第50話 敵国の騎士

「そろそろ正面部隊が突撃開始する頃だな」


 廃村の裏に回った別部隊。副隊長のトマスを筆頭に傭兵六名+ヒイロの合計七名だ。


 スマホの無いこの世界ではメッセージアプリで「これから攻め込むよ」と言った具合に連絡をする事はできない。一応簡易な時計のような魔道具は存在するがとても高価な物なので一般人には流通していない。


 そこで今回は二手に分かれてから大体の体感時間で攻め込むという、ヒイロからすればなんともやっつけな作戦であった。――この世界の人間はそれに慣れているため体内時計が日本人より大分正確ではあるらしいにしても、だ。


 廃村まではおよそ300mほどに位置する街道沿いの森から様子を伺っていたが、ここからだと正面から攻め込んだ部隊の様子は分からなかった。


 トマスが全員を見て、合図を出す。


「よし、行こう!」

「どこへ行くんだい?」

「なっ!」


 あまりに場違いな質問。だがトマスはすぐに剣を抜いて声がした方に斬りかかった。


 カキンッ!


 金属がぶつかる音がする。ヒイロが遅れてそこを見ると、大層な鎧に身を包んだ大男が金属の小手でトマスの攻撃を受け止めていた。


「いきなり斬りかかってくるとは穏やかじゃねぇな」

「抜かせっ!」


 追撃するトマスだったが、鎧の大男は軽々とそれを避け、すれ違いざまにトマスを斬り伏せた。


「ぐぁっ……」

「副隊長! 貴様っ!」


 残りの傭兵達が次々に大男に飛びかかる。


 彼らは決して雑兵では無い、ヒイロから見ても十分強いと思えるベテランの戦士達だ。さらに連携も十分でお互いの隙をカバーするように波状攻撃を仕掛けている。


 だと言うのに、気が付けば傭兵達は全員がその場に倒れ伏していた。


「全く、最近の若い奴は血の気が多くていけねぇ。なぁ、そう思わんかい?」


 大男はヒイロに問いかける。


 ヒイロは混乱していた。何が起きた?


 目の前の男が傭兵達を倒したのは分かる。いま全員が倒れている結果から明らかだ。だけど、見ていたはずなのに過程が分からない。だって目の前の男は剣を抜いてすら居ないのだから。なのに、傭兵達が切り掛かる毎にひとりまたひとりとその場に斬り伏せられて行った。


「おーい、無視しないでくれよ」

「あなたは、誰?」


 ヒイロがやっとのことで言葉を発する。男は不満そうに首を捻った。


「嬢ちゃん、質問に質問で返しちゃいけねぇ。ガキの頃習わなかったか? まあいい。お互いに聞きたいことがあるわけだし、交互に質問し合うってのはどうだい?」


 ヒイロは黙って首を縦に振った。


「じゃあまずそっちの質問に答えよう。俺はワイルズ帝国の騎士、ヨーム」


 ワイルズ帝国……国境の西側に位置する国だ。今回攻め込む廃村に駐屯している兵士達もワイルズ帝国の者達でありそこの騎士という事は、つまり鉢金傭兵団の敵である。


「騎士……?」

「なんでここに騎士が居るんだって聞きたそうな顔だが、俺が質問する番だからな。お前さん達は見たところ傭兵のようだが、イグニス王国のもんで間違いないな?」


 ヒイロは頷く。


「じゃあ俺たちの敵って事だな。まあそうだとは思ったが味方じゃなくて良かったぜ。万が一味方だった時のために、まだそいつらの命は奪ってなかったが余計な心配だったか」


 そういって倒れている傭兵達を見るヨーム。確かに皆、息はある。すぐに治療をすれば命は落とさないだろう。


「……なぜ、騎士がここに?」

「まあアンタらにとっては不運だな。俺は普段は帝都にいるんだが、イグニスのあまり良くねぇ噂を聞いてな。国境の沿いの駐屯地に警告に回っているところよ」

「良くない噂?」

「こっちの番だ。まあその噂に関する事ではあるが。お嬢ちゃん、イグニス王国の勇者について何か知っているか? 噂レベルでもいいぜ」

「勇者? ……知らない」


 ヒイロは首を振った。まあこの世界の常識すら危うい自分にゴシップを尋ねられてもね。


「ふーん」

「勇者って何?」

「俺から言える事はないな。そもそもこちらもハッキリした事は分かってない」


 どこまで本当だろうか。少なくとも、教えてくれるつもりはなさそうだ。


「俺が答えられんかったから、嬢ちゃんがもう一つ質問していいぞ」

「……ここにいる人たちを連れて戻って治療をしてもいい?」

「残念だが敵は討たねばならん。じゃあ俺から最後の質問だ。嬢ちゃん、ここで死ぬのと大人しく捕虜になるの、どっちを選ぶ?」


 先ほどまでの飄々とした様子から一転、殺気をぶつけてくるヨーム。ヒイロは震える手でメイスを持って答えた。


「どっちも断るかな」

「ここで死ぬか。残念だ」


 ヨームはその大きな身体に似つかわしくないほどの俊敏な動きでヒイロに迫った。


◇ ◇ ◇


 分かった、この人は相手の攻撃をそのまま返しているんだ!


 懐に入られたヒイロが思わずメイスを振ると、その攻撃がそのまま自分に返ってきた。まるで流れるように自分自身を攻撃するかのように自然に標的を変えられてしまったのだ。


 そして攻撃が当たる瞬間までそれに気が付けない。ヒイロの武器がメイスでなく剣だったら、また咄嗟に振るったのがナイフだったとしたら、今頃仲間達と共に地面に倒れていただろう。メイスだったから、そして咄嗟に振るったため全力で打ち込んだ一撃ではなかったから、革鎧越しに肩に当てられた痛みを感じるだけで済んでいる。


「くっ!」


 慌てて後ろに跳んで、ヨームと距離を取る。傭兵のみんなもこれにやられたのかと合点がいったが、横で見ていても分からなかったのだから大した技である。


「フム、やはり剣以外だと刃返しの精度は落ちるか」


 刃返し。それが相手の攻撃をそのまま攻撃に転化する技なのだろう。そう、あれは魔法や戦技の類ではなく、純粋な技術だ。つまりヨームは敵の力だけで傭兵団の六人を倒し、ヒイロに大ダメージを与えたことになる。


 ヒイロはメイスを捨てて格闘の構えをとった。拳や蹴りなら刃返しはされないだろう。


「やれやれ……一撃で決めないと簡単に対策されちまうのがこの技の欠点だよなあ。これを使うと手加減できねぇんだが」


 気怠げにつぶやきヨームは剣を抜いた。


「行くぜっ!」


 剣を構えると再び距離を詰めてくる。ヒイロは魔力で身体を強化し、斬撃をギリギリでかわす。


「はっ!」


 カウンター気味に蹴りを放つが、そこにヨームの姿は既にない。剣を振った後の隙に攻撃を入れたのに、それでも敵の方が早いというわけだ。その後も斬撃は構えから剣の軌道を読むことでギリギリ回避できているが、その度に何度反撃を繰り返しても攻撃が当たることは無かった。


 これ、近接戦闘では完全に負けてるじゃん。ヒイロは絶望する。武器でも格闘でも勝てないなら、あとは魔法しかない。幸いヒイロはまだヨームに魔法を見せていない。不意をついて上手く当てることができれば形勢逆転できるかもしれない。


 かもしれないけど、当てる隙が無いんだよなぁ。


「はぁっ、はぁっ、はぁ……!」

「フム、思った以上にやるようだな」


 尚も迫る刃を紙一重でかわしつつ、ヒイロは冷静に問題点を整理する。


 まず第一に、そして最大の問題点として魔力を溜める隙がない。ヒイロはアカに比べて魔力の扱いが下手である。アカはほんの一呼吸の間があればす火の玉を出すことができるのだがヒイロの場合は数秒間魔力の流れに意識を集中しないときちんとした火の玉が作れない。強引に魔法を発動しようとすると、箍が外れたようにほとんど全ての魔力を一気に放出してしまう――先日、ゴブリン大軍に襲われた時のように(※)。

(※第1章 第9話)


 第二に、仮に火の玉を生み出す隙が作れたとして、それを当てることが困難極まりない。ヒイロが魔力操作に集中したら何か狙ってる事に必ず気付く。真正面から火の玉を投げてもまず避けられるだろう。


 そして最後に、なんとかして火の玉を当てることが出来たとしてそれで倒せる保証が無い。このヨームという男、先程から剣での通常攻撃しか仕掛けてきておらず、魔法も戦技も使って来ていない。それは剣技のみでヒイロを十分に圧倒できているからで、つまりそれだけの実力がある相手にヒイロの火の玉を受けても対応できるだけの切り札を持っている事は想像に難くない。


 ……うん、無理だな。これは勝てないわ。


 余程上手い条件で火の玉を当てないと無駄に魔力を消費するだけで終わるだろう。ヒイロはこの三つのハードルを超えるのは不可能だろうと判断した。



 ――ヒイロは諦めが良い。これはもう性格的なものなのだが、日本にいた頃からのものである。


 これはアカも感じているヒイロの危うさで、彼女はダメなものはダメだと見切りが早い。悪い言い方をすると少しでも可能性があるのなら……という希望に縋るという事をしない悪癖がついている。



「よく避ける……だが、これはどうだっ!」


 ヨームがついに戦技を使う。剣を前に突き出して身体全体のバネで高速の突きを放つ「突進ラッシュ」の戦技である。


 これまでの倍以上の速さで動くヨームに、ヒイロは反応しきれない。咄嗟に身を捩って、辛うじて急所は外したものの脇腹を思い切り貫かれてしまう。


「ぐぁっ……」

「思いのほか粘って見せたが、これで終わりだ」


 ヒイロの脇腹を貫通した剣を抜こうとするヨーム。だがヒイロはそんな彼の手首をガッチリと掴んで見せる。


「何を……」

「掴まえ……たっ!」



 ――諦めが良いのと自棄になるのは別の話だ。ヒイロが先ほど諦めたのはこの相手に勝つ事であって。見切りが早いとはつまり状況判断に優れているということで、そんな彼女の判断はこの相手に勝てずとも負けない方法を模索していた。彼女が導き出した方法は、少なくとも闇雲に火の玉を撃つよりは成功率が高そうだったし、今それを実現する状況が整った。

 


 ヒイロはそのまま炎を放つ……というよりも、自分ごとヨームを炎に巻き込むようにその場で魔力を暴走させた。


 ドーンという音と共に大きな緋色の火柱が立ち上り、ヒイロとヨームを包み込んだ。

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