第127話 大角虎との決着
虎の群れとの戦いは既に一昼夜を超えていた。丸一日戦い続けて体力も魔力も限界に近いアカもヒイロであったが、実は虎たちもジリジリと追い詰められている。
虎たちからしてみれば、相変わらず致命傷は避けているもののこちらの攻撃は相変わらず効いていない。カウンターによるダメージはじわじわと蓄積して、群れの半分以上の個体は重傷を負って既に戦線を離脱しているのだ。群れを束ねる主の本能はこれ以上戦いを続けるべきではないと警鐘を鳴らしていた。
だが最初に二頭の仲間が殺されていることもあり、この「もう少しで倒せるかもしれない状況」を投げ捨てる決断もできずにいた。
結果的にお互いに消耗戦となり拮抗を生み出している。
「だけど、もう終わりかね」
状況を見守り続けたナナミが呟く。虎たちに撤退を決断させるより先に、ついにアカの魔力が尽きたのだ。
身体強化が維持できなくなったアカの動きが明らかに遅くなる。好機とみた虎がその喉元に喰らい付かんと飛びかかった。
「チッ!」
なんとかメイスを持ち上げて牙を防ぐが、勢いを殺し切れずにそのまま押し倒されてしまう。虎は前脚でアカを地面に押し付けるとその頭を噛み砕こうと身を乗り出す。
「アカッ!」
状況に気付いたヒイロが慌てて炎を放つ。アカの上に跨っていた虎は引き時を誤り、ヒイロの放った炎に全身を包まれる。
― グギャアァァァアッ!
ここにきて漸く、実に丸一日ぶりに敵の数を減らせたわけだが、しかしそれは二人の窮地を覆すには至らなかった。なんとか起き上がったアカの魔力は既に空っぽだし、ヒイロだって今の炎でほとんどガス欠である。
ここが潮時、撤退する必要があると判断したヒイロは、素早くアカを抱き抱えるとそのまま炎に包まれた虎に跨った。全身を炎に包まれた虎はヒイロが背中にいる事にも気付かず、水場を求めてそのまま全力で駆け出したのである。
周りの虎たちは獲物が背中に乗っていると分かりつつも、炎に包まれていては手を出す事は出来ない。アカとヒイロは虎たちが取り囲むように並んでいた包囲網を、炎上する虎に乗ってまんまとすり抜ける事に成功した。
「よし、このまま少し距離をとったら一気に駆け抜けて……」
ヒイロの誤算は、この虎の体力が既にほとんどなかった事である。
ズサァッ!
「ほぇっ!?」
「きゃあっ!」
包囲網こそ突破できたが、そこから百メートルも走らないうちに虎は力尽きてしまい、その場で倒れ込むように転がった。背中に乗っていたヒイロとアカはそのまま宙に放り出され、全身を地面に強く叩きつけられる。
ゴロゴロゴロ、と地面を転がった二人がなんとか身体を起こすと、残りの虎たちが猛然と追いかけて来ているところだった。
「しくじったか……アカ、怪我はない?」
「だ、大丈夫、ヒイロは?」
「なんとか。っていうかそろそろ師匠が助けてくれて良く無い?」
「スパルタだね……」
へへ、と笑うアカにヒイロは唇を重ねる。
「んんっ!?」
「んっ……、ぷはあ。 魔力は?」
「……あんまり。だけどまあ、動けるくらいには」
「良し。ピッタリ半分こだから、大事に使ってね」
アカはヒイロから渡された魔力を確認する。正直雀の涙で、燃費のいい身体強化であったも数分と保たないぐらいだ。つまりヒイロも限界ギリギリであるという事。
「追いつかれちゃったし、やるしか無いか」
「師匠ー、はやくたすけてー」
改めてメイスを構える。
仲間を燃やされた上に逃げられそうになったことに怒る虎達。その一匹が真っ直ぐに飛び込んでくる。アカは魔力の節約のためギリギリまで素の身体能力で避けようと身体を逸らす。だが虎からすれば今更身体強化のない動きなど、ほとんど止まっているかのような遅さである。今度こそトドメを刺そうと飛び掛かってくる虎に対して、攻撃が当たる直前にほんの一瞬だけ身体強化して攻撃をかわし、これまで同様にカウンターを叩き込む。
―ギャウッ!
あれ、思ったよりも与えたダメージが大きい? だが深く考える暇や、その場に突っ伏した虎に追撃をする余裕はない。顔を上げて次の攻撃に備える。次の虎の攻撃も先ほど同様、ギリギリのタイミングで身体強化して反撃をする。
託された僅かな魔力を、爪に火をともすように大切に使うことで、少しでも長く戦う。
……。
…………。
ガスッ!
「次っ!」
ボコッ!
「次っ!」
ドカッ!
「次っ! ……あ、あれ?」
無心でメイスを振り続けたアカ。次の虎の攻撃に備えて顔を上げるが、気が付くと攻勢が止んでいた。
「次の虎は……?」
「はぁ、はぁ、はぁ……。いつのまにか、残りの虎たちは逃げたみたいだね」
「ヒイロ」
隣に立つヒイロが肩で息をしながらアカにもたれかかってくる。冷静に辺りを見ると、ヒイロの言う通り虎の群れは姿を消していた。二人の周りには数頭、動かなくなった虎の亡骸がある。
「とりあえず合格ってところかね」
「師匠!」
「危なくなったら助けに来てくれるって言ってたのに!」
感心した様に現れたナナミ。思わず本音が漏れたヒイロは慌てて口を塞ぐ。ナナミは意地悪そうにヒイロを睨むと、二人に魔法をかけた。
「魔力の自然回復速度をあげる魔法だよ。そこまですっからかんになっていると気休めにしかならないだろうけどね。さて……」
ナナミは辺りに転がる虎の死体を数える。
「七、八、九……、ぴったり十体か。最初は群れに四十頭ぐらいいたから、丸一日かけて四分の一か。二人きりで大角虎を十頭討伐と言えば聞こえはいいがねぇ」
「なんか含みのある言い方ですね」
「最後の数分の動きが初めからできていたら、最初の三時間でこの二倍は狩れただろうねぇ。まあ反省会は街に帰ってからにしようか。まずはコイツらを街まで運ばないといけないからね」
「光魔法で簡単に運べたりはしないですか?」
「運べるさ。身体強化して全部担いで持ち歩けばいい」
それっていつもの私たちと一緒だよねとヒイロが小声で同意を求めて来たので、アカは苦笑しつつ頷いた。
……。
…………。
………………。
アカとヒイロの魔力の回復を待ってから、三人で大角虎の死体を担ぐ。
「状態のいいやつを一人ひとつでいいよ。あとは獣達が勝手に処分してくれるさ」
「せっかく倒したのに勿体なくないですか?」
「目的はアンタ達の腕試しだったわけだし、ギルドからの依頼達成には一体で十分だ。あとの二体はオマケだね。そもそもこんなでかい虎を一人で二つも三つも担げないだろう」
別にお金に困ってるわけじゃないしね、と続けるナナミ。一体で
◇ ◇ ◇
街に戻りギルドに虎を納品する。受付嬢は「ああ、ナナミさんの荷物持ちだったんですね」と笑って受け取ってくれた。
「私達じゃ虎は倒せないって決めつけてたね」
「それでも達成の成果としては認めてもらえたからいいじゃない」
「大角虎の討伐は、一頭でもBランク冒険者のパーティが推奨されるからね。複数頭の討伐となればまさかDランクの新人が倒したとは思わないだろうさ。まあコツコツ実績を積み上げればBランクまでは上がれるから、どう思われてようと気にすることはないよ」
「Bランクってかなり上澄みじゃないですか。そこまでいけるかなぁ……」
「いってもらわないと困るからね。まあ頑張りな」
「Bランクにならないと困るんですか?」
「ああ。詳しい話はまた今度。今日はもっと大事な話があるからね」
「大事な話?」
ナナミはアカとヒイロを見てニヤリと笑ってみせた。
「そりゃあ反省会に決まってるだろう。しっかりダメなところを指摘してやるから覚悟して聞くんだね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます