第128話 反省会(※)

 ナナミは外食より自炊派のため、家に帰ってご飯の支度をする。ちなみにこの世界の調味料を組み合わせてなんとなく日本時代の味付けによせた料理を作るため、アカとヒイロはこの非常にしっかりと胃袋を掴まれているし、最近はアカもしれっと台所に立ってこっそり料理の腕を盗もうとしている。


 ヒイロはひとりリビングで武器と防具のお手入れをしていた。


「うーん、メイスの先は金属だから大丈夫だけど、柄の部分はやっぱり傷んでるなぁ……。防具も、火に強い素材って謳ってる布と革だったけどかなり焦げてるし。ちゃんと自分たちの周りには火が来ないようにしたつもりだったんだけどなあ」


 虎との戦いでは武器と防具が燃えないように注意して炎を操った。しかし火だるまになった虎にしがみついて逃走を図った時に「虎は燃やしつつ自分たちの周りは燃やさない」なんて精密な調整ができなかったこともあり、この街で新調したものも含めて、装備一式がしっかり焦げてしまっている。


「もっと火に強い素材じゃないと厳しいかなぁ」

「それは黒蜥蜴鰐くろとかげわにの革製だから、この辺りで手に入る素材の中じゃあ十分に火に強いよ。それ以上を求めるならそれこそ超高級素材が必要になるね」


 焦げた装備を前にぼやくヒイロに、料理を運んできたナナミが声を掛けた。


「ほれ、出来たよ。そっちは一度片づけな」

「はーい」


 ヒイロは広げた装備を手早くしまうと、手を洗い食卓についた。


 ……。


 …………。


 ………………。


 食事も終わりいつものお茶を飲みながら、いよいよ今日の反省会だ。


「アンタたちから話を聞いて、こっちが想像していたぐらいには動けていたね。身体の動かし方や魔法の扱いは一人前の域に達していると言っていいだろう」

「あ、ありがとうございます」


 まずは二人を褒めてみせるナナミに、アカは素直に礼を言った。


「ただ戦い方としてはお粗末なもんだ。さっきヒイロが装備を見ていたけど、アンタたちはちょっと苦戦すると装備を黒焦げにするのかい」

「うっ……」


 わりと、図星である。


「あんな戦い方していたら装備がいくらあっても足りないよ。まさか戦い終わったあと、外でスッポンポンになるわけにもいかないだろうに」


 ああごめんなさい、お外でスッポンポンになったこと、何度もあります……。改めて指摘されると恥ずかしくなってアカとヒイロは顔を赤くして俯いてしまった。そんな様子を見てナナミは状況を察する。


「せっかく火を自在に扱えるんだ。無意識でも自分の服が燃えない範囲に調整できるように訓練は必要だね。そういう練習はしてないだろう?」

「はい、本当に、その通りですね……」

「まあ下着とインナーぐらいは耐火特化の服にするって手もあるがね。例えば溶岩蛇の抜け殻を細い糸に加工して編んだ布で作った服なんかは火属性魔法でも燃えることはないっていうよ」

「溶岩蛇の抜け殻?」

「聞いたとこないね。どこで採れるんですか」

「そりゃあ溶岩さ。超希少素材だからパンツ一枚で家が建つぐらいの金額になるとは思うけど、欲しいかい?」

「パッ……!?」


 パンツ一枚で家が建つって、他の部位や予備、そして二人分を用意したら街が建ってしまうというレベルじゃないか! さすがにそこまでするのであれば素直に自分たちのスキルアップに励んだ方が良さそうだ。それを告げるとナナミは当然だと頷いた。


「だいたいアンタたちの炎は龍の力の可能性が高いからね。溶岩蛇の抜け殻だって燃えない保証はないだろうし、あっても気休めにしかならないだろうさ」

「いやいやそれでもいざという時にスッポンポンにならなくて済む保険があるならそれはそれで欲しいですけど……」

「ちょっと高すぎよね」

「でも家を建てる覚悟でパンツ一枚だけでもっ……いや、無理かぁ……くぅ……っ」


 ヒイロは断腸の思いでパンツを諦める。


「さて、いつまでもパンツの話ばかりしてられないよ。アタシが気になったのはアンタたちの攻撃が数パターンしかない事だ。まずメイスでの攻撃だね。振り下ろすか、振り払うか。この二つしかないじゃないか」

「メイスってそういう武器でしょうに」

「大別すればそうだけどね。例えば持つ場所を変えてリーチをずらす、柄の方で殴る、あえて突きを入れる、みたいな攻撃のバリエーションがないね。多少フェイントを入れていたけど、虎たちには完全に見切られていたよ」

「当たっても大したダメージにならないような、そんな大道芸みたいな技、要ります?」

「きちんとダメージが入る技に昇華させられないなら意味は薄いかもしれないね。だけど全くの無駄にはならないと思うよ。この手の技はに使える」

「ズラし、ですか?」

「ああ。アカ、奇しくもアンタが最後の数分間でやっていた事だよ」

「最後の数分って、魔力が無くなってヒイロからわけてもらった分を必死でやりくりしてたあれの事ですか?」

「ああ。アンタは魔力の節約のために身体強化をギリギリまで無くして、それが虎たちには魔力切れに映ったんだろうね……ヤツらは攻撃が一気に一辺倒に、しかも深く踏み込むようになった。アンタはそこでほんの一瞬身体を強化する事で虎たちの意識を完全にズラす、つまり不意をつく事に成功した。つまり魔力切れを偽装してヤツらに力を誤認させたんだよ」

「魔力切れは偽装じゃなくて、本当にカツカツだったんですけど」

「結果的にそうなったって事さ。アンタたちは、基本的には全力で戦って短期決戦で戦う癖がついてそうだね。例のこの世界で戦い方を習ったって人にそう教わったのかい?」

「そうですね。獲物を仕留めるときは中途半端に加減して手負にする方が危険って習いました」


 ギタンの教えを思い出してアカが答えると、ナナミは頷いた。


「なるほどね。相手がたった一体ならそれも間違いじゃない。だけど周りに見られている状況でいきなり全力を出すのは良くないね」

「虎たちが、私たちの動きを見て強さを測っちゃったってことですね」

「ああ、そういうことさ。そこでヤツらは無理に攻撃するのは危険だと悟って交代でのヒットアンドアウェイに切り替えたのさ。これが、はじめから最後の数分のように相手に手の内を見せない戦い方をしていたらものの数分であそこに屍の山を築くことができただろうね」


 ナナミの言うことの理屈は分からないではないのだけれど……。


「それが出来れば苦労はしないというか」

「うん。さっきの虎との攻防……あんなギリギリの戦いを常に強いられるのはご勘弁願いたい、かな」

「だから戦術としてズラしをできるようにおなりって話なんだよ。炎も口から吐く時に大きく息を吸い込むクセを無くさないと、素早い相手には当たらないよ」


 ……。


 …………。


 ………………。


 その後も細かいダメ出しが続いた。ナナミの指摘はどれも的を射たものではあったが、だからこそ、叱られる事に慣れていないアカとヒイロには堪えたといえる。


 アカの場合はまだ運動部時代に顧問や先輩から多少しごかれた経験があったものの、そういう場面を要領良くかわす事に長けていたヒイロはナナミのガチ指導――後半になるにつれて熱が入って来て、軽口を返す余裕も無くなってしまった――に、精神力を削られてしまった。


 そして、そんなヒイロが布団でアカを求めたのはある意味で必然であったとも言える。そもそも昼間、魔力の口移しをしたためムラムラ気味ではあったわけで。


「……ちゅう……ん、ちゅう……」

「ん……、ぷはぁ、 ……ヒイロ、ダメよ……隣の部屋に聞こえちゃうわ……」

「声だすのだけ、我慢すれば大丈夫だよ」

「それが出来ないから、言ってるの……っんむ!」


 アカの抗議をキスで塞ぐヒイロ。


「じゃあ、キスだけ」

「それだけで終わったためしがないクセに……はぅっ!?」

「だってアカのここ、もうこんなになってるじゃん……」

「ばかぁ……、あっ、だめ……あっ、あっ、あんっ!」


 必死に声を抑えながらも、ヒイロに触られた部分の快楽に抗うことが出来ない。アカは声が漏れないよう、シャツの端を口に咥えてヒイロを見上げる。その表情がヒイロの嗜虐心を刺激して、彼女の手はますますアカをいじめる事になってしまった。


「アカ……、私のも触って?」


 ヒイロがアカの手をとり自分の敏感な箇所に導く。アカは涙目でコクコクと頷いて、ヒイロをやや乱暴に弄った。


「あぁんっ、そこ、好きぃ……」


 ……。


 …………。


 ………………。


 翌朝。ナナミはいつも通りの顔で朝食の準備をしていた。よかった、バレてない。そう思って食卓についた二人であったが、


「さて、今日からは昨日指摘した部分を直せるようにビシバシ鍛えていくよ。何せ夜にまだまだ動ける体力があるらしいからね」


 澄ました顔で宣言するナナミに、顔を真っ赤にして頷くしかないアカとヒイロであった。



第128話 了

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作者より

恒例のえっちシーンを挟んで、第9章はこれにて終了となります。この章はこれまでの振り返りや今後に向けての準備といった位置付けで比較的平和に進行しました笑。

10章からはまた二人(+師匠)の旅が大きく動く予定ですが、更新再開をのんびりとお待ちいただけると幸いです。

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