第124話 無色の魔力

「ここまでがあくまで基本的な話、属性毎の魔法使いに関する前提みたいな話だね」

「ここからがさっき師匠が言ってた「無色の魔力」についてですね」

「そうだね。まあ言ってしまえば属性因子に染まる前の魔力ってだけの話ではあるんだけど。落ち人達の故郷、要するに地球には魔法使いは居ないのは、おそらく地球には属性因子が存在しないせいだと思われる。これはこの世界に来たばかりの落ち人達が属性を持たないことから逆説的に考えてだけどね」

「落ち人は属性を持たない……つまり無色の魔力を持っているって事になるわけか」

「無色の魔力という意味ではそれこそこの世界で属性に染まる前の赤ん坊も同じなんだけどね。あっちは生後数ヶ月、長くて一年でいずれかの属性になってしまう」

「赤ちゃんが成長していく過程で水を飲んだり陽の光を浴びたりするからってことですよね」

「そういうことだ。だからこの世界で生まれたものは自分で属性を選ぶことが出来ないともいえる。特定の属性を狙ってその因子を取り込むってのは基本的には親が自分の子供に対してやる作業なのさ」

「ああなるほど。それと比べると、落ち人の場合は成長した状態で無色の魔力を持っているから自分の意思で染める魔力を選べるってことですね。師匠が光属性を選んだみたいに」


 アカの言葉にナナミは頷いた。


「そうだね。本来自分の意思では選びようのない属性因子を、落ち人は自分で選ぶことができる。ただ一度属性に染まった魔力はもう無色には戻らないから、アタシを含めていずれかの属性を選択した落ち人はそこらの魔法使いと大差ないってことになるんだ」

「無色の状態であることに価値があるって感じですか?」

「ああ。無色の状態で魔力を取り出せると、それはいずれの属性としても扱うことができる。例えばさっき話したトイレの魔道具は土属性魔法使いにしか作れないと言ったけれど、正確には土属性魔法使いか無色の魔力を持つものにしか作れないということだ。同様に照明の魔道具は光属性魔法使いか無色の魔力、送風機の魔道具は風属性魔法使いか無色の魔力……といった具合だね」

「つまり本来特定の属性の魔道具しか作れないけど、無色の魔力を持つ人はどんな属性の魔道具でも作れちゃうって事か」

「魔道具職人として引くて数多ってこと?」


 ナナミは首を振った。


「残念ながら、赤ん坊と同じく数ヶ月から一年もこの世界で生きれば属性に染まっちまうからね。落ち人本人が魔道具職人になることはまずないだろうさ。だが落ち人にとって問題なのは、人間から無色の魔力を抽出して保管する技術ってのが存在する事だ」

「あ、なんか雲行きが……」

「こわい話の予感がしてきたね」

「右も左も分からない落ち人を監禁拘束して、この世界の属性に染まるまで無色の魔力を抽出し続ける。染まったら殺して捨てればよい。そんな風に考えるやつも世の中には居るのさ」

「思ったより酷い話だったわ」

「それって犯罪ですよね?」

「まあ人目のあるところで拉致しようとしたら衛兵に捕まるかもしれないが、例えばアタシもアンタたちもこの世界で初めて会った人物が実は悪人で、落ち人を捉えて拐おうとするような奴だったとしたら危険を回避できたかい?」


 ああ、そういう事か。落ち人はみな、突然の異世界で戸惑っているし言葉も通じない世界で親切にしてくれた人にもしも悪意があったなら。


「……私達って実はかなり運が良かったんですね」

「そうさね。そして中には運が悪い落ち人もいるってわけだ」


 運が悪かった者達の末路は悲惨なものであっただろう。


「でも、無色の魔力が欲しいならそれこそ生まれたばかりの赤ちゃんこそ危なくないですか? 滅多にお目にかかれない落ち人なんかより、ちょっと街中を探せばまだ属性に染まっていない赤ちゃんはいますよね」

「赤ん坊は魔力の総量が少なすぎるからね。魔力ってのは基本的に体の成長とともに増えていく」

「あ、なるほど。大人で無色の魔力を持つ落ち人が、そういう悪い人達のターゲットになるってことか」

「そういう事。だから落ち人だってことは絶対にバレちゃいけないんだ」

「でも、私達ってもう火属性に染まってますよ。無色の魔力じゃないなら狙われることもないんじゃないですかね?」

「落ち人が狙われる最大の理由が無色の魔力ってだけで、他にも色々とあるんだよ。例えば世界に発展をもたらす者として讃えたがる者、逆に外から異物を持ち込む者として忌避する者……前者はミイラ化して奉ろうとしたがってみるし、後者はこの世界からの排除を試みる。どちらも宗教的なものだけど厄介なことには変わりないね」

「ええっ!? そんな人達もいるんですか!?」

「まあ一部の過激派に限るけどね。他にも落ち人は魔法とも違う不思議な力を持つなんて説もあったりするし、要はよく分からないまま噂が先行してそれに踊らされている奴が居るってことと、トラブルを防ぐなら落ち人だって事は誰にもいうべきじゃないって事さ。わかったかい?」

「「はーい」」


 師匠の忠告に頷くアカとヒイロ。だがここまでの話からひとつ大きな疑問が生じる。


「あれ? でも私達は別に火属性を選んではいないんですけど……」

「それ思った。魔法を習う前の期間、ギタンさん達の村で共通語この世界の言葉を学んでる間に(※)火属性に染まったのかなって思ったけど、別に火に近づいたりはしてないよね?」

(※第2章 第20話)


 これまで属性については先天的なものだと思っていたため自分たちって珍しいんだなぐらいの認識だったけれど、この世界に来た当初は無色の魔力だったとするのであればそこからの数ヶ月で二人の属性が火に染まった事になる。だけど先ほどのナナミ師匠の説明によれば火傷するぐらい火に触れ合わないと火属性とはならないらしい。


 ナナミはそんな二人に呆れたように声をかける。


「アンタたちの場合はそれ以外にも通常と違う点が多すぎる。薄々気づいているんじゃないかい?」

「……まあ、魔法ってすごいなーって言って細かいことを気にせずにここまで来てたりしますが……」

「ここまではそれで良かったと思うけどね。魔導国家に行くのなら一般的な火属性魔法使いと自分たちの違いは分かっておくべきだ。あの国には少ないながらも火属性魔法使いがいて、それに対する研究もされているからね」


 ナナミはまず一本、指を立てる。


「まずひとつ目。アンタたちが自分で言った通り、明らかに発現のプロセスがおかしい。火属性の因子を殆ど取り込んでいないのに火属性に染まっている」


 二本目の指を立てて続ける。


「次に、火を出したあと、自分たちの意思で自在に操っている。自分の属性魔法を自在に操ることは熟練の魔法使いなら不可能ではないけれど、アンタたちの場合は燃え広がり方まで細かく調整したり魔力を断つことで火を消したりもできるんだろう? これは明らかに普通の範囲からは逸脱しているからね」


 三本目。


「自分の出した火はもちろん、火打石で起こした火も熱くないって? 魔法使いが最初に学ぶのは自分の魔法で怪我しないようにする事で、魔法の教科書にも悪い例として火属性魔法使いが自分の魔法で燃えてしまいましたなんて逸話が書いてあるぐらいだよ。百歩譲って自分の火は無意識の制御が出来ているとしても、他の火まで熱くないってのはまあおかしいね」


 四本目。まだあるのか……だんだん不安になってくる。


「他にも魔力を全身に流して使った身体強化したり、怪我を治したり。まあどちらも魔法使いにはあり得ることだけどアンタたちの場合はその効果が高すぎる。普通はちょっと疲れにくくて、普段より傷の治りが早いかな、ぐらいなんだよ」


 そしてナナミは五本目の指を立てる。右手が開き切ってしまった。


「最後に。魔法使いと言っても死ねばそこでおしまいだ。死んだ状態から勝手に身体が治るなんて起こらない。……何のことを言っているかわかるね?」

「私がゾンビってことですかね」

「その発想は嫌いじゃないけど、アンタヒイロは今しっかり生きているだろう。つまりアタシの見立てじゃ、アンタは心臓が止まっても死ななかったってことだよ」

「ああ、なるほど……ってなるかいっ! 心臓が止まったら普通死ぬでしょうが!」


 ヒイロのノリツッコミに、ナナミは苦笑する。


「だからアンタは普通じゃないんだよ。ここまで挙げた五つや、これまでの話を総合して考えると普通の火属性魔法使いとは言えないだろうね」

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