第26話 卒業試験

 春になり、冬の間は身を潜めていた獣達が姿を表し始める。


「アカ、準備できた?」

「うん。じゃあ行ってきます」

「いってらっしゃい。気を付けてね」


 武器を持ってギタン達に出発を告げるアカとヒイロ。数ヶ月間の修行を経て、今日初めて二人きりで狩りに出る。今日の狩りは冒険者としてやっていけるという事をギタンとエルに証明するためのものだった。


「今の二人なら獲物と正面から戦っても負けないとは思うが、くれぐれも無茶はするなよ」

「はい、気を付けます!」


 結局アカとヒイロは戦技を使うことはできなかった。自分の身体の中で魔力を巡らせるのはかなり上達したし、火属性魔法の発動もある程度スムーズになったものの、その魔力を手に持った武器に纏わせることがどうしてもできなかったのだ。得意不得意がある技術とはいえ、全くできないというのは珍しいタイプらしい。どちらかといえば戦技は使えても魔法が発動出来ない者の方が多いとか。

 

 とはいえ戦技はいわゆる「必殺技」なので、無いと戦えないというわけでもない。「必殺技」という意味ではアカとヒイロは威力の高い火属性魔法を使えるわけで、あとはメイスに振り回されないだけの技術とは筋力が付けば魔物を討伐する事は十分な可能である。そのメイスの扱いについては――意外とスパルタ教育だった――ギタンの教えによって一端の冒険者レベルには達している。


 そんなわけでついに今日、アカとヒイロはにとって初の二人きりの狩猟、卒業試験となったわけだ。


 草原に出た二人。まだ少し肌寒いが、春の気配が辺りに広がっているのを感じる。


「なんとなくあっちに獲物がいそうな気がする」

「あ、わかる。なんとなくだけどね」


 狩りにおいてどこに獲物がいるか探し当てるのは、基本ではあるがしかしこれが最も難しい。野生の獣は基本的に身を隠し気配を潜めている。僅かな痕跡を頼りにそれらを見つけ出す事はベテランの狩人であっても並大抵のことでは無い。

 ましてや昨日今日狩りを始めたアカとヒイロにそんな高度なことができるわけもなく、ではどうするかと言えば答えは単純で自分たちを餌にする。


 なんとなく肉食の獣が居そうな場所を移動していけばそのうち自分たちに襲いかかってくるだろう、そこを返り討ちにしようという寸法だった。


 ちなみにこの作戦を立案した時、ルゥは危ないからと反対したがギタンとエルは思い通りにやってみろというスタンスだった。師匠ギタン達としては戦い方、狩りの仕方など教えられる事は叩き込んだのでそれを受けてアカとヒイロが考えた事には口を出すつもりは無かった。


◇ ◇ ◇


「ヒイロっ!」

「うん!」


 前から迫ってきたのは魔狼ウルフの集団だ。


「四頭、いけるね!」


 二人はメイスを持たない右手に魔力を集中する。


「アカは左の二頭をよろしくっ」

「了解!」


 かなりの速度で真っ直ぐ駆けてくる魔狼であったが、アカは焦る事なく、十分に引きつける。


「今だっ!」


 数メートルまで迫り、向かって一番左に居た魔狼が飛びかかろうとしたその瞬間に火属性魔法を発動。勢いがついた魔狼はかわすことも出来ずにアカが手元に生み出した直径50センチほどの火の玉に頭から突っ込んだ。


 ギャンっ!


 火の玉に突っ込んだ魔狼は一声吠えるとそのまま地に伏して動かない。絶命したわけでは無さそうだが、起き上がる事も無いだろうと判断したアカはギリギリで火の玉に飛び込まずに踏みとどまったもう一頭に向き直る。


 ちらりと隣の気配を伺うと、ヒイロも無事に一頭を燃やしてもう一頭と正面から対峙する形になっていた。


 狩りをする時に絶対に忘れてはならないと叩き込まれた心得のひとつに、数的不利を作らないと言うものがある。アカとヒイロはペアで行動しているので、基本的にニ体より多い敵と対峙してはならない。タイマンなら確実に勝てる相手でも連携を取られればそれだけで勝率は劇的に下がるし、不要な怪我をするリスクも高まる。


 冒険者は常に獲物を狩り続けて生計を立てる職業である。例え命を落とさなくても大きな怪我をすればそこで冒険者を続ける事は困難になる。小さな怪我ですら積もり積もれば身体に不調をもたらすものなので、冒険者を続けるために何よりも重要なのは「些細な怪我もしないこと」であり、その原則を守るためには数的不利な状況は絶対に作ってはいけないと言う事であった。


 もしも相手が自分たちより数が多い場合は、どんな状況でも逃走・撤退を考えるようにと教わった。



 今回の場合、魔狼の群れは四頭であった。ではこれは撤退をすべきかと言われると答えはノーである。アカとヒイロの火属性魔法はきちんと魔力を集中した状態で発動すれば、並の魔物なら一撃で倒せるだけの威力がある。つまり先程ように先制攻撃でそれぞれ一頭ずつ、合計二頭を倒すことが出来れば残りは二頭、このようにお互いが正面の一頭に集中できる状況を作ることができるというわけだ。



「油断しちゃダメよ」

「わかってる」


 メイスを両手に持って魔狼と向かい合う。魔法は発動のためにある程度意識を集中する必要があるのでこの状況では隙を晒しかねない。それであれば、メイスで戦った方が安全という判断だ。


 ガウガウッ!


 アカの前にいた魔狼が痺れを切らして飛びかかる。アカは落ち着いてそれを躱わすと、すれ違いざまに魔狼の脳天に景気よくメイスをたたきこんだ。


 キャンッ!


 甲高い声をあげて魔狼は倒れる。狙い澄ました攻撃は一撃で魔狼の頭蓋骨を叩き割り、脳を破壊した。しかしアカは油断しない。先に火の玉で燃やしたもう一頭も含めて、改めて注意深く様子を伺い確実に絶命している事を確認する。


 …………起き上がる気配はなさそうだ。


「ふぅ」

「おつかれ」

「ヒイロ。そっちも倒したのね」

「うん。多分アカの方と同じ拍子に飛びかかってきたんじゃないかな。魔狼同士でタイミングを合わせていたっぽいし」


 ヒイロの方も、アカと同じように冷静に魔狼を倒したという事だろう。


「無事に倒せたわね。じゃあ次は解体ね」

「うへぇ……でも、ちゃんとやらないとだもんね」

「燃やした方は真っ黒だからどうしようもないか。メイスで頭を潰した方は皮と肉を取りましょう」

「うん。血抜きはそこの木に吊るせばいいよね」

「川まで遠いし、いいと思う」


 二人は荷物から縄を取り出すと手際良く魔狼の後ろ足に括り付ける。それぞれ自分が倒した獲物を担いで大きな木の下に移動したら、よいしょと魔狼を吊し上げる。


 当初は100キロ近くある魔狼の死体を担いだり吊り上げたりなんて、女子高生の腕力では二人がかりだったとしても無理だと思っていたが、なんだかんだ一人で出来るようになってしまった。これはアカとヒイロがムキムキになったというわけではなく魔力を全身に巡らせる事で身体能力を強化しているから可能になっている――と、二人は思っている。実際、数ヶ月前には想像もできなかった馬鹿力を発揮できている事からおそらく間違いはないだろう。魔力って凄い。


「でもこの世界の人ってみんな魔力が使えるんだよね? だったらみんなこのくらいの事はできるってことかな」

「比較が屈強な狩人ギタンさんだけだから分からないわね。エルさんが言うには、私達って魔力は量が多いからそれも関係してるのかも?」

「私、ひとつ仮説があるんだけど。聞いてもらえる?」

「うん」

「もしかしてこの世界って地球より重力が小さいってことないかな?」


 ヒイロの推測として、例えば月の重力は地球の六分の一程度であるらしいがそこでは地球より高くジャンプできるらしい。同じ理屈でこの世界も地球より重力が小さいのであれば飛んだり跳ねたりする時にパワーアップしているように感じられるのではないかという話だ。


「月だと地球より高くジャンプできるっていうのは私も聞いたことあるけど、それとこれって理屈が違くない?」


 アカは吊るして血抜き中の魔狼を指差す。


「細かい部分は気にしても仕方ないよ。じゃあ単純な重力だけじゃなくて万有引力全体にかかる何かが違うってことでどう?」

「どうって言われてもなぁ」

「私が言いたいのは、こんな凄い事できちゃってもそれはあくまで環境のせいであって私達がムキムキマッチョってわけじゃないよってことだから」

「ああ、そういうことね」


 つまりヒイロが言いたのは、地球に戻ったら元に戻れると信じているという事だ。これって何気に重要な話で、つまりこの世界を生きるために自分たちの何かが変わったとしてもそれは環境によるものであると言い聞かせる。つまり本質的なところは朱井紅と茜坂緋色であるという当たり前のことをきちんと自覚し続ける必要があるというわけだ。


「じゃあこの世界はなんか重力や引力が弱めってことで」

「ニュートンが聞いたらブチ切れそうな結論」


 軽口を叩きながら魔狼を解体していく。毛皮を剥いで、肉を切り落とし、内臓を取り除く。この辺りもこれまできちんと練習してきた事だ。都会の女子高生に精神的にキツかったけれどヒイロが「自分たちをマタギだって思えば何とか」というマインドコントロール法を編み出して……というかこちらも生きていくためには割り切らないとやっていられないという事で心を無にして解体の練習を続けるうちに、今ではすっかり慣れてしまったというわけだ。


 これも環境のせいって事だよな。


 ヒイロ先生の強引理論をさっそく都合よく解釈して自分を納得させるアカであった。

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