双焔の魔女の旅路

かおぴこ

十余年後の物語

 燃え盛る炎の中で、聖騎士と呼ばれた男は膝をつく。


 まさか、ここまでとは――。


 対峙するのは双焔そうえんの片割れ、真紅のクリムゾン・魔女ウィッチと呼ばれる少女だった。その二つ名に相応しい真紅の炎を自在に操り、この砦にいた兵士を容赦なく焼き尽くした。


 しかし自分だって聖騎士の称号を授かった身。差し違えてでもこの魔女を倒してみせる。


 腕につけた魔道具を暴走させる。これは通常の使い方では多少魔力の出力を向上させる効果のある腕輪だが、暴走させる事でその効果を爆発的に引き上げる事ができる。……代償として、使用した者は強制的にその命全てを魔力に変換する事となり、戦いの後には確実な死が待つ事となるのだが。


「うおぉぉぉおおおっ!」


 みなぎる魔力を全身に纏わせる。男の属性は水。例え魔女の魔力が炎龍王の魂ドラゴンソウルに由来するものであるとしても、命を賭けた奥義で有れば互角以上の勝負ができるはず――いや、勝たなければならない。王国の民を……そして愛する者を守るため、命に変えてもこの魔女はここで倒す!


「喰らえっ! 激流葬っ!」


 どの道ここで尽きる命である。男が放ったのは自身の身体ごと強烈な勢いの水流に乗せて相手を押しつぶす、完全な自爆技であった。命を賭けた魔力を上乗せした、聖騎士の最後の切り札が真紅の魔女に襲い掛かる。


「カアッッッッ!」


 魔女は大きく魔力を高めるとその口から真紅の炎を吐き出す。掛け値なしで全力の炎龍の息吹ドラゴンブレスだ。男の激流葬と正面からぶつかり合う。


 ドンッッッ!


 炎と水が正面からぶつかり合う。命を込めた魔力の水が片っ端から蒸発していく。


 まだ……まだだっ!


 男はさらに魔力を、命を込める。激流は更に勢いを増し、少しずつ、ほんの少しずつ炎の壁を押し返していく。


 このままブレスを打ち破るか、その前に男の命が尽きるか。勝っても負けてもギリギリだろう。


「負けてっ……たまるかあああぁぁぁっ!!」


 王都に残してきた愛する人を想い、最後のいのちを振り絞る。


 ゴウッ!


 ついに……ついに男の激流は炎龍の息吹を突き破った! 俺の勝ちだっ! 僅かに残った魔力を推進力に変えて、このまま真紅の魔女を押しつぶすっ!


 だが、その願いは横から叩きつけられた緋色の炎によって阻まれる。


「ぐはっ……」


 男はそのまま壁に叩きつけられる。纏っていた魔力は命の灯火と共に霧散し、もはや次の魔法を撃つどころか立ち上がる事すらできなかった。


 辛うじて最後に顔を上げた男の目に映ったのは、双焔のもう一人。


緋色のスカーレット……魔女ウィッチ……」


 彼女がここにいるという事は、相棒の聖騎士も敗北したという事だろう。自分たち聖騎士が命を賭けても双焔の魔女を止める事は叶わなかった。


 男は消えていく意識の中で、せめて王都に残した愛する人の無事を願わずには居られなかった。


◇ ◇ ◇


「アカ、大丈夫?」

「うん、ありがとう。助かったわ」


 ヒイロはアカに駆け寄る。恐らくヒイロが横から手を出さなくてもアカは最後の特攻をやり過ごす事が出来ただろう。だけど、万が一にもアカが負けるリスクを思えば真剣勝負に割り込む事を、ヒイロは悪いとは思わなかった。


「……強かった?」

「魔道具の暴走と禁術による自爆攻撃の合わせ技だったからね、全力のブレスが押し負けちゃった。ヒイロが助けてくれて良かったわ」


 アカはヒイロにはにかんでみせる。ヒイロも頷くと、アカの全身を見て目立った傷がない事を確認した。


「魔力はまだ残ってるよね?」

「ええ、まだまだ余裕。ヒイロも平気だよね」

「うん」

「じゃあ、本番といきますか」


 アカはヒイロから視線を外して、奥の扉を見る。そこには微かに記憶に残る同郷クラスメイトが二人、立っていた。男女のペアである。


「そんな……アンセムさんっ!」


 女が聖騎士の死体に駆け寄る。既に事切れている事を確認すると、悲しそうに首を振った。


「双焔の魔女……やっぱり君達だったのか」


 男がアカとヒイロに声をかける。


「やっぱりって言うか、他の人から報告は受けていたんじゃないの?」


 同郷クラスメイトと対立するのはこれが初めてでは無い。当然、双焔の魔女と呼ばれる二人が同じクラスだったアカとヒイロである事は共有されていると思っていた。


「この目で見るまでは信じたくなかったっ! まさか同じ日本からきた君達が、俺達の仲間を殺しているだなんてっ!」

「朱井さんも、茜坂さんも、こんな酷い事をするような人じゃなかったじゃない!」


 男女は悲痛な叫びをあげる。だが、アカとヒイロには届かない。


「酷いって言われても。そっちだって私達の仲間を殺して来たじゃない?」

「それは、そっちの国が侵略してきたから仕方なく……俺たちだって好んで人を殺したりしていない!」


 男の反論に、アカとヒイロは冷ややかに答える。

 

「私達も別に好きで殺してるわけじゃ無いんだけど」

「それに侵略っていう意味では王国が先なんだよね、私たちの感覚だと。でもみんなは王国の立場だから私達を侵略者だと思ってるわけでしょ? 結局戦争ってそういうものなんだよ。どちらの立場にも言い分があって、それぞれ譲れないものがあるからそれを守るために相手を殺すの。私もアカも、その信念のために戦ってきたんだよ」


 男女はアカとヒイロを睨んでくる。


「戦わざるを得ないのか……?」

「そっちが引いてくれるなら別に戦いたくないよ。逆に聞くけど、二人は何のために戦ってるの? 王国に勝手に召喚されて戦争の道具にされてるって事は理解してるんだよね? だったら命懸けで戦う理由なんて無くない? 逃げちゃおうよ。現に何人かはそうしてるわけだし」


 ヒイロは結構本気で撤退を促す。2-Aの人間は召喚された時にそれぞれが何かしらのチートスキルを付与されているので炎龍王の魂ドラゴンソウルを宿したアカとヒイロであっても苦戦は免れない、それどころか正直負ける可能性だって十分にある。戦闘を回避できるならするに越した事は無い。


「俺たちにも、守りたいものが、あるんだ……」


 苦しそうに呟く男。男子って変な使命感が強いんだよね。


「そっちも同じ意見? 王国でよくしてくれた人に対する義理もあるとは思うけど、ぶっちゃけそれってあなた達を戦争に駆り出すための懐柔だと思うんだよね。そもそも勝手な都合でクラス全員を召喚したのが王国の人間じゃない、そんな国の奴らを守るために命を賭けるの?」


 ヒイロの言葉に、女は俯く。しばらく何か考えていたようだが、徐に顔を上げるとアカとヒイロに訊ねる。


「ねぇ……朱井さん、茜坂さん。二人の事を教えて欲しい。この十年で何があったのか。どうやって生きてきて、何を思って今ここに立っているのか……」

「私達の話?」


 ええ、と頷いて女は続ける。


「同じクラスメイトなのに、どうしてこんな風に対立する事になっちゃったのか、私にはどうしても分からないの。二人の言う「信念」が、私達が戦わなきゃいけない理由になるのかどうか……もしかしたら、話を聞いてもやっぱり戦わざるを得ないのかもしれないけど、このままお互いに問答無用で殺し合うのは私、イヤだ」


 アカとヒイロは顔を合わせる。ここで話をして戦いを回避出来るなら自分たちにとってもありがたい。そう考えた二人は女の希望を叶える事にする。


「長くなるよ。十年以上だし」

「話してくれるの?」

「お互いに憎しみ合っているわけじゃないからね。話を聞いて、引いてくれる可能性があるならいくらでも話をするよ」

「……それでも戦いになるかもしれないよ?」

「そうなったら仕方がないね。でも今あなたが言ったじゃん。友達同士、何も話せずに戦うのはイヤだって。私もアカも同じ気持ちだよ」


 さて、とヒイロは適当な瓦礫に腰掛ける。アカもその隣にちょこんと座ると、男と女も近くに来て膝を曲げた。


「最初からでいいんだよね?」

「うん。お願いします」


 アカとヒイロは思い出話をするように語り始めた。


 異世界でたった二人きりで放り出された後に、手を取り合って生きてきて、ついには双焔の魔女とまで呼ばれるようになったその旅路を。

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