第4話 野営準備

 街道を歩くことおよそ六時間。やっと調査対象の森が見えてきた。街からは20km程度といったところか。この世界の「近くの森」の定義について問い詰めたいところではあるが、ここまでに町や村など次に人が住む集落まではさらに数時間は街道を進まなければならない事を考えれば仕方のない話ではある。


「今日は森に入らずにここでキャンプでいいよな?」


 リオンが全員に確認する。

 

「森の中で夜を過ごすわけにもいかないしな。そちらの二人もそれで良いか?」


 トールに言われたアカとヒイロは頷いた。


「トール。「そちらの二人」じゃなくて「アカとヒイロ」だ。俺たちは同じミッションをこなす仲間なんだからな」


 リオンがトールに注意する。彼の中ではアカとヒイロは既に仲間と認定されているらしい。


「ああ、そうだったな。じゃあアカとヒイロ、今日はここで野宿ということで、よろしく頼む」


◇ ◇ ◇


 この六時間、リオンはアカに――ヒイロは基本的にアカの後ろに隠れるようにしていたので――話しかけ続けた。


「アカもヒイロも珍しい髪と瞳の色だよな。顔立ちもこの辺りじゃ見ない感じだし、別の国から来たのか?」

「そんな感じ」

「やっぱりそうか! 俺はこの国から出た事ないんだけど、なんて国から来たんだ?」

「多分、言っても知らないと思う」

「ははは、確かに俺はあまり勉強は得意じゃないからな! でもアクアやソフィなら分かるかも知れないからさ!」

「……言いたくない」

「そうか、じゃあ仕方ないな。ところでアカとヒイロはやっぱり同郷なのか?」

「うん、まあ、そう」

「やっぱりか! 実は俺たち四人も同じ村出身の幼馴染でさ」


 こんな調子でグイグイ距離を詰めようとしてくるのだ。日本にいた時も陽気なやつは居たけれどここまでのには出会ったことは無い。そもそも現代日本人はみな空気を読むので「これ以上話しかけるな」というオーラを出せば大抵は引っ込む。しかしリオンはそんな空気が読めないのかお構いなしなのか、ずっと話しかけてきた。


 アカは適当に相槌を打っていただけではあるが、リオンがずっと話し続けたことですっかり「獅子奮迅」の来歴に詳しくなってしまった。


(さすがにこの相手は疲れる……ヒイロ、恨むわよ)


 確かに人見知りの激しいヒイロを気遣ってリーダーリオンとのやりとりは自分がすると言ったアカではあるがこれは想定外だった。


◇ ◇ ◇


 森から200mほど離れたところに他の冒険者が使ったであろう焚き火跡があったので、今日はここで休むことにする。森の側なだけあってそこら中に乾いた枝が落ちているので適当に拾って焚き火跡の上に組み上げる。リオンがカバンから火打石を取り出したところで、アクアがアカとヒイロに声を掛けた。


「戦闘には使えなくても、せめて火種くらいは出せないかしら? 火打石だって消耗品でタダじゃないのだし」


 困ったような顔をするリオン。アカとヒイロは軽く顔を見合わせる。初めからこちらに対して攻撃的な態度だったアクアだが、その態度はさらに頑なになっているのは気のせいじゃ無いだろう。これ以上彼女の好感度を下げると明日の調査に差し支えるかも知れないと考え、素直に従う事にした。


 アカは焚き火の側に屈むと手を翳す。ゆっくりと魔力を込めていくと、小さな火がその場に現れた。小さな火はやがて薪に燃え移り、徐々に大きな炎をなった。


「薪に火をつけるだけなのに随分と慎重だったわね」

「……あまり得意じゃないから」

「アクア! 点けて貰ってもおいてその言い方はないだろう! アカ、ごめんな」

「別に気にしてないから」


 リオンはアカ達に気を遣ってくれているのだろうが、そのせいで他の女性陣、特にアクアの反感を買っているのはおそらく間違いない。


 六時間に及ぶ思い出トークによれば、小さな村の幼馴染として育った男女四人がそのまま冒険者を志して同じパーティを組んでいるというわけで、これって普通に考えれば人間関係の中に恋愛のベクトルが潜んでいる。

 アクアがアカの事を仇のように睨んでいることから、おそらく彼女はリオンに恋心を抱いておりそんな彼の関心を惹くアカとヒイロ、特にマルっと六時間のあいだ話し相手をしていたアカの事をおじゃま虫だと認定していると思われる。


 キャンプから少し離れた小川に水を汲みに来たアカに、付いて来たヒイロが声を掛ける。


「嫉妬に駆られた仲間に後ろから刺されないようにね」

「そう思うなら次からはヒイロが彼の話を聞いてあげてよ。ヒイロが私の陰に隠れてるから、ずっと私が話し相手する羽目になったんじゃん」

「う……それは感謝してるけど」

「まあこの居心地の悪さも二、三日の辛抱かな。明日中に調査が終われば明後日は街に帰るだけだし、その時は彼の相手はヒイロに任せて良い?」

「調査が終わればお互いに連携を深める必要も無いし、もう話したく無いって言えば良くない?」

「そういえばそんな理由で話しかけてきていたんだっけ。明らかにそのせいでアクアあの子から敵認定されてるから、普通に逆効果なんですけど」

「ね。あれはニブチン主人公タイプだわ」

「何よそれ。でも言いたいことは分かるわ」


 二人で笑っていると、そこにアクアとソフィもやって来た。


「何を話していたの?」

「何って、明日の事」

「ふん! どうせ私達の悪口でも言っていたんでしょ」

「そんな事ないけど……明日は森に入って調査するんだから、出来るだけ仲良くと迄は言わなくても険悪なムードは勘弁してほしいんだけど」

「何よそれ、私が悪いって言いたいの?」

「私達の何が気に入らないの?」

「はぁ? 大した実力もないのに報酬はちゃっかり要求するわ、リオンに色目を使うわ、逆によく思えるところが無いじゃない!」


 取り付く島もない様子のアクア。これは何を言っても無駄だと思い、その隣のソフィに目を向ける。


「アナタも同じ意見?」


 急に水を向けられたソフィは焦ったように首を振る。


「わ、私はそこまでは思ってないですけど、出来たらみんなで仲良くしたい、です……」

「なによ、ソフィまでこの子達の肩を持つの!?」

「そ、そういうわけじゃないよ。ただアクアちゃんももうちょっと歩み寄った方がいいかなって……」

「はいはい、どうせ私が悪いんですよ!」


 アクアは顔を真っ赤にして戻って行ってしまった。


「あの子は私達に文句を言いに来たのかしら?」

「ご、ごめんなさい! アクアちゃん、本当はいい子なんです……だけど今日はずっとピリピリしてて」

「何となく理由は察してるし気にしてないわ」


 ソフィは済まなそうに頭を下げると、鍋に水を掬ってキャンプに戻って行った。


「なんかいまあっちに行くと気まずい雰囲気になってる気がするし、少し時間潰して戻る?」

「潰したところでどうしようもなくない? もう鉄の心で行くしか無いと思いまーす」


 それもそうか。ヒイロの言葉に納得し、アカも水を掬ってキャンプの方へ向かった。


◇ ◇ ◇


 野宿する際に全員で寝込むわけには行かないので交代で見張りを立てることにする。アカとヒイロが二人で遠征する時は当然、一人が眠ってもう片方が周りを警戒しているのだが……。


「俺たちが信用できないっていうのか!?」

「今日会ったばかりの人達の横で無防備に眠れっていう方が無理があると思うけど。別に、お互いに普段通り見張りをすれば良いじゃない」


 夕食をとり、さあ明日に備えて休もうとなり「俺たちが見張りをするからアカとヒイロは休んでくれ」というリオンの申し出を丁重に断ったらこの有様である。これはリオンとトールの男二人に変な下心を持たれたら嫌だという訳ではなく――もちろんそれもあるが――単純に初対面の人間に命綱を預ける気にならないという当然の自衛の範囲内なのだけれど。


「一時的にでも、せっかくパーティを組む事になったんだからそこはお互い歩み寄った方がいいじゃないか。それに十分な休息が取れなければ明日の調査に支障を来たすだろうし」

「中途半端に気が張った状態で寝るくらいなら、気の置けない相手が見張っていてくれる安心感があった方がいいって言うのが私とヒイロの意見なの。しっかり休みたいならあなた達は全員で休んで良いわよ? 何かあったら私達が起こしてあげるから」

「なっ……」


 アカの提案によって逆の立場に置き換えて考え、やっとリオンは分かったようだ。素性も実力の程も分からない相手に見張りを任せて全員で眠りこけるわけにはいかないだろう。


「わかったら、下らない押し問答は辞めましょう。それぞれのパーティで普段通り野営って事で」


◇ ◇ ◇


 色々と気を張って疲れていたアカを気遣ってヒイロが先の見張りを買ってでた。朝までの時間のおよそ半分が経ったら起こして交代するルールである。


「じゃあお言葉に甘えて先に休むけど、後でちゃんと起こしてね」

「分かってる。気を遣ったつもりで私が寝不足になって明日コンディションを崩したら元も子もないからね」

「そういうこと。じゃあおやすみなさい」


 アカはヒイロの膝に頭を置いて目を瞑った。下手に石や丸太を枕にして寝ても全然疲れが取れない。かと言って枕を持ち歩くカバンの余裕もない。二人で旅を始めてから野宿の度に色々と試した結果、どうせ片方は寝ないで見張りをする必要があるのだからこうして交代で膝枕をするのが一番良いという結論になったのだ。


 しばらくするとヒイロの膝元から規則正しい寝息が聞こえてくる。顔を上げると未だ納得がいかないと言った表情でリオンがこちらを見ていた。ヒイロは黙って肩をすくめる。あちらはあちらで勝手にやってくれるだろう。

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