第51話 騎士との決着

 立ち上る火柱から転がり出るように脱出したヨーム。全身に火傷を負い、刺すような痛みに顔を歪める。


「火属性魔法使いだったのか……」


 敵が何かを狙っていた事は薄々感じていたが、まさか自爆覚悟の大技を使ってくるとは予想できなかった。ヨームが戦技を放ったあとの僅かな隙をついたのも上手い。


 とりあえず火柱から距離を取り、真っ赤に灼けた鎧を脱ぎ捨た。金属製の鎧を脱ごうと熱くなった留金を触っただけで手のひらに焼かれるような痛みが走るが、一刻も早く鎧を脱がねば熱せられた金属に着込んでいるようなものなので命に関わる。


 地面に鎧一式を放り投げる。鎧の下に来ていた服は下着まで炭になっており、すっぽんぽんになってしまった。


 唯一残っているのは首から下げていたお守りタリスマンだけである。


「こいつがなければ死んでいたな」


 全裸に首飾り一つという姿でヨームは呟く。このタリスマンは騎士になった際に皇帝から賜るエンブレムでもあると同時に、魔法によるダメージを防ぐ魔道具でもあった。


「魔法による奇襲を防ぐことが目的だから万能やアイテムではないが、それでも中級クラスの魔法であれば無効化できるぐらいの効果はあるというのに、これの防御を平気でぶち抜いてくるとはな」


 タリスマンに内包した魔力を使い切ればそれ以上はダメージを受ける。実際ヒイロが起こした火柱はものの数秒でタリスマンの防御を突破してヨームに大きなダメージを与えた。


「火傷の放置は不味いな」


 ヨームは魔力を操作して光魔法による自己回復セルフヒールを行う。魔法使いではなくても自身の属性が光であれば簡単な自己治癒魔法は努力で身につけられる。これも光属性が人気の理由の一つである。


 帝都に戻れば専門の回復師に治療を頼めるが、全身を焼かれているためその場で出来る限り少しの応急処置をしておかないと命に関わる。そう考えて、魔力効率を無視して全力で身体を癒す。


「……ふぅ、こんなものかな」


 とりあえず火傷がひどいところは治療した。と、ついに緋色の火柱が消える。ヒイロが暴走させた魔力が霧散して魔法としての体裁を保てなくなったのだった。


「これだけの炎を数分間か。敵ながら見事だったな」


 もう骨すら残っていないだろうと思いつつ、火元の中心に見たヨームは信じられない景色に自陣の目を疑った。


「燃えてない……だと?」


 そこには魔力が尽きて意識を失ったヒイロが火傷一つないキレイな身体で倒れていた。



 ……。


 ヨームは地面に転がっていた愛剣を拾い上げる。それも火柱から脱出する際に引き抜いたものだった。刃の部分はまだプスプスと燻っており、柄のグリップ部分は巻いた革紐と木の土台ごと真っ黒に焦げて炭になっている。


「まだ熱いな、まあ柄が残っているだけマシか」


 倒れているヒイロの元へ歩み寄り、改めて様子を観察する。


 顔色が悪いのは脇腹を刺された事による大量失血と、おそらく魔力を一気に放出した魔力枯渇の両方だろう。


 彼女自身の服も燃え尽きておりあられもない姿を晒している。瑞々しい白い肌は惜しげもなく晒され、やや慎ましい乳房がわずかに上下している事から命は失われていないようだ。


 やはり不可解なのは本人に火炎の影響が全く無い事だろう。身体に火傷がないのはもちろん、髪も全く燃えていない。


 魔法使いが自分の魔法で傷つかないようなするために、同じ質の魔力の身体を守る事は珍しいことでは無い。風魔法使いなど風の刃カマイタチで自分を切り刻まないように風の鎧とセットで使うのはあまりに有名だし、他の属性であっても自分の魔法によって怪我をしないようにコントロールするのは初歩の技術ではある。


 だが、自爆上等で魔力を暴発させた場合はそれすら出来ないのが普通である。というよりそういった制御コントロールや防御を捨てているからこその暴発なのだが。


 自分自身の服まで消し飛ばしているし、魔力枯渇で意識を失っている事からあれが意図的な暴発だったのはおそらく間違いないが、だとすると身体は無事なのが不可解ではある。


「もしかすると火属性魔法使いは自身の火で火傷をしないのか? 火属性の人間は騎士団にも居ないから、分からないが……今度魔術師ギルドの者に聞いてみるか」


 疑問はあるが、ここで気にしても仕方がないと気持ちを切り替える。


「だが今は、確実に殺すのが先決だな」


 脇腹への一撃は致命傷ではあったはずだが、念のためトドメを刺しておこう。改めて剣を構える。斬りかかろうとした正にその瞬間、殺気を感じたヨームはその場から飛び退いた。


 一瞬遅れて投擲されたナイフが彼の居た場所を通り過ぎる。


「……ヒイロから離れろっ!」


◇ ◇ ◇


 火柱が上がった場所に駆けつけたアカが見たのは魔力を失って倒れるヒイロと、それに今まさにとどめを刺そうとする全裸の男だった。


 咄嗟にナイフを投げ、さらにメイスを振りかぶって男に殴りかかるが、男はアカに気付くとひらりと身を躱した。


「この女の仲間……ということは、お前も傭兵か」


 アカに向かって剣を構えるヨーム。アカは素早く周囲を観察し、少し離れたところに傭兵団の面々が倒れているのを確認した。その中には入団試験でアカを下したトマスの姿もある。


 トマスさんも含めた傭兵団全員を一人で倒したって事? なるほど、合点がいった。ヒイロの近接戦闘の強さはアカと同じか少し弱いくらいである。トマスが負けた相手という事は、つまりヒイロより強い。だから一か八かで魔力暴発による巻き込みを狙ったのだろう。


 男を観察する。所々痛々しい火傷はあるが、ヒイロの火柱に巻き込まれたにしてはダメージが少ない。というか……。


「なんで裸なの?」

「お前も見ただろう。そっちの娘の魔力暴走させて起こした火柱に巻き込まれたんだよ」

「その割には元気そうだけど」

「とんでもない、服も燃やされて身体中火傷だらけだ。今すぐにでも帰ってゆっくり癒したい気分なんだ」

「だったらそのまま帰れば? 今ならその子の裸を見たことも不問にしてあげるけど」

「そいつはありがたい提案だ。……ところでお仲間が来たという事は、あの村は落とされちまったって事かい?」

「ええ。そもそもその人達と挟み撃ちにする予定だったから」

「なるほどな。それをされるまでもなく負けちまったか。新兵達にはかわいそうな事をした」

「出来る限り命は奪ってないわよ。そっちが私の仲間を生かしてくれたように、ね」

「俺のはそういう意味じゃなかったんだが……」


 男は剣を構えた。


「退いてはくれないのね」

「俺にも責任があってな。目の前で拠点が制圧されて、おめおめと逃げ帰るわけにはいかんのだよ」


 アカもメイスを構える。残り魔力は心許無いが、相手が退かないなら戦わざるを得ないだろう。


「行くぞっ!」


 剣を振りかぶり男がかかってくる。アカはメイスで応戦した。


◇ ◇ ◇


 ……思った以上に火傷のダメージが大きかったようだ。ヨームは心の中で舌打ちをした。


 助けに来たこの女も、最初の女と同じぐらいには動きが良く、なるほどあの村に詰めていた新兵レベルでは相手にならない程の実力者だ。とはいえ自分が万全なら苦戦するほどの相手では無い。


 しかし今は火傷のダメージが大きい。応急処置に魔力を注いでしまったので戦技も使えず剣技で押し切るしか無いのだが、身体がいう事をきかない。足に力が入らず踏み込みは甘いし、剣を振っても太刀筋が滅茶苦茶だ。


 表面の火傷は応急処置したけれど、内側のダメージはかなり大きかったようで特に肘や膝の関節は既にまともに戦闘が出来る状態ではなかった。


 素直に見逃して貰えば良かったか。後悔してももう遅い。既に今は相手のメイスを必死に剣で捌いているような状態で「思ったより身体が動かないので見逃してください」なんて死んでも言うわけにはいかないだろう。だが騎士として奪われた拠点を無視するわけにもいかなかったのも事実で、どっちみち詰んでいたとも言える。


「このっ……」

「遅いっ!」


 起死回生を狙って放った突きは、しかし戦技を乗せていないためあっさりと見切られてしまう。カンッと高い音を立てて剣を弾かれ、勢いで手から剣を離してしまった。


 身体はボロボロで武器まで喪い万事休すだ。しかしヨームにはまだ刃返しがある。この女には刃返しを見せていない……次のメイスの一撃を返せればまだ勝機はあるっ!


 しかし次にヨームを襲ったのは、メイスによる一撃ではなく逆の手から放たれた火の玉であった。


「ぐぅっ……!?」


 タリスマンは内包魔力が尽き防御性能を発揮しない。そしてヨーム自身の魔力も火傷を治すために限界まで消耗している。そして彼の足には既にこの予想外の一撃を避けるだけの力は残っていなかった。

 

 為す術なく正面からもろに火の玉を受けたヨームはそのまま息絶えた。

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