第15話 人里を目指して
三時間ほどだろうか、黙々と歩き続けたアカ達だったけれど、いよいよ不安が大きくなってく
「まだ、スマホは繋がらないわよね?」
「うん。圏外のまま」
「どれだけ歩いたかな」
「10kmくらい……? 結構歩いたと思うけど、全然景色が変わらないよね」
「私達、札幌近郊にいるんだよね?」
「朱井さん、それなんだけど……」
ヒイロはポケットからスマホを取り出してアカに手渡した。
「地図アプリ? 圏外だと使えないんじゃ無いの?」
「あらかじめ家でダウンロードしておいたの。毎回通信するとギガが勿体無いよってお兄ちゃんからアドバイスされてて」
「そんなこと出来るんだ。じゃあ私たちがどこに居るか分かるの?」
だったらこんな風に何時間も歩く前に教えてくれよと内心思った。
「ううん、GPSが無いから自分たちの居場所は分からないの」
「ああ、そういうことか。だったら見ても仕方なく無い?」
「そうなんだけど、私達3時間近く歩いてきて10kmぐらいは歩いたじゃない? だけど見渡す限り平原が広がってるから流石におかしいなって思ったの。前に聞いたことがあるんだけど、地平線って大体5km先くらいまでしか見えないらしいんだよね」
「それは私も聞いたことがある気がする」
むかし何かの授業で先生が雑談として話していた記憶がある。先生は4kmちょっとって言っていた気もするけど、まあそのあたりの誤差は今は重要では無いだろう。
「それで、最初に周囲5kmが平原で、そこから10km歩いてさらにこの先5kmも平原が続くとなると、最低20kmは平原が続いてるって事になるよね?」
「うん」
「流石にそれっておかしいなって思ったの。そんな平原が続いてて道路や電柱のひとつも見つからないなんてって」
「でも、現にこうして周り一面平原だけど」
「それで今改めて地図を見たんだ。そうしたら、そもそも札幌の周りには平原なんてないんだよ」
「はぁ?」
こいつは何を言っているんだろう? そう思うアカに対してスマホの地図を操作してみせるヒイロ。
「ほら、札幌の近く……っていうか、新千歳空港から札幌市周辺まで見ても平野部はほとんど街か、そうでなくてもきちんと区画整理されて農業用地になってるの」
「それ以外の部分もあるように見えるけど」
「こういうところは、全部山。それすら最低限の道路はあるところがほとんどだけど」
茜坂は何が言いたいのだろう。
「つまり、どういうこと?」
「ここは、札幌の近くじゃ無いって事だと思う」
「はぁ? 何を言ってるの?」
「帯広か釧路か、その辺りかもしれない。その辺りならこんな平原もあるのかも……」
「帯広、釧路って北海道の反対側じゃない! 私達がバスから落ちて、気を失っていたのはほんの15分だよね? その時間でそんな遠くまで移動させられたってこと!?」
「私だって何がなんだかわかんないよ! だけど少なくともここは札幌じゃ無いと思うって話!」
思わず詰め寄ったアカに、ヒイロも叫ぶように言い放つ。
「……ごめん、茜坂さんだって混乱してるよね」
「あ……こちらこそ大きい声出して、ごめんなさい」
この場で喧嘩したところで仕方がないし、そもそもヒイロは地図と周辺の矛盾を指摘して次に高そうな可能性を口にしたに過ぎない。アカは詰め寄った事を謝ると、どうするべきか思案する。
仮にここが札幌近郊では無いとして、それでも立ち止まっているわけにはいかないだろう。ここまで歩いてきた方向に戻ったところで向こう10km以上は景色の変わらない平原だ。
「茜坂さんの言いたい事はわかったけど、ここがどこであれとりあえず何か目印になるものが見つかるまではこのまま先に進むってことでいいかしら?」
「私もそうするしかないとは思う。ただ、都合良く市街地に出られるかは分からないけど」
「それはそうだけど、とにかく何か変化が欲しい」
「……うん、そうだね。わかった、行こう」
「茜坂さん」
「なに?」
「どんな事態になっても、恨みっこなしってことで」
よく分からないまま遭難? してしまっている状況だけど、これはお互いに非があるわけではない。この先もしも事態が悪化しても、それは二人で決めたことである。
何が起こるか分からないけれど、土壇場で責任のなすり付け合いをするのは避けたかったアカは、あえてそれを口にした。
「分かった。二人の責任って事だね」
ヒイロは頷いて、アカの隣に立った。二人は頷き合い、改めて歩を進める。
◇ ◇ ◇
その後、さらに二時間ほど。ひたすら歩き続けるとようやく景色が変わった。荒れた大地に大きな岩が無秩序に転がっている。そして進行方向の先には大きな山がそびえていた。
「このまま進んでもあの山に向かうだけかなぁ」
「そうかも。なんて山の名前ですら分かんないし」
事前に調べていた札幌の有名や山、藻岩山とか大倉山ではない事は確かだ。
「山に向かっても街には着かない……よね?」
「たぶんね。ということは最初に向かうべき方向は逆だったかしら」
「朱井さん、ごめんなさい……」
「茜坂さんのせいじゃないって言ったでしょ? こっちに向かう事は二人で決めたんだから」
とはいえ、五時間ほど歩き続けの体力はもう限界に近かった。適当な岩に腰掛けて足を休ませる。
「ローファーでこの距離はしんどいわ……」
アカは靴から足を出してマッサージをする。足先からふくらはぎ、太ももまで揉みほぐして少しでも疲れをとる。一方ヒイロは岩の上で足を伸ばしてはいるだけだ。
「茜坂さん、足マッサージしなくて平気?」
「え? あ、うん。私は大丈夫だよ」
「意外と体力あるんだね。でも疲れてないようでも筋肉は固くなってることあるし、ストレッチやマッサージはした方が良いよ」
「でも私、やり方わからないし」
「じゃあ私がやってあげる」
よっと立ち上がってヒイロの方へ寄っていく。
「そんな、悪いよ!?」
「大丈夫、部活でよく他の子の足マッサージしてるし」
「でも汗かいてるから、臭うかもだし」
「慣れてる慣れてる」
慌てて手を振るヒイロを制して脚を掴むアカ。手際良くローファーを脱がせて足を触った瞬間、違和感に気付く。
「濡れてる……?」
「……痛っ!」
小さく悲鳴を洩らすヒイロ。アカが慌てて自分の手を見ると、微かに赤く染まっている。
「茜坂さん、靴下脱がすよっ」
「え、え?」
許可を得る前に、ソックスを脱がせる。ヒイロの足は豆が潰れて血に染まっていた。
「……いつからこうだったの?」
「わかんない。こんなに歩くことあんまり無いから、ちょっと足が痛いなー、なんて」
「こんな血だらけで、ちょっと痛いで済まないでしょ!」
「でもほら、ここまでは我慢できたし」
うっかりしていた。茜坂はサッカー部でもマネージャーなんだから、普段から足を使っている陸上部の自分と同じペースで歩ける筈がなかった。足がこんな風になるまで、泣き言ひとつ言わずに自分に合わせて歩いてきたんだ。
「……ごめん、私のせいだ」
「朱井さんは悪くないよ」
「ううん、私が気付かないといけなかった」
これだけ血が出ていると言うことは、足を庇うような歩き方をしていた筈だ。だというのに隣にいた自分はその異変に気付かず……、ううん、茜坂の事を気にかけすらしなかった。こんなに悪化する前に休むべきだったんだ。
「応急処置だけど」
アカはブレザーのポケットからウェットティッシュを取り出す。
「しみるけど我慢してね」
ウェットティッシュでヒイロの足の裏を綺麗にする。ヒイロは痛そうに涙を浮かべるが仕方がない。一通り拭き終わると、ハンカチを取り出して軽く巻いて、その上からソックスを穿かせてずれないようにする。
「反対の足もだよね? だして」
「……うん」
同じ要領でもう片足の処置を済ませると、最後にローファーも履かせて固定した。
「簡単な処置でごめん」
「ううん、ありがとう。助かったよ」
気がつくと辺りは暗くなって来ていた。ヒイロの足の怪我もあるし、とりあえず今日はこれ以上歩く事は出来ないだろう。アカはヒイロの隣に座ってスマホを取り出した。相変わらず圏外か。圏外だと電池の消費が早くなると聞いたことがある。電池は残り50%、肝心なところでバッテリーが無くなると困るので、電源は切っておこう。
スマホをポケットに入れると、くぅ、とお腹が鳴った。
思わずお腹を押さえて隣を見ると、ヒイロは目を丸くしてこちらを見ている。
「えっと、今のは」
「……私もお腹すいた。それに、喉も渇いたね」
揶揄うでもなく、フォローするでもなく。だけどその言い方が有り難かった。
「……そうね」
「はい、これあげる」
そう言ってポケットから飴を取り出してアカに渡すヒイロ。
「酔い止め用にポケットに入れてたやつ」
「悪いわよ、茜坂さんが食べなよ」
「私の分もあるから。ほら」
そう言ってもう一つの飴を見せてくる。
「足のお礼。半分こ」
「……ありがとう」
二人で飴を口にする。いちご味の甘さが疲れた体と心に沁みる。カラコロと口の中で飴を転がしつつ、明日はどうしようかと思いに耽る。
ヒイロとも相談しようかと隣を見ると、信じられないものを見た表情で固まっていた。
「茜坂さん……?」
「あ、朱井さん、あ、あれっ……!」
そう言ってわなわなと空を指すヒイロ。なにかと思って思って空を見上げたアカの目に飛び込んできたのは、
「……満月が、ふたつ……?」
空に浮かぶ二つの満月であった。
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