第3話 初めての合同依頼

「なんか面倒な事になっちゃったね」

「あの状況から断ると私達が悪い感じになるしなぁ」


 一度宿に武器と防具を取りに戻ってきたアカとヒイロ。手早く革鎧を身に付けるとリュックを背負って街の入り口に向かう。


「でもまあ報酬は美味しいし、Bランクへの昇格条件のひとつである「他パーティとの合同依頼」の実績に加算してくれるって言ってたし悪いことばっかりじゃないでしょ」

「そうだけど……でも合同依頼かぁ……」

「もしかして緊張してる?」

「そりゃするよ! 私はアカと違って人見知りだもん」

「私だって社交的なわけじゃないんだけどな。まああっちのリーダーとのやりとりは私がするからヒイロは変なことされないように警戒だけしててよ」

「うん、わかった。アカ、ありがとう」


◇ ◇ ◇


 異世界に放り出されて冒険者として身を立てているアカとヒイロ。平均的な女子高生であった二人がそれでも冒険者としてやってこれているのは日本人特有の「気遣い」と「空気読み」を発揮しているからである。武器防具屋や雑貨屋、宿の女将などに対する礼節を態度として示すだけで好印象を与えるし、それこそ街の掃除依頼のような人がやりたがらない仕事を率先して受けることで冒険者ギルドからの覚えも良くなる上に街の人たちに顔を売ることもできる。


 こういった努力は実力も後ろ盾もない二人がこの世界で生きていくための手段であった。


 そういう意味では先ほどは運が悪かったと言わざるを得ない。隣のカウンターにいた受付嬢の言葉を聞いたパーティはすぐにやる気になってしまった。


「やった! よろしくな!」


 アカ達の返事を聞くことすらせずにまるで決定項のように頷いたリーダーの少年は――15歳ぐらいだろうか、この世界の人間の年齢はまだ少し分かりづらい――屈託のない笑顔で握手を求めてきた。


 裏が無いだけに尚更タチが悪いタイプの天然だと、思わずアカの顔が引き攣り受付嬢サティは困ったように頭を抱えた。


「ん?」


 遠慮が無いって恐ろしい。そこに悪意や下心が有れば断る理由にもなろうが、なまじ空気を読んでしまうからこそここで無碍に断る選択が出来なくなってしまったアカ。


「……先に報酬の分配について確認できるかしら?」


 なんとか絞り出したそれは、合同依頼を了承するのと同じ意味のセリフであった。


◇ ◇ ◇


「お、来た来た」


 街の門を出たところで待っていた少年が声を上げる。彼が今回アカ達と共にゴブリンの集落の調査をするパーティ「獅子奮迅」のリーダーである。名をリオンと言う。


「気が進まないみたいだったし、このまま来ないでくれたら置いて行けたのに」

「アクアちゃん、そういう言い方は良くないよ。これから一緒に依頼クエストを受けるんだし仲良くしないと」

「はいはい、ソフィは良い子ですね。大体依頼を受けようっていうのに装備を宿屋に置いてきてるから一度取りに帰るなんて、やる気自体が無い証拠じゃない」

「た、たまたまかも知れないよ……」

「たまたま荷物を置いてくるって何よ?」

「二人とも辞めておけ。向こうに聞こえるぞ」


 長身のトールがアクアとソフィを諌める。


 リオン、トール、アクア、ソフィ。「獅子奮迅」はこの幼馴染4人組のパーティだった。冒険者として一旗あげてやると意気込んで田舎の村からこの街に出てきたのが数ヶ月前。先日やっとCランクに昇級し、さて自分達に相応しい依頼クエストをと張り切って受注したのが今回のゴブリンの集落の調査だ。


 ――せっかくここから弾みをつけていこうと思ってたのにケチが付いちゃったわね。


 アクアはこっそりため息を吐いた。数日の調査で銀貨30枚(およそ30万円相当)と報酬も悪く無いと思っていたのにギルドからは人数制限をかけられるわ、初対面の二人組と組まされるわ。あげく報酬は人数で割るのではなく「獅子奮迅」が半分、あちらの二人組が半分で分ける事になってしまった。


 銀貨15枚の依頼であれば他の依頼にした方がとアクアは思ったのだが、それを言う前にリーダーであるリオンが快く了承してしまったのだ。


 なによ、リオンったら女の子相手だからってデレデレしちゃって。アクアとしてはそれもまた面白くない。


 改めてこちらに歩いてくる二人……アカとヒイロと名乗った少女達を眺める。二人とも飾り気のないシャツとズボンの上から革の胸当てを着けており、腰にはやや小ぶりな戦棍メイスを提げている。また背中には珍しいリュックタイプのカバンを背負っている。

 だがそんな装備や持ち物より目を引くのは二人の容姿だった。二人ともこの辺りでは珍しい黒い髪と黒い瞳。顔立ちもこの国の者とは思えないが造形は整っている。身長はやや低く、幼げに見える容姿も相まって男達の庇護欲を程よく刺激しそうな二人である。


 気が付けばリオンもトールも二人に軽く見蕩れているようでなんだかボケっとしている。

  

「お待たせ。いきましょうか」

「あ、ああ。出発しよう」


 アカとヒイロに、「獅子奮迅」の四人を加えた六人は調査対象の森へ向けて歩き始めた。


◇ ◇ ◇


「今さらだけど、自己紹介をしておかないか?」


 リオンはアカに提案すると、返事を待たずに自分の事を話し始めた。


「俺はリオン。一応獅子奮迅このパーティのリーダーをやってる。得意な武器はコイツで、少しなら「戦技」も使えるんだ」


 そう言って腰に差した剣を握りしめる。アカが適当な頷いてみせると、そのまま話し続けるリオン。


「こいつはサブリーダーのトール。トールも剣が得意で、戦技も使える。いつも冷静で俺たちを引っ張ってくれる。年も少し上なんだ」


 コイツ、この調子でパーティ全員の紹介をするつもりかとアカは驚いたが流石にそれはパーティメンバーからも待ったがかかる。


「そしてこっちが……」

「ちょっとリオン! 勝手に私達の事までベラベラ喋らないでよ」


 おしゃべりリーダーを止めたのは蒼い髪をした少女だった。ローブを着て杖を持っているので恐らく魔術師だろうなとアカは予想する。


「だけどアクア、お互いにできる事を知っておかないといざゴブリンと戦う時に困るだろう?」

「それはそうだけど、余計な事まで言うなって言ってるの。……私はアクア。水魔法が使えるわ」


 そう言ってプイと横を向くアクア。どうやら彼女にはあまり歓迎されていないようだ。アクアの隣にいた金髪の少女がおずおずと前に出てくる。


「わ、私はソフィって言います。た、戦うのは得意じゃ無いんだけど、回復魔法が使えるからみんなが怪我したときに治したり、してます」

「ソフィの回復魔法にはいつも助けられているんだ!」


 内気なのか、つっかえながらも自己紹介をしたソフィをフォローするように話すリオン。回復魔法にいつも助けてもらってたらマズいんじゃなかろうかとアカは思ったが、突っ込んでいいのか分からないのでスルーする事にした。 


「じゃあ次はそっちの番だな」


 そう言って水を向けてくるリオン。


「……私はアカ。こっちはヒイロ。二人とも戦技は使えなくて、少し炎魔法が使える程度。よろしく」


 ヒイロの分まで合わせて紹介を終えると、アクアが噛み付いてきた。


「その髪と瞳の色で炎魔法ですって?」

「……よく言われる」

「そりゃそうよ、基本的に魔力の属性は髪と瞳に現れるわ。私みたいに水魔法だったら蒼くなるしソフィの回復魔法だったら金色。炎魔法使いは赤くなるのが普通なの」

「おいアクア、そんな言い方って失礼だろ。じゃあアカとヒイロが嘘を吐いているって言いたいのか?」


 リオンの言葉にアクアは首を振った。


「そんな嘘をつく理由も無いだろうし、本当でしょうね。でも髪と瞳の色が合っていないって事は魔力が碌に身体を巡っていないってことよ。魔法の先生に習ったわ、魔力が身体に馴染まない場合は髪と瞳の色と属性が合わないこともあるって。二人ともそういう事なんでしょう?」


 アクアの問いかけにヒイロは俯く。アカは答える代わりに腰に下げたメイスを持って手元で軽く振るった。


「……ただでさえ燃費が悪い炎魔法の上に適性もないと、つまり魔法は戦闘では使えるレベルに無いって事ね。さらにその武器メイスでも戦技は使えない、と。そんなのでよく報酬を半分も要求できたわね」

「アクア! 言い過ぎだ!」


 リオンに諌められるとアクアはフンッとそっぽを向いた。


「別にあなた達が弱くて勝手に死ぬ分には構わないけど、こっちに助けを求めたりしないでよね!」


 アクアはそういうと前を歩くトールの隣にスタスタと歩を進める。リオンとソフィは申し訳なさそうな表情でアカ達に頭を下げた。

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