第52話 戦い終わって

 ヒイロが目を覚ました時には全てが終わっていた。ヒイロ自身は騎士ヨームを巻き込んで魔力を暴走させたあとは少しでも彼をその場に留めるため全力で掴んだ手を握り続けたところまでしか記憶にない。


 駆け付けたアカによれば騎士ヨームは防具や服を喪失して火傷こそしていたが剣を持ってまさにヒイロにトドメを刺そうとするところだったらしい。


「それで私を庇ってアカが戦ってくれたって事だね。でも私たちが束になって勝てなかった相手を無傷で倒しちゃうなんて、アカはすごいな……」

「多分だけど、ヒイロの魔力暴走による火柱でかなりダメージはあったんだと思う。確かに強い相手ではあったけど、身体を動かすだけで辛そうでどんどん弱くなっていったから」

「そっか。じゃあ私の頑張りも無駄ではなかったって事かな?」

「うんうん。ヒイロが頑張ってくれてなかったら私だって負けてたかもしれない」


 戦ったアカの感想としては「ヒイロやトマスが負けるほどの相手ではなかった」なのだが彼女達が追い詰められた事実がある以上、彼の実力は本物だったのだろう。だとするとヒイロは殆ど相打ちぐらいには持って行けたがギリギリで耐えられてしまい、そのトドメ部分をアカが担ったと考えるべきだろう。


「ところで魔力は足りてる? お腹の傷を塞ぐためにも身体強化を切らさない程度には魔力が回復してくれてると良いんだけど」

「うーん、まだ身体強化の発動は厳しいかも。だけどお腹の傷、血は止まってるみたいだし安静にしてれば平気かなと思う」

「だめよ、ざっくり剣が貫通したんでしょ? 下手すれば死んでたぐらいの大怪我なんだから、ちゃんと塞がないと。ほら、魔力渡すからおいで」

「アカも残りの魔力、結構ギリギリでしょ?」

「私の事はいいから自分の心配をしなさい」


 アカはぐいとヒイロの顎をあげて唇を重ねる。意識を喪ったヒイロに魔力供給を行ってなんとか意識は戻ったものの、身体強化を発動するにはまだ魔力が足りないようだ。

 

 脇腹の刺し傷はすぐに塞がないと命に関わる。先日発見した「身体強化中は傷の治りが早くなる」をヒイロに実践してもらうためにもアカは自分が倒れるギリギリまでヒイロに魔力を渡すことにする。


「はむ……、あむっ……、んっ……」

「ちゅう……あん……」


 魔力を渡すには唾液を交換するのが一番効率が良い。ヒイロはアカの口から魔力を吸い尽くすように舌を絡める。アカもそれ応えてより多くの唾液魔力をヒイロに送っていく。


 周りから見れば濃厚なキスをしているようにしか見えない二人だが、これはあくまで魔力の供給である。……ではあるのだが、やってる事はディープキスそのものなのでだんだんといやらしい気持ちは高まってくる。


 特にアカは、服が燃え尽きてしまったヒイロの裸を――怪我を確認するためにも――隅々までしっかりと見ているので余計に悶々としてしまう。


「ねぇアカ……、えっち、したい……」


 トロンとした目でヒイロにそんな事を言われれば尚更だ。このまま押し倒したい衝動に駆られるアカであるが、自分達が置かれた上記を思い出してグッととどまった。


「脇腹に穴を開けて何言ってるの。それにもう団長達もここにくるからここでするわけにはいかないわよ」

「じゃあ、お腹治ったら、しよ?」

「治ったらね。身体強化はいける?」


 ヒイロはこくんと頷き、目を閉じて魔力を集中する。なんとか身体強化を使える程度には回復しているようだ。アカはホッと胸を撫で下ろした。


 少しすると廃村の方から団長をはじめとした傭兵団の者達がやってきた。彼らもこの火柱は気になっていたが、村を放置するわけにもいかなかったので敵の捕虜を縛りつけたり隠れている者がいないかを確認したりといった事後処理を急いで終わらせてこちらに駆け付けてくれたのである。


「こりゃあ……こっちの方が大変だったみてえだな」


 倒れる傭兵団の様子を見て団長が首を捻った。アカが持っていた薬で最低限の応急処置をしただけの傭兵団達はえっさほいさと廃村に運ばれていったのである。


◇ ◇ ◇


「確かに敵はワイルズ帝国の騎士って名乗ったんだな?」

「はい。いつもは帝都にいるけどなんか国境沿いを回っていたらしいです」


 ヒイロから説明を聞いた団長は難しそうな顔をした。


「本当だとしたらお前らよく生きていたな。騎士なんて俺たちが束になっても敵う相手じゃないもんだが」

「実際、俺たちは何もできずにやられちまったしな……」


 あの場に居た傭兵団の中で唯一意識を取り戻したトマスが口惜しそうに呟いた。他のメンバーはひとまず一命は取り留めたものの未だに意識は戻っていない。


「いやホントに強かったですよ。私だって自爆覚悟で魔力を暴走させてもまだ生きてたっていうんですから」

「とはいえ、ヒイロを含めたみんなが先に消耗させてくれていたから私は勝てたんだと思いますけど」


 一応傭兵団にも花を持たせる言い方をしたアカだが、トマスは首を振った。


「謙遜は不要だ」

「まあ本当に騎士だって証拠になるかは、あいつが首から下げてたこのエンブレムとそこら辺に転がってた鎧を確認して貰えばいいか」


 団長が戦利品を眺める。通常この手の武器や防具は勝った人間のものとされるが、相手が正規兵やその頂点に君臨する騎士である場合、下手に使い回すと面倒なことになる。こんなものは王国軍依頼主にぶん投げるのが正解だろう。


「とりあえずしばらくはこの廃村に待機だ。いまヘイゼルが何人か連れて港町ニッケに向かってる。当初は蛮族の討伐って話だったのが正規兵は駐屯してるわ、騎士まで出てくるわで大分違う話になったからな。捕虜も俺たちで連れて帰る訳にはいかないから王国軍に来てもらわないとならねぇ」

「どのくらいかかりますかね?」

「ニッケに常駐している兵士は動きが悪いんだよな。だけど今はタイミングがいい」

「タイミング?」

「ああ。ニッケに騎士団が派遣されてるだろう? そっちに上手く話をつけてくれればすぐにでも動いてくれる可能性は高い。ヘイゼルのやつはそういうのが得意だから、上手くやってくれるだろう」

「なるほど」

「だがそれでもどうしたって数日はかかる。幸い駐屯していた敵兵が備蓄していた食料や傷薬なんかはあるから、怪我人は治療に専念できるな。ヒイロだって腹、ブッ刺されたんだろ?」

「それはもう塞がってきてるんですけどね……」


 ヒイロが脇腹をさする。


「マジか!? 霊薬エリクサーでも持ってたのか!?」

「いえ、自然治癒というか……魔力で身体強化すると怪我って治りやすくなるっぽいじゃないですか、それで多分傷も塞がったのかなって思うんですけど……」

「そうなのか? あまり聞いた事は無いがまあ何にせよ剣が貫通した事は間違いないんだ。暫くはゆっくり休んでおけ。血は止まってもその後熱が出たりゲロ吐いたり、そのまま傷口が腐って死んじまったなんてよく聞く話だからな」

「感染症ですか?」

「カンセンショーってのが何かは分からんが、汚ねぇ剣で斬られるとそうなる可能性が高いって話だ。今回の敵は騎士だけあって剣は比較的綺麗だったけど、だからって大丈夫な保証もねぇ。完全に治るまでは飯食って寝てるのが一番だからな」


 剣が汚いとかかる可能性が高いというあたり、やはり傷口からバイ菌が入るとマズいということだろうな。ヒイロはガッツリ脇腹を突き刺されてしまっていたので、確かにそれも気をつけないと……アカが心配そうにヒイロを見ると、その視線に気付いたヒイロは大丈夫だよと言ってアカの手を握った。

 

「あとは捕虜を死なせないようにしないとなんだが、今回は数も多いからなあ。拘束を解いたら抵抗されるかも知れないからこのまま木や柱に縛っておくしかないんだが、数日間放置してたら飢えて死んじまう。動けるやつは飯を食わせて回る仕事があるから覚悟しろよ」


 怪我をしたものは治療に専念、そうで無いものはこの廃村の現状を維持する仕事を割り当てられた。


「まあ仕事は大変だがその分報酬の上乗せは期待してくれていいぞ」


 団長はそう言ってニヤリと笑った。


◇ ◇ ◇


「ホランド団長」

「トマス、お前も寝ておけ。無いとは思うが敵の増援がここを取り戻しにきた場合にはお前にも剣を振ってもらわないと困るんだからな」


 夜、村の中心で見張りをしていた団長の元にトマスがやってきた。


「ああ、少し話したら寝させてもらう。……アカとヒイロは?」

「あいつらは今日は寝かせた。ヒイロは怪我が治りきってないし、アカも魔力の使いすぎでフラフラだったからな」

「そうか。あの話、どう思う?」

「身体強化すると怪我が治るって話か。そんな都合のいい話は聞いたことねえけど本人達がそう言ってるならそうなんじゃないか? 光属性かいふく魔法じゃ無いのは明らかだしな」


 そういって篝火を見る。これは火打石でつけた火だが。


「火属性魔法使いか……本当にそうなのかな」

「それは間違いないだろ。アカが火の玉を出すのは今日何回も見たし、ヒイロだってここから見えるくらいデケェ火柱を出したんだぞ。あれが火属性魔法じゃなかったらなんだってんだ」

「それもそうだけど、怪我の治りといいあの二人は普通の魔法使いとは違うようにも思えてな」

「考えすぎじゃねぇか? 若いのに魔法が使えて武器の扱いも上手いと目を見張る部分はあるがな。いずれにせよ、今回の仕事だけの付き合いだ。深入りはしないことだな」


 トマスは頷いてみせる。別に二人を疑っているわけでは無い。ただ、彼は身体強化をしても傷が塞がる気配がないことから少し気になっただけである。


 そもそも魔力による身体強化とはあくまで戦技を打つときの身体への反動を軽減するためのものであって身体能力を向上させるようなものではないというのがトマスの認識ではある。もしかすると本職魔法使いはそこから違うのかも知れない……怪我が治ったら二人から魔力の使い方を師事して貰うのもいいかも知れないな。そう結論づけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る