第130話 街中デート

 Cランク冒険者として修行と実績の積み上げを兼ねた依頼を受けていた双焔のメンバー。


 大角虎は確かに報酬が良いがアカとヒイロにとってはこれ以上戦っても効率的な修行にはならないという判断もあり、狡猾な罠を使う魔猿や一匹一匹は弱いがとにかく数が多いゴブリン、空を飛び上空から風魔法を撃ってくる群鴉といった「報酬に旨みは少ないけれど二人の戦いの幅を広げてくれる」ような獲物を中心に狩っていた――無論、ナナミの指示である。


 ギルド側では冒険者たちがどんな依頼を受けているかある程度記録しており、毎回同じような依頼ばかりこなしている冒険者よりも双焰のように様々な依頼を満遍なく受ける冒険者のほうがBランクへの昇級ポイント――これはギルド側が管理しており冒険者に対しては非公表である――が溜まりやすい。野牛ばかり狩って日銭を稼ぐ冒険者よりも向上心がありどんな相手でも討伐してくれる冒険者を昇格させたいというギルド側の意図によるものだが、そもそも昇級ポイントが非公開なこともあり冒険者側はそれに気付きにくい。

 ナナミはあくまでアカとヒイロに様々な状況で戦える力を付けることを目的として色々な依頼を受けさせていたものの、それが結果的にBランクへの近道になっていたわけである。


 そんな感じで今日もせっせと依頼を受ける双焰であった。


◇ ◇ ◇


「うう……これ、早く納品しようよ」


 獲物を入れた袋の底からポタリポタリと緑色の液体が滴る。それが脚にかかるのを嫌がるヒイロがそそくさとギルドの入り口に向かおうとする。


「ヒイロ、待って。そのままギルドに入ったら床を汚しちゃうわ」


 アカがヒイロを呼び止め、軒先に転がっていたボロい木製のバケツに袋を置いた。そのままほら、とヒイロにバケツを差し出すとヒイロもそこに袋を押し込む。


 ナナミは狩りが終わったその足でギルドには寄らず先に家に帰っているので、アカとヒイロの二人だけで報告用の窓口に向かった。


長刃蟷螂ブレードマンティスの鎌を三十本、確かに受け取りました」

「これって武器の材料になるんですか?」

「どちらかと言うと農具として人気が高いんですよ。刃の部分をそのまま使って柄を作るだけでそこそこ斬れ味の良い鎌やノコギリとして使えるので。研げないので一年も保たずに使い捨てになっちゃいますけどね」

「ああ、そんな感じなんですね」


 蟲の素材は体液が滴るし、そもそも討伐する時もわりとグロテスクなのでアカは苦手だった。カマキリ達が容赦なく迫ってくる光景は思い出すだけで食欲が無くなるものだった。

 動物型の魔物と違って蟲の場合、頭を潰したりを脚を斬り落としたりしても勢いを落とさずに迫ってくるからホラーである。炎を放てばあっという間に燃え尽きるけれど「それじゃあ訓練にならないだろう」と師匠からは炎の使用は控えるように言われている。


「苦労したわりに報酬は少ないねえ」

「農具って言ってたから農家さんが買いやすい価格になるようにって事なんでしょうね。冒険者への報酬が多いとそれが販売価格に上乗せされちゃうわけだし」


 報酬の銀貨三枚三万円を受け取りギルドを出たアカとヒイロは居候先であるナナミの家に向かって歩く。討伐自体は順調に終わったこともあり、時間はまだ四の鐘午後三時前だ。

 

「アカ、今日はこのまま帰る?」

「もう一仕事するにはちょっと時間が足りなくないかしら」

「違うよ、デートしようって言ってるの!」


 真面目なのか冗談なのか分からないアカの回答に、ヒイロは頬を膨らませてみせる。


「この格好で?」

「うっ……」


 アカが手を広げて見せると確かに服にカマキリの体液が付着していて、臭いこそほとんど気にならないけれどみてくれはかなりキツイものがあった。確かにこの格好でデートしても盛り上がらない。


「じゃあさ、服を買いに行こうよ」

「このくらいなら洗えば落ちるわよ」

「カマキリの体液の話をしてるんじゃ無くて、せっかくだからオフの日用のちょっとカワイイ服を買おうって言ってるんだよ。お小遣いも溜まってるし」


 ヒイロがお金の入った小さな布袋を掲げてみせる。


 ぶっちゃけ金貨数枚数百万円を軽々稼ぐAランク冒険者のナナミは相当な金持ちだし、それに師事して依頼をこなすアカとヒイロも一時の金欠はどこへやら、気付けばひと財産と呼べるくらいのお金を稼いでいた。報酬は基本的にナナミに渡してはいるが、ある程度をお小遣いとして貰っている。


 まあ、そのお小遣いが一般人からしたら……そしてこれまでコツコツと小さく稼いでは節約の旅を送ってきたアカとヒイロからしても、目の飛び出るような金額ではあるのだが。


 そんな大層なお小遣いを手にしたヒイロにはこの世界に来てから初めてファッションを気にする余裕が出てきたというわけである。


「オフの日用の服? 勿体無くない?」

「私たち、年中飾り気のないシャツとズボンじゃない。この限られた若い時期をオシャレひとつしないで浪費してしまうのもどうかと思うわけですよ」

「ふむ、一理ある」


 一旦は難色を示したアカだったが、比較的あっさりと流される。何気なくヒイロが発した「限られた若い時期」というワードが思いのほか刺さったのだった。

 この世界は暦が日本と違うので正確な誕生日は分かりにくいけれど、それでも一年は大体同じくらいの期間だ。こちらに来てもう二年半ほど過ぎていることを考えればアカとヒイロは十九歳か二十歳というわけで、日本にいたならオシャレを楽しむお年頃である。


 これまではとにかく必死になって魔道国家を目指してきたし、その道中では常にお金にも心にも余裕など無かったので本当に必要最低限の買い物しかして来なかった。服だってオシャレなんて全く考慮せず、ただ丈夫か否かだけが購入の基準だったのである。


 それが、こうしてお金にある程度余裕ができ、また暫くはナナミの元で修行しつつ冒険者としてBランクへの昇格を目指すという長期的な目標にシフトしている。この辺りの環境の変化も、アカの心に少しだけ余裕を産み出していた。


「お、乗り気なってくれましたか! じゃあアカの気持ちが変わる前に服屋さんに行ってみよう!」

「ええ!? まだ買うって言ってないわよ!」

「とりあえず見るだけでも、ね?」


 そう言うとヒイロは以前から目をつけていた庶民向けの服屋に向けて、アカをひっぱるのであった。


◇ ◇ ◇


「次はこれ着てみようか!?」


 ヒイロに手渡された服はロングスカートに深めのスリットが入ったタイプの服だった。歩くたびに太ももがチラ見えする少しセクシーなタイプの服だ。言われるがままに試着してたアカを見て、ヒイロはまた目を輝かせる。


「カワイイ、カワイイねぇ! こういうのも似合うなあ。だけどやっぱり脚が出てるとちょっとえっちだね」

「確かにちょっと恥ずかしいかな」

「うーん、チラリズムは捨てがたいけど、街の人たちを誘惑されても困っちゃうしやっぱり王道のガーリー系がいいか……」


 ぶつぶつと独り言を言いながら次の服を選ぶヒイロ。何がチラリズムだよ、お互いに飽きるほど裸を見せ合ってる仲じゃないか。


 さっきからすっかりヒイロの着せ替え人形と化しているアカであるが、ヒイロは何を着ても大袈裟に褒めてくれるので正直満更でもない気分である。好きな相手にカワイイって言ってもらえたらアカだって嬉しいのだ。


 しかしもう十着近く試着しているので、ここで「やっぱり要りません」とは言い辛いよなぁ。ほら、店員さんもだんだん笑顔が強張ってきてるし。いい加減買っていけよ? みたいなオーラをひしひしと感じる。うっかりテンションが上がったヒイロとそれに釣られたアカだったけれど、この世界の常識からするとこんなに試着をするのは少々非常識だったかもしれない。


「うん、決めた。これとこれにしようよ。せっかくだしここで着ていっちゃおう」


 ヒイロが改めて手渡してきたのは、若草色で少し大きめに開いた胸元に簡単な刺繍の入ったシャツと、ヒラヒラとした膝下丈のスカートであった。これ、試着した中で一番いいなって思ったやつだ。おそらく自分の反応を見て選んでくれたんだろう。こういうさり気なさがヒイロの良いところだと思う。一緒にいると心地良い。


「じゃあこれ、一式頂きます」

「私もこれで!」


 試着室から出てきたアカに被せるようにヒイロが服を追加する。シャツはアカと色違いのお揃いで、スカートではなくホットパンツで思い切り足を見せるような格好だ。というかシャツが少し長めの丈なのでぱっと見で下を履いてないようにも見えるような格好になる。ちょっと刺激的な格好に店員は一瞬目を丸くしたが、すぐに笑顔を作り代金を告げた。


「全部合わせて銀貨三枚になります」

「はい、じゃあこれで!」


 ヒイロはお小遣い袋から銀貨を取り出して支払いを済ませるとアカの手を引いて外に出た。


 新しい服に身を包んだ二人は並んで街を歩く。服の代金が思ったより高かったため、これ以上の散財はできないがそれでも真新しいオシャレな服に身を包んでいるだけで気分が良かった。


 アカとヒイロはただ会話を楽しみながら歩いているだけであるが、それでもすれ違う人々が皆思わず振り返るのは、着飾った事で引き立てられた二人の健康的な美しさに無意識に魅入られていたからだろう。


 その独特の美しさで街中を魅了していることに気付いていないのは、お互いしか目に入っていない本人たちだけであった。

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