第25話 武器の修行

「さあ、二人とも魔力を扱えるようになったわけだし今日からは武器の扱いも覚えてもらうぞ」

「おとうの修行は厳しいぞ!」


 気合十分のギタンの隣に、ルゥもくっついている。


「武器を扱うにも魔力が必要なんですか?」

「いい質問だな。魔力を使って武器を強化する戦技という技術がある。まずはルゥに実演してもらおう」

「わかった! アカ、ヒイロ、よく見てて」


 ルゥは小振りな弓を手に取ると、適当な岩に向かって構える。ぐっと引き絞り矢を放った。矢はまっすぐ飛んでは行くが、岩に弾かれて地面に落ちる。


「通に矢を射っても岩に弾かれる。次に撃つのが、剛弓というスキルを使った場合だ」


 ふーっと息を吐き、肩の力を抜くルゥ。そしてカッと目を開くと先程と同じように弓を構え……いや、先程よりも弦を深く引いており、ギリギリと弓が音を立てている。


 そのまま矢を放つと、先程より甲高い風切り音を上げた矢はカンッという音を立てて岩に突き刺さった。


「おおーっ」

「すごっ」

「これが『剛弓』だっ! おとう、どう?」

「うーん、まだまだだな」

「ええっ!?」

「戦技がない時はちゃんと岩の真ん中に当たってるのに、使ったら一歩分も横に逸れている。狙い通りのところに当たらないのであれば戦技は使わない方が良い」

「うっ……」

「ルゥ、精進あるのみだ。まだまだ戦技なしで弓を撃つ練習が必要だ」

「わかった、頑張る!」


 ルゥは気合を入れて岩に向かって弓を撃つ練習を始める。ギタンはそんな娘を微笑ましく見守ると、アカとヒイロに向き直った。


「ルゥが実践してくれたが、今のが戦技だ。魔力を武器に伝えて威力を強くする。さらに魔力で強くした武器を十全に扱えるように.自分の体も魔力で強化する必要があるつ。簡単に言うとこの二つが使えて戦技というわけだな」

「なるほど」

「二人は得意な武器はあるか?」


 ギタンの問いに首を振るアカとヒイロ。女子高生に得意な武器など普通はない。こんなことなら剣道部か弓道部にでも入っておけば良かっただろうかと思うが、まさか「異世界に迷い込んだ時に備えて」とかそんな動機で剣道やるやつもいないよなぁ。


 ギタンは少し悩んだあと、やや大きめのナイフを二人に手渡した。


「まずは懐に入られた時に咄嗟にナイフで反撃できた方がいいな」

「結構重いんですね」


 ずっしりとした獲物にアカは素直に感想を漏らす。もちろん本格的なサバイバルナイフなど持ったことは無いので比較対象が家庭にある包丁なのだが。


「軽いと刃が通らないからな。刀身もこれより短いといざという時に突き刺せないし、逆に長いと咄嗟に取り出せない。拳ひとつ分ぐらいは個人差があるが、護身用のナイフはこれぐらいが標準的な長さになると覚えておけ」

「はい!」

「冒険者をやるならナイフは常に手放すな」


 その後しばらくギタンからナイフの使い方を教わる。ギタン曰く、これは敵に至近距離に接近されてしまった時の緊急回避的な武器になるのでそこまで正しく扱えなくても良いとのことだ。いざという時に鞘から抜いて突き刺す。その動作が咄嗟にできるように身体に動きを叩き込めとの事だった。


「ナイフは腰につけておいた方がいいんですかね?」

「体の動きを邪魔しない場所がいい。俺は腰に差しているが、ここなら弓を引く時に邪魔にならないからだ」


 アカとヒイロはナイフを身体に当てて色々と考える。


 ギタンのように腰に刺すと、腰回りが彼に比べて細い二人では足を上げた時に邪魔になりそうだ。忍者の様に背中に背負うのも取り出しづらいし鞘に収めにくい。


 悩んだ二人が行き着いたのは、脛の外側部分だった。くるぶしから膝の辺りまでが丁度ナイフの長さで、ここに括りつければ足の動きを阻害しない。


「なるほどな。自分たちで考えて決めたならそこで良いだろう。いざという時に使う武器なので、咄嗟に取り出せるようにしておくんだ」


 ギタンは頷くと、今度は二人に片手用の戦棍メイスを渡してきた。これもずしっと重たい。木製の柄の先に金属の塊がついている。


「メインの武器としてはこっちを使え」

「メイスですか。剣とかって無いんですか?」


 ゲームとかだと初期装備は剣が定番なのでそのイメージを持ったヒイロが訊ねる。


「剣か……あれはある程度腕力が無いときちんと斬れないからな。使い慣れないと刃を真っ直ぐに当てられずに手首を痛めたりする。まあそっちは訓練すればある程度は防げるが。何より新米冒険者には剣を勧められない最大の理由があるんだ」

「最大の理由?」

「カネがかかる」

「それは大変な理由ですね」


 ギタンによると、剣という武器は実はコスパがとても悪いらしい。


 まず、生物を斬ると返り血が付着する。そのまま放置すれば錆びるので拭く必要があるが、どうしたって新品同様にはならず、使えば使うほど小さな錆は落としきれなくなる。少しでも長持ちさせるためには刀身に油を塗って表面を保護するなどの処置がいるが、この油代も馬鹿にならない。

 さらに刃こぼれによって徐々に斬れ味が落ちていくので定期的に研いでもらわないといけない。下手な鍛冶屋はどんどん刃を削っていくし、上手い鍛冶屋は高い金を取る。中には高い金を取る下手くそも居るのでよりたちがわるい。


「世の中には魔法や古代技術で保護されて綺麗な状態を保つ祝福が施された「聖剣」なんてシロモノもあるそうだが、そんなのいくらカネを積んでも買えるようなものじゃないし、そもそも冒険者如きが持っていたら奪ってくれと言っているようなものだ」


 その点、メイスはたいした手入れをしなくても良い。多少錆びても気にならないし、刃こぼれで斬れ味が落ちることもない。最低限返り血を拭えば良いだけだしそもそも剣に比べて返り血が付着しづらい。


「話だけ聞くと、剣を選ぶ理由って無くないです?」

「人間対人間が主になる国同士の戦い……つまり戦争においてはより殺傷力の高い剣が好まれる。メイスでは致命傷を負わせても死兵と化して反撃されることがあるが、剣で首を斬り落とせば確実に絶命するからな」

「戦争って、この世界にもあるんですね」

「小競り合いレベルなら日常茶飯事だ。そして戦争で大きく活躍すると例え傭兵や冒険者といった身分のものでも讃えられて報酬と身分が与えられる。そういった成功を夢見て剣を扱う冒険者はある程度の割合で存在するな」


 冒険者として名を馳せて貴族としての地位を授かるというのは分かりやすい成功者ルートだそうで、それを目指して剣を持つ若者は多いという事だ。


「私達はそういうのに興味ないから、魔物を狩りやすくてコストの安いメイスでいいと思います。ヒイロもそれで良いわよね?」

「うん。なんとなくファンタジーの感覚で剣じゃないんだって思っただけで、別にこだわりがあるわけでもないよ」


 二人はギタンからメイスを受け取って軽く素振りをする。先端に重心があるメイスは意外と振り回すにも技術が必要そうだ。


「メイン武器はメイス、サブ武器がナイフでついでに炎魔法。中々いい組み合わせじゃないか」

「そうですかね? いまは全部中途半端ですけど……」

「これからしっかり鍛えてやるから安心しろ。まずは戦技だな。メイスの場合は先端に魔力を込めて打撃の威力を増す強撃ハードヒットという技が基本になる」


 ギタンはメイスはそれほど得意ではないとの事だったが、それでも実践してみせてくれる。強劇の戦技を使って先程ルゥが矢を突き刺した岩を一撃で粉々に砕いてみせた。


「まずは武器に魔力を纏わせてみろ。というかそれが全てだな。その状態で魔力を維持したまま攻撃できれば一応戦技としては成り立つ事になる。あとは威力や持続時間などを極めていくだけだ」

「武器に魔力を纏わせる……」


 アカとヒイロは手に集中した魔力を武器に移そうと試みる。しかしいつまで経ってもメイスに魔力が伝っていかない。


「まあ戦技はおいおい練習していけばいいさ。武器を扱えるようになることの方が重要だ」


 ギタンは気にしない様子で言った。


 この日以降、アカとヒイロは魔法の修行と武器の修行を半々で行う事になった。


 一応期間は冬の間という事だが、ギタンとエルから合格が貰えなければ村から出さないと言われたのでそういう意味では無期限である。


 とはいえ、春になればギタン達は狩りに出るしエルも布を織る仕事がある。二人に今以上に迷惑をかけられないと、アカとヒイロはなんとしても冬の間に合格を貰おうと決意をした。

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