第6話 襲撃の後で
「まだ伏兵がいるかも知れないから油断しないで!」
アカの叫びに我にかえる一同。再び武器を構えて周囲を警戒する。
……1分。
……5分。
そのまま10分ほど待っても第二陣が来ない事を確認し、一同はようやく肩の力を抜いた。
「とりあえず大丈夫みたいだね」
「こいつらは森の集落から出てきた斥候部隊かしら?」
「かもしれないね。こちらに気付いたのに集落に帰らず襲ってくるあたりは流石に知能が低いと言わざるを得ないけど」
「でもヒイロが音を聴いた方とは逆方向……つまり風下側に回り込んできたのよね。そういう知恵は持ってるってこと? なんか不気味な感じね」
「群れのボスからそういう知恵を吹き込まれていたとかあるのかな」
首から上が吹き飛んだゴブリンの死体を見ながら意見を交わすアカとヒイロ。
そんな二人にリオンが頭を下げる。
「二人ともありがとう。危うくアクア達が大怪我をするところだった」
「どういたしまして。そういえば二人は火傷していない? 咄嗟の事で完璧には制御出来なかったから」
一応制御が甘かった事にしてはいるが、アカからすればゴブリンが飛び出してきた時に棒立ちだった二人がもう一歩下がってくれていたら火の玉を当て易かったのなぁとは思っている。あえて口にはしないけど!
「わ、私は大丈夫です……」
「私も特には……」
「あ、アクアちゃん! 髪が!」
お互いに確認し合っていたソフィとアクア。ソフィが異変に気付き声を上げる。
「髪……? ああっ! 私の髪が!」
アクアは長い髪をおさげにして左右に垂らしていたのだが、その片方の先端が十cmほどチリチリになっていた。自慢のおさげが左右で不揃いになるのは申し訳ないけれど数cm上の部分からカットするしか無いだろう。
「うぅ……私の髪……」
アクアは恨めしげな目でアカを睨むけれど、流石にここで文句を言うのは筋違いだという自覚はあるようでその怒りをぶつけてくることはない。ちなみにアクアの前にいた方のゴブリンに火の玉を放ったのがアカで、ソフィの前にいた方はヒイロが仕留めている。ソフィの髪が燃えていないのは、ヒイロの方が火の玉がきちんと収束して居たからだ。直前まで寝ていたアカとじっくり魔力循環をしていたヒイロで精度に微妙な差がでたというわけだ。
「綺麗な髪だったのに、ごめんなさいね」
「気にしないでくれ。アカ達が助けてくれなければ怪我じゃすまなかったかもしれないんだ、髪くらい安いものさ」
「…………」
一応礼儀として謝罪を口にしたアカに答えたのは何故かリオンだった。アクアは口を真一文字に結んで俯いている。髪くらいと言ってしまうリオンには少々デリカシーが足りないが、アクアはリオンが言うなら引き下がるしかないようだ。
理屈と感情は別である。いくら助けて貰ったとはいえ元々嫌っている相手に髪を――先っぽだけであれ――焦がされたらこれ以上一緒に居たくないと言われ、最悪ここでパーティ決裂もあり得たから、リオンが強引にでも納得させてくれたおかげでそんな事態は避けられそうだ。まあここで解散した場合は依頼は失敗、報酬の二割を違約金として払わなければならないので辞めたくても辞められない事情があるのかもしれない。
いずれにせよ、これ以上をアクアと問題を起こさないように出来るだけ距離を置こう。アカは密かに決心した。
「それにしても二人ともすごいな、ゴブリンの頭を一撃で吹き飛ばせるなんて!」
「ああ、正直驚いた。大した威力じゃないか。苦手みたいな事を言っていたけれど十分実用的なんじゃないか?」
リオンとトールがアカ達の炎魔法を称賛した。
「……ありがと。でもあれは周囲を警戒している間に魔力を集中してたから出来たわけで、仮に次のゴブリンが来ていたら同じものは打てないのよ」
「ああ、そういうことか」
「それでも触媒無しであれだけの威力を出せるのは凄いですよ。狙いもバッチリでした、し」
ソフィもアカ達の魔法を誉めたけれど、狙いの部分で少し言い淀んだのは、アクアの髪が焦げたからだろうか。
◇ ◇ ◇
その後もう暫く様子を見て、次のゴブリンが来ない事を確認したので見張りを交代し、朝まで休むことにした。
「じゃあアカ、よろしくね」
「うん。おやすみ」
ヒイロがアカの膝枕に顔を埋める。この膝枕、初めの頃はなんだか恥ずかしかった。
恋人ができるよりも先に女の子と膝枕し合う仲になるとは思ってもみなかったけれど、聞くところによると女子校なんかではよくある光景だったりもするらしいし――ちなみにアカとヒイロが通っている高校は共学である――まぁなんだかんだですっかり慣れてしまっている。
ふと気づくと向かいに座るリオンとアクアがこちらを見ている。うん、ヒイロと二人きりなら恥ずかしいなんて事はないけど、人に見られるのはやっぱりちょっとイヤかも。
リオン達は、一応見張りという建前があるので昼間のように話しかけてこないのはありがたい。もしくはアカとアクアの間のぎっすんぎっすんな空気を読み取って自重しているのか? ……ニブチンだしそれは無さそうかな、仕事モードになると真面目にやるタイプなのかもしれない。そんな風に考えつつ、アカとヒイロと同様にこの時間を魔力循環の練習に充てる。
黙って見張りをすること数時間。夜明けまではあと一時間くらいかと言ったタイミングで、アクアに声をかけられる。
「ねえ、さっきから何やってるの?」
「……あ、私? そりゃ周囲の警戒だけど」
「そうじゃなくて、何時間もずっと魔力を循環させてるでしょ」
「驚いた、分かるんだ?」
「ぱっと見じゃ分かんないけど、これだけ何時間もやってれば流石に気付くわ。それで、なんでそんな事やってるの?」
「私は魔力の扱いが上手くないから、時間がある時は基礎訓練をしてるのよ」
「訓練って、本当に基礎の基礎じゃない。魔力を循環させるなんてそれこそ息をするのと変わらないぐらい自然に出来る事でしょう?」
やはり現地の人には変に映るのか。アカ達としては魔力というものからして特別な感じがするので、より自然に使えるように普段から扱いに慣れておこうという意図なのだが。
「うん、まあ自己満足というかおまじないみたいなものだから」
これ以上細かく話すと自分たちのバックボーンまで説明する事になるし、それは面倒だなあと思ったアカは適当に濁す事にした。考えてみれば別にアクアに納得してもらう必要も無い。
「そう。……あ、あのさ」
「まだ何か?」
「えっと、さっきは助けてくれてありがとう。……あと、昼間は偉そうな態度をとってごめんなさい」
「え? ああ、うん。どういたしまして。昼のことは、特に気にして無いから」
「そう言ってくれると助かるわ。私、あなた達の実力を過小評価していた……改めて明日の調査、よろしくね」
急に殊勝な態度になるアクアに面食らう。焚き火を見ていて心が落ち着いたのだろうか? それとも窮地を救った事による吊り橋効果かしら? いずれにせよ友好的に越したことは無い。
「ええ、こちらこそよろしく」
アカが微笑んで返すと、アクアもニコリと笑った。
なにこの子、笑うとカワイイじゃん。
なんやかんやいって好意的な相手には簡単に絆されるアカはチョロい。そんな二人をみてリオンはうんうんと満足げに頷いていた。
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