第49話 廃村の戦い
敵の兵士が剣を振りかぶりこちらにくる。魔法使い達が四名後方に下がったがそれでもまだ三十名弱はいるだろうか。対して傭兵団は十四人の団員を半分に割って七名――残りの半分は別働隊として後ろから急襲する作戦である――四倍の人数差というのは戦場においてかなり致命的ではある。
目の前の兵士達が相応の強さだとすれば、苦戦は免れなかっただろう。
敵の兵士達がまず十人ほど突っ込んで来た。七対十では
具体的にいうと傭兵一人に対して二、三人で囲むという戦術を取って来ず、余った兵士は後ろで剣を構えて棒立ちしているのである。
これでは実質一対一をさせてもらっているようで、傭兵団側は随分と楽をさせて貰えているわけだ。
「うおおぉぉぉっ!」
アカの前にも一人の兵士が躍り出て、剣を振り下ろしてくる。だがその太刀筋は未熟で、しっかりと筋力を武器に伝えられていない。武器に振り回されている状況だ。
――弱いな。
アカは冷静に相手の剣筋を見極めると手元部分を愛用のメイスで
攻撃を受け流されて体勢を崩した兵士。剣を持った腕にメイスを叩き込んだ。
「ぎゃああああっ!」
ボキリと利き腕を半ばから折られ、痛みのあまり蹲る敵兵。アカは素早くナイフを取り出すとザクザクと脚に刺した。
これでよし、利き腕と両脚を潰せばとりあえずこれ以上戦う事は出来ないだろう。油断せずに周囲を見回すと最初の十人は既に全員無力化されていた。ぱっと見で生きている者7、8人か。傭兵団の他の者も武器を持った手を的確に斬りつけ殺さずに戦闘不能に追い込んでいる。身体を大きく斬られて地面で血を流しているものがいるのは、不運にも手加減を出来ない程度には強かったのか、もしくは全員生かすと相手に心の余裕を与えてしまうので敢えて数人殺したのか。
いずれにせよ、傭兵団は誰も傷つく事なく最初の十人を攻略した。次の十人は傭兵団のあまりの手際の良さに二の足を踏んでいる。
「お前らっ! かからんかっ!」
隊長と思われる、少し豪華な鎧を来て最後方に陣取っている男が怒鳴ると次の十人はビクッと肩を振るわせた。一応剣を構えては居るが、それでも飛び掛かってくる様子はない。
「おい――」
「なあ、そちらの大将さん!」
ホランド団長が大きな声で敵の後方に声を掛ける。
「出来ればあんたの首ひとつ差し出して、残りのモンは引いてくれんかね。剣を合わせて分かったがここの兵士達は新兵だろう? 俺たちの敵じゃねぇ。このまま次の十人を同じように殺したら人数の差は無くなる。何人かベテランさんも居るみてぇだが、同じ人数で勝てるほどこっちは弱くねぇのは見れば分かっただろう? こっちも無益な殺しはしたくねぇんだがな!」
「巫山戯るなっ! 誇り高き我が国の兵士を愚弄するかっ!」
「少なくともヒヨッコどもは俺の言葉に従ってくれそうだがなぁ……」
「そんな軟弱な者は我が軍にはおらんっ!」
隊長が否定する。まあ彼の場合は此処を預かっている責任もあるので立場上頷くのは難しいか。少なくとも団長が新兵とあたりをつけた十人は、団長の進言に期待した目をしたと思うんだけどなぁ。
「全員で一斉に掛かるぞっ!」
次の十人、さらにその次、と攻撃を分けても勝ち目がないと判断したのか、相手の隊長が一斉攻撃を指示する。
「まあしゃーねぇか……」
降伏勧告に応じてくれれば御の字、だめでもここで問答することで時間を稼ぎ、裏側からの奇襲部隊の到着を待っていたホランド団長の目論見は相手が突撃を選択した事で潰える。
「野郎ども! やっちまえ!」
団長は武器を掲げて叫んだ。
◇ ◇ ◇
そもそも個々の実力も、集団戦の練度も違いすぎた。六人の傭兵達はお互いに死角を作らないように立ち位置を調整し、また大きく声を出して状況を伝え合うことで誰かが危なくなる前にフォローに入ることが出来ていた。
ベテラン兵、とりわけ隊長はその任に就いているだけあって新兵より強くはあったけれど、それでも他と比べれば強いという程度であり、連携した傭兵団の敵では無かった。
アカは彼らと連携はほとんど出来ていないが、これだけ頼りになる一団が真横にいるのなら少し離れて邪魔にならないように戦うだけで良かった。冷静に、自分に襲いかかってきた兵士を合計四人、殺すことなく無力化している。
「全員がコイツぐらい強かったら危なかったけどな」
団長が事切れた隊長の首を落とす。奇襲部隊の到着を待つことなく、廃村の攻略が終わってしまった。苦戦を予感していたものの蓋を開ければほとんど危険もなく終わった戦い。傭兵団に弛緩した空気が流れる。
「さて、分けた部隊は――」
「団長!」
振り返ってコチラをみた団長の隙をつくかのように水の槍が襲いかかる。仲間達の声に一瞬で危機を察した団長はその場で転がるように身を翻しその不意打ちから身をかわす。間一髪で水の槍が団長の横を通り過ぎ、掠った腕から血が噴き出した。
「野郎……!」
「はあっ!」
アカは咄嗟に火の玉を放った。槍の出所は先ほど魔法使い達が引っ込んだ小屋。魔力回復薬でも飲んで回復した魔力で一矢報いようとしたのだろう。
隊長の死亡後に攻撃をしてきたという事は、捕虜になるつもりはないという事だ。そう判断したアカは次の水魔法が飛んでくる前に反撃をする。
「アカ、どこを狙ってるんだ!?」
「これでいいんです!」
アカの放った炎は一見全く見当違いに放り投げたように見えた。故に仲間の傭兵達も焦ったのだが、これがアカの狙いだった。
真っ直ぐに小屋に火の玉を投げたら水魔法で相殺されてしまうだろう。だけど、高く上空に放り投げた火の玉は小屋の窓からは見えなくなる。
火の玉はきれいな放物線を描き、魔法使い達がいる小屋の屋根に着弾。火は勢いをまして一気に小屋全体を包み込んだ。
「うわあああっ!?」
「水魔法で火を消すんだ!」
「熱い、熱いっ!」
小屋の中は一瞬でパニックになった。慌てて水魔法で火を消そうと試みているようだが、炎に囲まれた部屋の中でどれだけの者が冷静に対応できるか。
「だめだ、魔法が使えないっ! た、助けてくれっ!」
「うわああ……」
「くそっ! くそっ!」
バシャバシャと水をかけるような音と、炎を操っているアカには多少水魔法の抵抗が感じられるが、それだけだ。そもそもほとんど魔力が残っていなかったのだろう。中にいる魔法使い達に小屋の炎を鎮火する力は残っていなかった。出来ることがあるとすれば全身を水で覆って炎に突っ込み小屋から脱出を試みるしかない。だが、古い木造の小屋はあっという間に燃え出して、もう黒い煙が充満し始めている。それこそ一秒毎に状況が悪くなる中で彼らに出来る事は死ぬまで魔力を振り絞って迫る炎に水をかける事だけだった。
「えげつないな……アカ、もう良いだろう」
団長に促されてアカが魔力の流れを完全に断つと炎はあっという間に消える。これが魔力による炎の特殊なところで、使い手が魔力を調整することで延焼も消化もコントロール出来るのである。とはいえ焼けた木材から出た黒い煙や発せられた熱はその場に残る。
少し待つと中から全身を煤で真っ黒に染めた魔法使い達が命からがら這い出してきた。
そんな彼らに剣を突き付ける傭兵団。
「降伏でいいな?」
魔法使い達は頷き、項垂れた。
……。
…………。
「援軍が来る前に終わっちまったな。おい、作戦終了の笛を吹け!」
「了解!」
団長に促されて一人の団員が笛を吹く。ピィィィィイイッ! と甲高い音があたりに響く。
「さて、と。じゃあ生き残りを縛りあげるか。大事な捕虜だからな」
「結構な人数になったな」
命までは奪われなかった新兵達がそこら中に転がっている。程度の差はあれど全員が戦えない程度には負傷しているが、命があるだけマシだと思ってもらおうか。
ちなみに捕虜はチップとは別口で王国軍に売れる。傭兵団が出来るだけ生かしたのは人道的な観点ではなく、単に金儲けのためであった。……そもそもこの世界では戦争中に相手に情けをかけるのはバカのやる事だとされているので、どちらかというと「戦意を失った相手は出来れば殺したくない」という意図で相手を無力化していたアカの方が異端ではある。アカもそれは分かっている。
まあどう考えていたところで結果を出している以上文句は言われないだろう。
「それにしても、あいつら遅いな」
「何かあったか?」
捕虜を縛りながら呟く傭兵団の面々。確かに、後ろから奇襲する予定だった別部隊がこの段階になっても来ていないと言うのはおかしい。
その時アカに背中に悪寒が走った。と、同時に村の外……アカ達の部隊が入ってきた方とは反対側の、つまり別部隊が来るはずの方で、ドーンという音と共に大きな火柱が上がった。
「ありゃなんだ……?」
火柱に気付き怪訝な目で眺める傭兵団の面々。
「ヒイロッ!」
「おい、アカ!?」
アカは周りが制止する間もなく、全力でそちらにむかって駆け出した。
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