第27話 最後の夜に
魔法の他にゴブリンや野ウサギなども狩ることが出来た二人の成果を受けて、卒業試験は合格となった。
もともと「補助なしできちんも狩りができるところを見せて安心してもらう」というのが趣旨の試験なので、怪我なく帰ってきてくれれば解体の拙さなどは特に指摘するつもりは無かったギタンとエルであったが、しかしアカとヒイロが持ち帰った肉や毛皮のキレイさに驚いた。この辺りは教わったことをその通り、きっちりやるという日本人気質が発揮された部分である。
その日は取ってきた肉でささやかな宴をして、無事に冒険者として生きていくことを認められたアカとヒイロ。
冒険者として生きていく……元の世界に帰る方法を求めて旅に出るという事は、つまりギタンとエル、ルゥ達とは別れの時が近付いているという事を意味していた。
翌日は疲れをとるという名目で、一日家の中で過ごしエルやルゥと最後の時を過ごした。ルゥからはこの世界の歌を教わったので、お礼にアカとヒイロも日本の歌をこの世界の言葉に歌詞を直して教えたりした。
夜はギタンと共に旅の支度をした。獣の革で作ったショルダーバッグに旅に必要なもの――ほとんどがギタンの好意による譲渡品――を詰めていく。
「あとはカネだな」
革袋に入った硬貨を渡される。
「こんなに?」
「何にどれだけかかるか、冒険者としてどれくらいの収入が得られるかといった感覚を養えるまでの元手は多いに越したことは無いからな」
「でも、ギタンさん達だってお金は必要でしょ? 村に行商人が来ることがあるし、それ以外にも街まで買い物に行くこともあるわけだし」
「俺たちに必要な分はきちんと確保してある。それにこれはお前達の物を売って出来た金だから元はお前達の物だ」
「それは、ここに住まわせてもらったりとか、これまでのお礼として受け取って欲しいって意味だって、説明しましたよね?」
冒険者になることを決意した頃、アカとヒイロは自分たちの持ち物……と言ってもこの世界に迷い込んだ際に来ていた制服、持っていたハンカチや腕時計などの小物と、とっくに充電が切れたスマホぐらいであったがそれをギタンに託した。
これら地球のテクノロジーが詰まったものは「落ち人の遺品」として研究の対象でありつつ、また物珍しさから国の貴族なども欲しがる代物で、然るべきところに持っていけばかなりの高値で買い取りたがる者達がいる。それを知ったアカとヒイロは、これまでの親切のお礼にと差し出したのである。
ギタンは冬の間に街へ行き、山で拾った事にしてこれらを売って来ていたのだった。
「勿論、ある程度手間賃は抜いてあるさ。だからこれはお前達の正当な取り分だ」
「それって……」
おそらく嘘だろう。きっとこれは自分たちの服や小物を売った全額に違いない。アカは改めてお金の入った革袋をギタンに押し返す。
「アカ?」
「私達、この世界に来て右も左わからない状態で。そんな時にギタンさんに出会って、助けてもらったばかりかこんな長い期間居候させてもらって、この世界の言葉や生きていく術を教えてもらって……それなのに、私たちを受け入れてくれるっていう好意を断ってまで自分勝手に元の世界に帰りたいって言ってるんです。
これまで受けたご恩に対して、私達が返せる物なんて殆どなくて。これを受け取ってしまったら、いよいよ何も返せない事になっちゃいます」
この世界の貨幣価値も、革袋の中身も、そしてこれがギタン達にとってどれくらいの価値を持つ物なのかも分からない。だけどただ一つ確かな事は、これが今のアカ達に返せる精一杯だ。だからこそ、これは受け取れないと思った。
ギタンは難しい顔をして革袋を見ている。
「ヒイロも同じか?」
「はい。私もアカと同じ意見です」
「そうか。……よし、少し外に出ようか」
「え?」
「丁度今日は双月の夜だ」
◇ ◇ ◇
家の外に出る。ギタンが言った双月の夜とは、二つの月が同時に満月になる夜の事らしい。満月になる周期は二つの月で違うらしく、一年の中でこれが重なるのは春と秋にそれぞれ一回ずつ。つまり半年に一度の事だそうだ。
「お前達がこの世界に来たのも双月の日だった」
「そうですね。つまり、もう半年が経ったって事か……」
ギタンと共に月を見る。
「あの夜、俺とルゥは
「エルさんの病気……」
「ああ。エルは長年病気で伏していてな。ここ数年は病状が悪化していて、村の医者からは残り時間はあまり長くないとすら思われていたんだ。そんなエルに俺ができる事は、月白狼の肝を飲めば治るという言い伝えを信じてただ奴を探す事だけだった」
月白狼という魔物は、伝説というにはそれなりに討伐されて来た魔物ではあるがそれでも国全体で十年に一頭とかそんなレベルの稀少さらしい。なまじごくごく稀に狩られているからこそ、御伽噺ではない伝説というリアリティがあったそうだ。
「実は三年前に一度だけ月白狼を見つけたことがある。俺は慎重に気配を殺して弓をつがえた。だが奴の警戒心は俺の遥か上をいっていたんだ。今弓をつがえたと言ったが、それは正しくない……奴は俺が弓をつがえようとした瞬間には殺気に気付き逃げてしまったんだ」
この半年師事を受けたから分かる。ギタンは超一流の狩人だ。そんな彼が弓を引くことすらさせて貰えない……それが月白狼という魔物を狩ることの困難さを表していた。
「しかしあの夜、奴は目の前のアカとヒイロに釘付けだった。そもそも月白狼があんな無防備に人前に姿を現すこと自体、この国の常識ではありえないんだ。
二つのあり得ない事情が重なって、俺は月白狼を狩ることができたし、そのおかげでエルを救うことが出来た」
ギタンは立ち上がり、家の窓を指す。
「見ろ」
アカとヒイロが窓から中を覗くと、エルとルゥがくっついて眠っている。大好きなおかあに抱かれて眠るルゥの寝顔はとても幸せそうだし、エルの寝顔も慈愛で満ちているようだ。
「アカ、ヒイロ。お前達はさっき恩に対して返せる物が無いと言ったな? 逆だ。こちらこそ、この笑顔を守ってくれたお前達に対して殆ど何も返せていない。俺は、お前達を何としても元の世界に返してやりたい。だけどそれを叶えるどころか、どこにあるかさえ分からず、与える事ができるのはただ生きる術だけだ」
「前にも言ったけど、私達は月白狼には何もしていなくて」
「ああ。この数ヶ月、修行をつけて分かっている。あの頃のお前達は月白狼を呼ぶこともできなければ、目の前で対峙したあの状況では死ぬしかなかったこともな」
「だったら、尚更ギタンさんがそこまで私達に恩を感じる事なんてないんじゃ無いかと……」
「いいやアカ、ヒイロ。何の力もないお前達の前に月白狼が現れたことも、その場ですぐに殺さずにじっと見つめ合っていたことも、
ギタンは再び月を見上げた。
「だからこそ、俺の何よりも大切な者達の笑顔を守り取り戻してくれたお前達に、俺は俺の全てを賭けて報いると誓ったんだ。これは誰と交わした約束でも無い、俺が俺自身にした誓いだ」
「ギタンさん、私達はもう十分過ぎるほどに良くして貰いました」
「気付いているか? 俺たちは同じことを言っている」
「え?」
「俺はお前達に恩を返し足りないと思っているし、お前達は俺に恩を返せていないと言っている」
「あっ……」
「だからこそ分かるだろう? 俺はこれをお前達に受け取ってもらわずにはいられないんだ」
改めて革袋をアカの手に握らせると、ギタンは笑う。
「もしも俺達に恩を返したいと思ってくれているなら、これを有効活用してお前達の願いを叶えてくれ。それな何より嬉しい事だ」
「……はいっ!」
「ありがとうございます!」
アカとヒイロの目から涙が溢れた理由は嬉しさと、申し訳なさと、一抹の寂しさと。そんな感情が混じり合ったからだろうか。
月は彼女達の涙を優しく照らしていた。
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