第125話 龍の力
「アンタたちのそれは
「ドラゴンフォース?」
「炎を自在に操り、高い身体能力と自然治癒力を持ち、心臓を潰しても滅せない。まさに龍の力じゃないか」
「そんな自信満々に龍の力じゃないかって言われても、私達は炎龍について何も知らないんですけど」
とはいえ、思い当たる節はある。先日の吸血鬼との戦いでアカの心の内から語りかけてきた――ような気がする――声は明確に「龍になる」と言っていた。
「おやおや、近頃の若い奴は龍のことも知らないのかい」
「いや、私たちはこの世界の事情に疎いので……」
「冗談だよ。まあ龍なんてのは基本的におとぎ話の中にしか存在しない生き物だから、アンタたちが知らないのも仕方ないね。ちょっと待ってな」
そう言って書斎に入ったナナミは一冊の本を持ってきた。
「龍のおとぎ話を知らないって事は、これはまだ読んでないってことだね?」
本のタイトルは「子供向け童話集」とある。
「あー、ごめんなさい。読んでないです」
アカは素直に謝った。別に
「娯楽がない世界なんだ。たまの息抜きにこういうのを読むのも大切だよ。とりあえず龍についてだね……ほら、この辺りだ」
ナナミはパラパラとページをめくると龍についての物語が書かれた部分を開いて本を渡してくれた。アカとヒイロはその物語に目を通す。
――。
――――。
――――――。
はるか昔、人々が国を興すよりもずっとずっと前のこと。この世界の支配者は龍族だった。空も、大地も、海も、そして熱い火山ですら彼らの領域だった。
この世に生きるものは龍か、それ以外か。その二つの種族しか居なかったと言われてしまうぐらい、龍という存在は圧倒的だったのである。
そんな龍達にはさらに彼らを統べる四人の王がいた。
大空を統べる嵐龍王――空を駆ける龍達は彼を王として従った。
大地を統べる地龍王――陸を走る龍達は王の背中を追い続けた。
大海を統べる海龍王――海を泳ぐ龍達は彼を絶対の王とした。
火山を統べる炎龍王――炎を愛する龍達は彼の王の側こそが世界の中心だと信じた。
「龍なのに数え方が何人、なんだね」
「確かに。一匹二匹じゃないわね。それだけ龍という種族が畏れと敬いの対象だったってことかしら」
龍達は世界の支配者であったが、どの龍も自分の王が最も優れていると信じて疑わなかった。だからこそ他の王とそれに従う龍達を互いに敵視していたし、自分たちに従うべきだと考えていた。
しかし王達は争いを好まなかった。王は各々の世界の王であることに誇りを持っていたからだ。王に従う龍達はそれを良しとはしなかったが、王に逆らうわけにもいかず、他の龍を従わせる機会をずっとずっと窺っていた。
「これ、先の展開読めてきたなぁ」
ある時、闇に潜む邪悪な龍が一匹の龍を唆した。お前の王はお前達が傷付かないため、争いを避けているのさ。本当は自分こそが一番だと示したいし、全てを従えたいと思っている。
唆された龍は頭を抱えた。なんということだ自分の弱さが、王の枷になっていたなんて。どうすればよい、どうすれば王のためになる。
――そうだ、王のために行動を起こそう。
始まりがどの龍だったのかはもはや誰にも分からなかった。ただ、龍達は王が止めるのも聞かずに他の龍達と壮絶な殺し合いをした。戦いは百年にも及び、最後まで戦いに加わらなかった四人の王を除き全ての龍は生き絶えた。
四人の王は嘆き、悲しみ、世界に干渉することを止めた。以来彼らは人々が立ち入ることのできない禁域の奥地に引きこもり、今も深い眠りについている。
……。
…………。
………………。
「え、終わり?」
「師匠、さすがにこれは雑すぎやしませんかね!? その激しい戦いがメインの物語じゃないんですかこれ」
ヒイロがナナミに抗議の声をあげた。
「神話の時代の物語だよ。詳細な戦いがかけるもんかい」
「それを言ったら物語なんて書けないでしょうが。それとこの闇に潜む邪悪な龍はどうなったんですか? まさかの投げっぱなしですか?」
「ああ、それは別の物語で輝龍王や闇龍王の話があるからそれを読んでいるとしっくりくるんだよ」
「前提知識が必要なパターンか!」
「というかいまの話、炎龍王のくだりがほんの数行しかなかったんですけど……」
「確かにそうだねえ。龍の力についてはこっちの「騎士と龍の物語」の方が詳しく書かれているね」
アカの指摘にナナミが別の物語のページを開いた。
「ほら、これは龍に攫われた姫を助けに行く騎士の物語だけど、クライマックスでは龍との戦いのシーンがある」
確かに物語の中で龍は炎を自在に操り、どれだけ傷つけても即座に塞がり、さらに心臓を貫いても死ななかったと書いてある。じゃあ騎士はどうやって龍を倒したかといえば、なんと物語の中で騎士は龍を倒していない。
満身創痍になりながら尚も龍に立ち向かう騎士と、そんな彼にかけ寄り愛を囁く姫。そんな二人の真実の愛に絆された龍が、二人に免じて彼らの元を去っていったという結末である。
「ひでぇ話だな。無理やりにでも決着をつけようとか思わなかったのかコレ」
「ヒイロの感想ももっともだけどね。これは多少物語としての脚色はありながらも実際にあったことを元のしているとも考えられているのさ」
「龍が真実の愛に絆されたってところ?」
「人の力では龍に勝つ事はできないってところさ。後世の歴史家によって実際に数百年前に騎士と龍が戦った記録が見つかっているからね。だからこの龍の能力については比較的信憑性が高いとされている」
「へぇ、そうなんだ……」
アカは頷きつつ、ページをパラパラとめくってみる。どうやら龍というのは一貫して「強大で畏れるべきもの」として書かれているようである。昔話、おとぎ話というものには昔の人の教訓が含まれていると聞いたことがあるので、これらにそれが当てはまるのであれば龍とはまるで災害のようなもので、決して手を出してはならないということを後世に強く伝えようとしているといったところか。
「この龍って生き物は今も実在するんですか?」
「ああ。例えば魔導国家にある地下洞窟の奥深くには地龍王が眠っているし、北の大陸の僻地にある火山には炎龍王が住んでいるとされている。飛行機や潜水艦はこの世界に無いから、嵐龍王と海龍王は見つかってないけどね」
「それは討伐しないんですかね」
「さあねえ。さっきも言った通り人の力では龍に勝つ事はできないってのが常識だからあえて討伐しようなんて思う人間はいないんじゃないかい」
そんなもんか。
「それで師匠は私たちは火属性魔法使いじゃなくてこの龍の力を使っているって考えているわけですね」
「ああそうだ。ひとつかふたつならまだしも、これだけいくつも特徴が一致すると偶然とは思えないからね」
「仮にそうだとして、私たちっていつ龍の力を得たんですかね?」
「むしろアタシが聞きたい。そんな、人の身に余るような強大な力をアンタたちは一体どうやってその身に宿したんだい?」
そんなこと言われても。アカは隣のヒイロを見るが、彼女も首を振るだけであった。
「思い当たる節って何もないんですよ。龍の力どころか、現物を見たことすらないし」
「私達が落ち人であることと関係あるのかな?」
「自覚無しか。まあ有ったら今まで火属性魔法使いのつもりで来てないだろうしねぇ」
「やっぱり師匠の考えすぎじゃないですか?」
ナナミはやれやれと肩をすくめる。
「別にそれならそれでいいんだけどね。ただ問題は、真偽はどうあれちょっと知識のある人間にはアンタたちが龍の力を持っていると思われるリスクがあるってことだよ」
「龍の力を持ってると思われるとまずいんですか?」
「芋蔓式に落ち人であることがバレてしまうかもしれない。龍の力そのものも全く未知のものだし、どうあっても面白い展開にはならないと思うよ」
「それは……困りますね」
「じゃあもう人目のあるところで魔法は使わない方がいいのかな?」
「全く魔法を使えないってのも不便だろう。まあ心臓刺されて復活なんてことはやらない方が良いだろうけど、それ以外は誤魔化せる部分も多い。どこまで人前で使って良いかはぼちぼち実戦で試しながら調整していくかね」
「実戦ってことは、つまり……」
目を輝かせるヒイロに、ナナミは頷いた。
「ああ、言葉はもう問題ないからね。ツートン王国で冒険者デビューだ」
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