第123話 魔法の話:ひさしぶりの説明会

 さてはて、この世界に来て共通語を学んだ時は(※)およそ十日で最低限の日常会話を、季節ひとつでほぼペラペラになったアカとヒイロであるが、今回魔導語を学ぶにあたってはその半分ほどの期間で新しい言葉を凡そマスターした。

(※第2章 20話)


 文法や単語の雰囲気が似ている事から、ゼロから学ぶよりはとっつき易かったことと、何よりナナミの家には本が豊富で勉強が捗った事なども大きい。


 ナナミに言わせればまだ「イントネーションに共通語が母国語の人間特有の訛り」が抜けきっていないらしいが、これは暫く魔導語を使い続けていれば自然と抜けるとのことだ。


「というか私達の母国語は日本語なんだけどね!?」

「前にも言ったけど、外では日本語は使うんじゃないよ。落ち人だってバレたら面倒なことにしかならないんだから」

「そういえばその理由を聞いてなかったんですけど、どうして落ち人ってバレるとまずいんですか? まあ珍しいっていう意味ではあれですけど、正直私たちって日本の科学技術を持ってるわけでもその知識があるわけでもないじゃないですか」

「そうでもないさ。例えばアンタたちが話してくれたインターネットやらスマホやらってのはその概念だけでこの世界よ常識をひっくり返しかねない。理論はわからなくても魔法の力で似たような現象を起こせるかもしれないし、魔道具にすることができれば一般人にまで流通することになる。実際、過去の落ち人によって銃や大砲が作られて戦争の形態が大きく変わったりしている」

「ああなるほど。原理を魔法で補うことで同じような事が出来るって事か」

「とはいえインターネットやスマホは作れなくない?」

「例え話だよ。アンタたちには当たり前としてある概念が、この世界の人間には革新的に映る可能性があるってことだね」





それに落ち人が持つ「無色の魔力」は存在そのものに価値があると言われているからね」

「無色の魔力? なんですかそれ?」

「そうだねぇ。ちょうどいい機会だし、今日は魔法について教えてあげようか」


◇ ◇ ◇


「まず二人にどこまで知ってるかの確認を込めて質問だ。この世界の魔法には属性という概念があることは知っているね」

「はい」

「具体的には?」

「火、水、土、風、光、闇の六属性ですね」

「それだけかい?」

「え、あ、はい。そう聞きましたけど」

「実は厳密にいうともうひとつある。それが無と呼ばれる属性だ」

「属性がないってことですよね?」

「ああ。だがこれを持つものは数万人にひとりもいないと言われている。何故なら人が持つ魔力っていうのは自然といずれかの属性に染まっちまうからさ」

「染まる?」

「そうさ。まずは基本的な話からしよう」


 ……。


 この世界の人間は生きていく中で魔力が火水風土光闇いずれかの属性に染まる。親からの遺伝もあるが環境要因が強く、乳幼児期にどの属性の魔力に触れたかで属性が決まる傾向が強い。そのため母親が属性を持った魔法使いの場合は母乳や抱っこによる触れ合いなどでその属性の因子を吸収することでほぼ確実にその属性になるし、母親が魔法使いで無くてもいずれかの属性の魔力は持つので、四六時中一緒にいる母親と同じ属性になる可能性は高い。


「ただ、乳幼児期に意図的に特定の属性の因子に触れさせることでその属性に魔力を染めることも可能であることは実証されているんだ」

「属性の因子に触れさせる?」

「水を飲ませたり沐浴を頻繁にさせれば水属性に、日光浴を多くさせれば光属性にと言った具合さね。各属性への染め方と一般的な属性毎の認識はこんな感じさ」


 

火属性:火に直接触れるか、そうで無くとも至近距離に長時間居ることで火属性に染まる。火傷は必至だし、命の危険も大きいのであえて自分の子供を火属性にする親はまず居ない。火属性魔法使いが殆どいないのはこれが理由。

 戦いに使うには使い手の多い水魔法に弱く、また日常生活で使う場合でも火打石や松明で事足りるとされるためそういう意味でも人気は無い。


「私たちの属性、酷い評価だ」

「そうね……でも使い手が少ない理由はそういうことだったのね」



水:水を多く飲む、沐浴を頻繁に行うなどして水を多く体内に取り込むと発現する。わかりやすい上にリスクも少ない。また、水を飲まない赤子は居ないので遺伝以外では後述の光属性と並んで染まりやすい。

 戦いでは火属性に強いことは大したメリットにならないが、弱点となる土属性使いは多く無いので相対的に苦手は少ない。日常生活では「水が出せる」というただ一つの利点があまりに便利なのでぶっちぎりで人気属性。井戸と家の往復が不要になるし、旅をする際にも飲み水の心配がないということは頼もしいことこの上ない。


「ただ、水魔法で作った水は飲めるけど美味しくないんだ。特にこれでお茶を淹れるとなんとも言えない味になる」

「真水は美味しくないっていうやつかしら?」

「ああ、ミネラルとかがまるで含まれてないから味がしないんだっけ」

「そうそう、そんな感じ」

「まあ水に困らないだけで十分ありがたいけどね。因子への染まりやすさも相まって、人気で使い手も多い属性さ」



土:土を多く触れたり、身体に取り込むと発現する。貧乏な家の子供が草の根や芋などを食べるとそこについた土の気を取り込む事になり発言するため、貧乏属性と言われている。

 地面の形を変えたり、そこから武器を作り出したり出来るので戦闘面の応用力は高め。生活面では、地面を操れるのは土木工事で非常に役に立つので職人に使い手が多い。


「あとこれはすごく大切な話なんだが、トイレに置いてある汚物を無くしてくれる魔道具があるね? あれは土属性由来のもので、土属性の魔法使いにしか作れないんだ」

「えっ!? 一番大事な魔法じゃないですか!」

「そうだろう? 地面に穴を作って、そこに溜まった汚物を効率よく分解して土に還してくれる。これを土魔法使いが作った魔道具で実現しているのさ。うちのトイレにもついてるが、あれは性能がいいタイプだからひとつで金貨1枚100万円はくだらないからね」

「うわぁ……だからこのうちのおトイレって臭くなかったんですね」


 最低レベルの、とにかく汚物が溢れない程度の処理速度の魔道具は安いけれどその分穴の中に長く残るのでトイレ自体が物凄く臭い。しかしナナミの家にある高級品はあっという間に分解してくれるのでトイレがいつでも綺麗で臭くなりにくいというわけだ。


「この世界のトイレって臭いよねってこれまでずっと憂鬱だったのが、師匠この家のトイレが快適すぎてもう街の宿屋に行けないって思ってたんだよね……」


 あまりに臭いので基本的にトイレにいる間は息を止めていたし、身体に臭いがつくのが嫌で一日一回、風呂の前に行くという習慣が身についていた。


「そうさ、生活に必須の属性。そのわりには火属性ほどでないにせよ使い手が少ないから重用されるんだ。水や光人気属性からしたらそれも面白く無くて貧乏属性なんて揶揄する風潮があったりするわけだね」

「属性毎の選民意識みたいなのがあるってことですか」



風:空気の流れにあたり続けると発現する。地域によっては年中風が吹いていたり特定の時期に季節風が吹くのでそれを受けることで染まったりする。

鎌鼬のように不可視の鋭利な刃にしたり、風圧の壁を作ったりと実はかなり戦闘向け。生活魔法としては実は火と同じくらい使い道がないが、熟練の魔法使いは絶えず自分を浮かせる風を出し続ける事で空を飛ぶ事が出来る。


「風魔法使いは空を飛べるんですね。一番魔法使い! ってイメージと重なる感じがするなあ」

「熟練の魔法使いは、だね。かなり微細なコントロールが必要らしくて素人が無理して空に投げ出されて墜落死するのも良くある事故らしいから、飛べるのはほんの一握りさ」



光:陽の光を多く浴びる事で発現する。つまり乳児期に日光浴を多くさせれば光属性に染まりやすいというわけで、物凄くわかりやすい。

 光属性の魔力には傷を癒す力がある……つまり回復魔法を使えるというわけで、水属性と並んで大人気な属性。


「あと、光属性魔法使いは身体強化が得意なんだ。その影響か身体の老化が遅いって言う特徴がある。アタシが歳の割にこんな見た目なのはその影響が大きいのかもね」

「身体強化は光属性魔法だと得意なんですか。じゃあ私たちは苦手属性だけど頑張って使ってるって感じなのかな?」

「アンタたちの場合はちょっと事情が特殊っぽいから、ここではいったん置いておこうかね。最後に闇属性だ」



闇:光の逆で、暗がりに長く滞在させる事で発現するが、同時に他の属性の因子も避ける必要があるため狙って発現するのが意外と難しいとされる。薄暗いスラムで過ごす子供などに発現する事が多いとも言われており、それが理由で属性自体の印象が一般的に良くない。また、闇に潜む盗賊や暗殺者などにも闇属性の者が多くに悪いイメージを助長している。

 闇属性は大体光属性の逆の事が得意で、他人の身体能力を低下させ病にかけたり傷を腐らせたりといった魔法が多い。かつては他人を魔物にする魔法すらあったが現在は失われているとされる。


「ドワーフの坑道で私やドワーフの戦士たちを魔物に変えたのが闇属性魔法って事なのかな?」

「吸血鬼族は闇を好むって言い伝えがあったから、可能性は高いね。この属性も不人気だからあまり研究が進んでいないんだよ」

「人気の属性は水と光ですよね?」

「そうさね。使い手が多いということはそれだけ研究されていて、いろんな魔法や魔道具が開発されている。人数比で言えば水と光がそれぞれ四割ずつ、風と土が一割ずつぐらいかねぇ」

「火と闇は?」

「どっちもごく少数のコンマ数パーセントじゃないかい」

「そこまで少ないのかぁ」


 自分たちの火属性魔法はよく珍しいと言われ続けてきたが、その理由をようやく実感したアカとヒイロであった。



第123話 了

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作者より

連載開始前に作ってちょいちょいチラ見せしてきた属性の設定ですが、123話にしてついにお披露目できました笑

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