第24話 魔法の発動(※)

「私、その、まだ未経験なの」


 意を決してヒイロにカミングアウトする。


「何が?」

「……ファーストキス」


 言わせるな、バカ。アカは真っ赤になるが、ヒイロだって平気な顔をしているようで気付けば耳まで真っ赤になっている。


「私もキスはした事ないけど、これはキスじゃなくて魔力を送るだけだから。人工呼吸と一緒だから、ノーカンだよ」

「そうかな?」

「そうだよ!」


 自信を持って断言するヒイロ。アカもだんだんそんな気がしてくる。

 

「そっか……それなら大丈夫かな」

「うん。ダイジョブダイジョブ」


 胡散臭い外国人みたいな発音で頷くヒイロが面白くて、思わず笑ってしまった。


「じゃあ、お願いします」


◇ ◇ ◇


 薄暗い部屋で向かい合う。


 唇を近づけると、至近距離で視線が交差する。


「っ! ちょっと待って、近い!」

「そ、そりゃそうだよ、キスするんだから!」

「キスじゃないって言った!」

「そうだけど!」


 テンパる二人。いくら人工呼吸――のようなもの――だと言ったって、こんなに顔が近づけば恥ずかしい。


「と、とりあえず目、閉じようよ」


 顔が見えなければと提案したアカであったが、すぐにこれが悪手だったと気付くことになる。


「んっ……」


 目を閉じて唇を近づけるが、互いに目を閉じてしまっているため口の場所がわからず、結果的に双方の吐息が間近で交差しながらくっつきそうでくっつかない状況に陥った。痺れを切らしたヒイロが、アカの頬を両手で包むように押さえ込む。


「!?」


 ヒイロはさらに親指を伸ばして唇の位置を確認したのだが、ぎこちない手つきで唇に触れられた際に背中に電気が走ったかのようにビクンと反応してしまった。


 アカの反応に気付き、ヒイロの動きが一瞬止まる。一旦離れるかとも思ったが、結局そのまま顔を寄せて唇を重ねてきた。


「……んっ」

「んむっ」


 声が漏れるのを必死に堪えるアカとヒイロ。そのまましばらく硬直していたが、本来の目的を思い出したヒイロは口から魔力を流し込む。


「……んん!?」


 僅かに開いた口の間から流し込まれる熱いモノ。最初、アカはヒイロが唾液を流してきているのかと錯覚した。しかし直ぐにそうでないと気付く。


 唾液よりももっと甘美な、力の源。それがヒイロの口から流れてきたのを感じた。これが魔力? こんなに甘い蜜のようなものが身体に流れているの?


 気が付けば魔力が流される感覚に夢中になっていた。


 もっと、もっと欲しい。もっと頂戴!


 アカは半ば無意識にヒイロの唇に吸い付いた。そのまま舌を伸ばしてヒイロの口内に挿し込むと魔力を求めて精一杯伸ばすと、ヒイロも応えるように舌を絡めて来た。


 気が付けば二人は強く抱き合って無我夢中で唾液を交換していた。


 永遠に続くかと思われたその行為は、ずっと息を止めていたヒイロが酸欠で倒れた事で終わりを告げた。


◇ ◇ ◇


「……ヒイロ、大丈夫?」

「うん、もう落ち着いたよ」


 限界がきた瞬間に膝から崩れ落ちたヒイロだったが、少し休めば調子を取り戻した。


「えーっと……」


 気まずい。なんであんな夢中になってしまったのか。お互いに冷静になると、恥ずかしくて顔を合わせる事が出来なかった。


「あ、あのさ、アカ。魔力は感じられた?」

「あ、それ! そうだよね!」


 忘れかけていたけれど、さっきのはあくまで魔力を知覚させるための補助、人工呼吸のようなものであってファーストキスでは無い。大体ファーストキスがあんな貪りつくような、はしたないものであるわけないんだから。やっぱりあれは断じて違う。よし、理屈は通ったなと自分を納得させたアカ。


 改めてヒイロから受け取った魔力に意識を向ける。口から入ってきた魔力は、既に身体中に行き渡っている。そしてヒイロの魔力と重なり合うように全身を巡る流れに気がつく。


「これが私自身の魔力……?」

「お、わかったんだ?」

「多分だけど。」


 なるほど、一度知覚してしまえば今まで分からなかった事が不思議なくらい、自然に自分の感覚として受け入れる事ができる。試しにを身体の中で動かそうとすると、ぎごちないながらも操作する事ができた。


「うん、いける」

「よかった!」

「ヒイロのおかげよ。ありがとう」

「どういたしまして。キスした甲斐があったよ」

「あ、あれはノーカンなんだからっ!」

「そうでした」


 ペロッと舌を出しておちゃらけた顔を作るヒイロ。アカはそうだよっともう一度念を押した。


◇ ◇ ◇


 翌日、アカも無事に魔力を知覚できた事で魔法の講習は次のステップに移る。


 ちなみにエルは、アカが魔力を感じる事が出来るようになったという報告を受けると、昨夜の事は何も聞かずにおめでとうと笑ってくれた。


「アカはまだ身体の中で魔力を操作する練習が必要だけど、ヒイロはもう魔法を発動できるはずだから二人に一度にやり方を教えるね」

「「お願いしますっ」」


 エルは手を前に出す。


「こうやって手を掲げて、手のひらに魔力を集中するの。ある程度魔力が溜まったらそのまま撃ち出してあげれば魔法が発動するわ。特に意識せずに魔法を発動すると、属性を持った一番単純な魔法が撃ち出されるからそれで自分の属性がわかるってわけ」


 エルの手のひらに集まった魔力が撃ち出されると、正面に突風が起こる。


「こう、ですかね」


 ヒイロが同じように手を翳す。魔力を操作して手のひらに集めようと画策するが、一箇所に留める作業に苦戦する。


「手のひらに集めようと魔力を流しても、体の方に来ちゃうなぁ」

「これも慣れと技術だからね」


 苦戦するヒイロを横目に、アカも同じように手を出してみる。手の先に魔力を集める……こんな感じかしら。昨日覚えた魔力を操る感覚を用いて手のひらに集める。


「これを……撃ち出すってこんな感じかな?」

「アカ?」


 誰も居ない方に向けて集まった魔力を押し出すイメージで発射すると、アカの手のひらからボウリングの球サイズの火が産み出された。


「わっ!?」

「ええーっ!?」

「あら、すごい」


 驚いてすぐに魔力を霧散させると、火もそのままかき消える。いきなり火の玉が出て驚いたけれど、どこかに燃え移らなくて良かった。


「私は火属性って事ですかね?」

「そうね、間違い無いと思うわ」

「アカ、凄い! どうやったの?」

「どうと言われても、エルさんに言われた通り手のひらに魔力を集めただけなんだけど……」

「私はそれが上手くできないのにっ!」

「ふふ。魔力を知覚するのはヒイロの方が早くって、発動はアカが一歩リードってことね。じゃあ今日の夜はアカがヒイロの練習をお手伝いかな?」


 エルが楽しそうに言うと、アカとヒイロは昨夜の事を思い出して顔を赤らめる。そんな二人を見てエルはあらあらと笑っていた。


◇ ◇ ◇


 その晩、再び膝を突き合わせるアカとヒイロ。


「今日はキ、キス……じゃない、人工呼吸はしないからね!?」

「も、もちろんだよ! アカは魔力を手のひらに集めるのが上手だったから、そのやり方を教えてほしいだけだしっ」


 なんだか変に意識してしまうが、目的は魔法の発動である。


「でも私もエルさんから教わった事以上は分からないんだけどなぁ。こうやって手のひらに魔力を集めてるだけだし」


 手を翳して魔力を操作する。


「その集めるが上手くいかないんだよね。手の先に集めてもそのまま身体の方に流れてきちゃう」

「うーん……肩、二の腕、肘って徐々に魔力を流していく感じでどうかな? 最後には手のひらっていうより指の先に魔力が溜まっていくイメージ」

「こうかな?」


 アカに言われて魔力を操作するヒイロだが、やはりなかなか上手くいかない。


「うぐ……」

「勢いよく操作しすぎなのかも。ちょっといい?」


 アカはヒイロの肩に手を置く。


「ここに魔力、集中して」

「わ、わかった」


 そのままゆっくりとヒイロの腕先に向かって手を動かしていく。


「ゆっくり、ゆっくり、ね?」

「うん……」


 二の腕、肘、前腕部、手首と時間をかけて手を動かしていく。肩から手のひらまで、たっぷり30秒はかけて移動させた。


「魔力は?」

「手に集まってる……」

「うん、そうしたらそのまま、こうやって……」


 ヒイロの手のひらをゆっくりと広げさせつつ、そこに自分の手のひらを重ねる。ピッタリと合わせた手を少しずつ離して、互いの5本の指先だけが触れ合った形になった。


「ちゃんと、指先に集まってる?」

「うん……」

「じゃあ離すわね」

 そのまま指先を離す。すると、ヒイロの魔力は行き場を無くしたのか、指先で一気に発動してしまった。


「えっ!?」

「わわわっ! どうしよう!」


 なんとヒイロの指にはそれぞれ小さな火が灯った状態になる。指先の一本一本にロウソクのように火が着き、揺らめいた。


「熱……くは、ない、けど!」

「魔力を消せば!」

「どうやって!?」

「それこそ、いつもみたいに!」

「で、できないよ!?」


 手に火を着けたまま大声でワアワアと騒ぐ二人に何事かとエル達がやってくる。


「あら、ヒイロも火属性だったのね」

「あの、これ、消せなくてっ!」

「えーっと、熱くはないの?」

「自分の火だからか熱さは感じないですっ」

「とりあえず、手を握ってみたらどうかしら」

「これをっ!?」

「ええ、熱く無いんでしょ?」


 ヒイロは火が揺らめく指先を眺める。確かに熱さは感じない。とはいえ火を握り込むのは中々に度胸のいる行為だ。


「ヒイロっ!」

「ええい、ままよっ!」


 意を決して拳を握るヒイロ。魔力による炎は酸素がなくなって消える事は無いが、手を握り込んだ拍子に指先に集中していた魔力がこれまでのように腕を伝って身体に逆流したことで無事に火は消えてくれた。


「ヒイロ、良かった!」

「ふぃー、お騒がせしました……」

「魔力が急に集まって軽く暴走しちゃったのかしら。何にせよ、その辺りに燃え広がらなくて良かったわ」

「ヒイロ、冷静だったな」

「それにしても二人とも火属性とはなんとも珍しいな。エル、この村には火属性魔法を使えるものはいないよな?」

「そうね。申し訳ないけど、火属性魔法についてはこの村で教える事が出来る人は居ないって事になるわ。私が出来るのは魔力操作の基礎までって事になっちゃうわね」


 風魔法であればエルが詳しく教える事が出来たし、水か光か土であれば村に使い手が居る。しかし闇と火は村に使える者が居ないということで、属性を問わない基礎的な事以上は教わる事が出来ないらしい。


「二人とも、ごめんなさいね」

「いえ! 基礎だけでもありがたいです!」

「ほんとほんと、こうして二人とも魔法の発動自体は出来たので! でもまだまだ基礎も安定していないので、これからもよろしくお願いします!」


 慌ててフォローする二人に、エルは意地悪そうに笑った。


「じゃあ、明日からはもっとビシバシ教えるわね。家を燃やされたら堪らないですもの」


 アカとヒイロは反論出来なかった。

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