の精神でやっているが、リオン達とはそんな約束はしていないのでこのまま何もなかった場合「無駄に大騒ぎして」と悪態をつかれるかもしれない。



 暫く警戒をしていた六人だが、そのまま15分ほど待っても何も起こらなかった。


「何も来ないけど」

「…………」

「本当に何か居たの?」

「…………」

「ねぇ!」

「アクア、静かにっ!」


 痺れを切らしたアクアがアカ達に詰め寄ろうとするのをリオンが静止する。


 その時、ヒイロが指した方とは二体のゴブリンが飛び込んで来た。


「グギャガガガッ!」


「なっ!?」

「下がれ!」


 ターゲットになったのは後方にいた二人――アクアとソフィだ。状況に対応出来ず、その場に棒立ちになるアクアとソフィにゴブリン達は手に持ったナイフを突き刺そうと迫る。


「ひっ!?」

「あ、ああ……」

「くそっ! 間に合わ……」


 咄嗟にトールが二人を引き用せようとするが到底間に合わない。


 ナイフが二人に突き刺さる正にその瞬間、


 ――ボンッ!


 二つの火の玉が飛び出し、狙い違わずゴブリン達の頭を撃ち抜いた。ゴブリンはそれぞれ一撃で首から上を吹き飛ばされ、残された体はその場に崩れ落ちる。


「――え?」


 思わず振り向く獅子奮迅の一同。そこには、手をゴブリンに向けてかざすアカとヒイロの姿があった。

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