第131話 ベテランからのお誘い(※)
お散歩デートを終えた二人はナナミの家に帰宅する。
「ただいま帰りました」
「ああおかえり。遅かったね」
「ちょっと服屋に寄ったりしてたので……」
「服?」
言われてナナミが部屋の奥から顔を出した。アカとヒイロが先ほど買った服を身に付けているのを見ると、ニヤニヤと笑ってみせる。
「どうですか?」
「いいんじゃないかい。若いんだからたまにはオシャレも必要だろう」
「師匠、私のは?」
「うーん、ヒイロはちょっと脚を出しすぎじゃないか」
「最近はこういうのもアリなんですよ!」
「そうかい。まあ似合ってはいるけどね」
家に入り、荷物を置いたら夕ご飯の支度を手伝う。あせっかくの新しい服に汚れが跳ねたらと一瞬考えたアカであるが、飾り気のないいつものシャツに着替えるのも惜しい気がして結局そのままの格好で料理をした。
かわいい服を着た事で、アカは自分が思っている以上に上機嫌になっていたらしい。無意識に鼻歌を歌いながらスープをかき混ぜるアカを、ヒイロとナナミは楽しそうに眺めていた。
◇ ◇ ◇
――そして夜。
「ねえねえ、もっかいそれ着てみてよ」
「お風呂に入ったのに?」
寝巻きに着替えたアカに、ヒイロがしょうもないリクエストをする。
「せっかくだからかわいい服にてしようよ」
「そんなエロオヤジみたいな要求に応えたくありません。それに今日は隣に師匠もいるんだけど」
「そこをバレないようにするのが興奮するんじゃん!」
「ヒイロ、本当にエロオヤジみたいだよ……?」
アカが少し心配そうにヒイロを覗き込んだ。ヒイロは自分の暴走に気付き、我に返って顔を赤くする。
「ア、アカがかわいかったからつい……」
「ふふふ、ありがとう。だけどヒイロもかわいかったよ」
そう言うと、アカはヒイロにキスをした。ヒイロは嬉しそうに目を閉じてアカの舌を受け入れる。
「せっかくのお洋服が汚れたり破れたりしたら嫌だから、今日はこのまま……ね?」
そう言って蠱惑的に笑うアカ。この子はいつからこんな顔ができるようになったんだっけ。そんなヒイロの疑問は、アカが優しく耳を噛んだ瞬間に吹き飛んでしまった。
「あっ、あんっ……」
「ヒイロ……こえ、がまんして……」
耳元で囁くアカの声に、ヒイロはうっとりと頷いてその身を委ねた。
◇ ◇ ◇
翌日、依頼を受けようと冒険者ギルドを訪れた双焔の三人に、一人の男性が声をかけた。
「ナナミさん、お久しぶりです」
「おや、ムサファじゃないか。わざわざこんなところまで来てどうしたんだい?」
ムサファと呼ばれた男性。見たところ年は五十歳くらいだろうか? 初老というにはまだ若いけれど、青年というには少し歳をとっているように見えるし、失礼だけど頭髪にも年齢が刻まれている。
「色々とあってこの国の王都へ行く事にしたんですが、通り道であるこの街にナナミさんが居たことを思い出しまして、少し話をしていこうかなと。お時間はありますか?」
「ふうん……分かった、思い出話に花を咲かせようじゃないか。アカ、ヒイロ。お前たち今日は適当な依頼を受けておきなさい」
ナナミはアカとヒイロに指示をすると、ムサファと共にギルドを出ていった。
「取り残されちゃった」
「師匠の元カレとかかな?」
「そういう雰囲気でも無くない? というか変な勘ぐりは辞めなさい」
「恋バナ恋バナ」
アカが嗜めるとヒイロは舌を出して笑う。恋バナとはちょっと違う気もするが、おそらくジョークのつもりでもあるだろう。アカは表情を崩してヒイロの頭をクシャリと撫でると、依頼票が貼られている掲示板に向かった。
……。
…………。
………………。
「ピンとくる依頼は無いわねぇ」
「恒常的に討伐依頼が出ているような魔物はひと通り倒したもんね。素材収集とかは地元民の師匠が居ないと効率悪いし」
「街のお掃除でいいような気もしてきた」
「結局そうなっちゃうよねぇ」
なんというか、ある程度強い魔物の討伐であってもいざという時に師匠が助けてくれる――師匠は「危なくなっても助けないから、甘ったれるんじゃ無いよ」と口ではいうがおそらくいざとなったら見殺しにはしないだろう――と思えば気負うことなく臨めるのだが、やはり二人きりで依頼となるとどうしてもリスク回避が優先になる。
甘えと言われればその通りだけれど、ここは堅実ということにしておこう。
街のお掃除依頼を受けようとカウンターに向かうアカとヒイロ。そんな二人に一人の冒険者が声を掛けた。
「よう、嬢ちゃん達。今日はバアさんは居ないのか?」
「ロックさん」
黒く日焼けした壮年の男。ロックは見た目、ナナミと同じぐらいの年だがナナミのように光魔法で若さをキープしているわけでは無いので見た目通りの年齢のはずである。
そんなロックとの出会いはアカとヒイロがCランクに上がってしばらくした時の事であった。ナナミの指示で十二足蜘蛛の狩りをしていた時にたまたま彼が通りかかったのだ。
十二足蜘蛛は木から木に縦横無尽に飛び回ったかと思えば強靭で粘り気のある糸を吐き獲物を拘束する。さらに一度捕まえた獲物は何があっても離さないという危険極まりない魔物で、おまけに他の蜘蛛型の魔物のように糸が高級素材になるわけでも無く、わざわざ狩るようなものは居ない。
そんな酔狂な狩りをたった二人で――ナナミは離れた場所で見ていたので――していたアカとヒイロを目撃したロックは何故こんな自殺志願者のような事をしているのかと二人を叱った。そこでAランク冒険者のナナミが出てきて二人を鍛えていると伝えて……といった経緯があり、そんなわけでロックはこの街では数少ないアカとヒイロがかなりの実力者だと知っている人物なのである。
ちなみに彼がナナミを「バアさん」と呼ぶのは、彼が冒険者デビューした何十年も前の時点でナナミは既にベテラン冒険者として有名だったからとの事だ。
「今日は師匠は旧いお知り合いの方が訪ねて来られて、私達に適当な依頼を受けておくようにって言われたんですよ」
ヒイロは最初にロックに怒られたことで彼に対して少し苦手意識があり、さりげなくアカの後ろに移動しているのでロックとのやりとりはアカが請け負うことになる。
「バアさんの知り合い? まあ顔は広そうだからなぁ」
ナナミはここ十数年以上ずっとソロで依頼をこなしてきたらしいので、ギルド内に特別親しい冒険者がいたりするわけではないらしい。とはいえロックのようなベテラン冒険者ともなればすれ違えば挨拶をする程度の仲ではあるらしく、そういう意味では彼とナナミとの付き合いはアカとヒイロのそれに比べればずっとずっと長い。
「そんなわけで今日は街のお掃除依頼でも受けようかと思ってたところです」
「はぁ!? 嬢ちゃん達が街の掃除!?」
「変ですか?」
「いや、まあ別に悪いってことはねぇけど。ちなみに依頼ってもう手続きしちまったかい?」
「いえ、これからですけど……」
アカの答えにロックは少し考えから二人に問いかける。
「どうせ暇なら、俺の依頼に付き合ってくれないか?」
「ロックさん、ソロ派じゃないんですか?」
「ギルドから頼まれちまった依頼でなぁ……ただ、嬢ちゃん達はBランクを目指してるんだろ? だったら悪い話じゃ無いと思うぜ」
ロックはBランクのベテラン冒険者である。ギルドの信頼もあり、おいしい依頼を優先して回してもらえたりする。その代わりと言ってはなんだがたまにこうしてギルドから指定依頼を頼まれることがある。
まあ、ギルドからの依頼というのは大抵拘束時間の割に報酬が少なく受けたがる人が居ないようなものの処理だったりするので危険自体はそれほどでも無いだろう。
それに「Bランクを目指すのであれば悪い話では無い」という言葉も気にはなる。
アカは後ろにいるヒイロに振り返り、アイコンタクトでどうする? と聞いてみる。ヒイロはとりあえず話だけでも聞いてみようかと、これまた目で答えた。
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