第2章 始まりの物語
第14話 はじまりのはじまり
「……さんっ!
何度も呼びかけられて強制的に意識が覚醒させられる。
「よかった、目が覚めたぁ」
「……茜坂さん?」
紅は身体を起こして周囲を見回す。見覚えのない景色だった。視線を自分の体に落とすと見覚えのある制服姿だった。
「えっと、ここはどこ?」
「私もわかんない。気が付いたらここに居て隣で朱井さんが倒れてたから。死んでたらどうしようって声を掛けてたの」
「つまり茜坂さんもついさっき目が覚めたところ?」
「うん」
という事は茜坂にこれ以上訪ねても仕方ないか、と紅は判断した。大体なんで大して仲良くないクラスメイトとこんなところに2人きりなんだ?
「朱井さん、何があったか覚えてる?」
「えっと、今日は修学旅行でバスに乗ってたんだよね?」
紅は意識を失う直前の記憶を呼び起こす。
◇ ◇ ◇ ◇
紅達の通う高校は今日から4泊5日の修学旅行だった。飛行機で北海道に移動し、札幌に向かってバスで移動していた。
「ほら、バスが来たからさっさと乗り込めー」
担任のやる気の無い号令に従ってゾロゾロと乗り込む2年1組のクラスメイト達。親友のエリカが話しかけてきた。
「アカは一番前だっけ?」
「そ。バスって酔うんだよね。一応酔い止めは飲んでるけど後ろに行くほどマジでヤバくなるから」
「そっかー。じゃあまた後でね」
「エリカも前に座ってくれて良いんだよ?」
「いやいや一番前って担任の横でしょ? ちょっと無理めっス」
そう言ってさっさとバスに乗り込んだエリカ。紅だって担任の隣に座るのは微妙な気分だけど背に腹は変えられない。酔いやすい体質を恨みつつも他のクラスメイト達がバスに乗り込み後ろから席を埋めていくのを眺めていた。
「じゃあ最後は酔いやすい2人が運転席の後ろだな」
担任が声を掛けてきた。2人? と横を見るとそこに居たのが茜坂緋色であった。
「朱井さんも乗り物苦手なんだ?」
「乗り物って言うか車限定なんだけどね。家族で出かける時も助手席が指定席で」
「私もだよ、こういう時不便だよね……」
茜坂とは中学も違い、1年生の時も別のクラスだった。部活も違うため正直これまでほとんど話した事がない。
(正直合わないタイプだよなぁ)
スカートを
しかし今は彼女と会話せざるを得ない。何故なら茜坂の向こう、通路を挟んだ反対側には担任が座っているからだ。きっと茜坂としても中年のオジサンと小一時間話すくらいならまだ紅との方がマシかという、失礼な消去法で話しかけてきているのだろう。とはいえ紅としても窓側の席を譲ってもらっておきながら、彼女を無視して外の景色を眺め続けるだけの無神経さは流石に持ち合わせていない。幸い、バス移動は空港から札幌までの小一時間だけだ。そこからは自由行動だし帰りは空港に集合する事になっている。紅は割り切って茜坂の会話に付き合う事にした。
「茜坂さんって部活は何やってるんだっけ?」
「一応、サッカー部のマネージャーをやってんだ」
「あ、そうなんだ」
意外、と言いかけて紅は言葉を飲み込んだ。勝手な印象で茜坂みたいなタイプは美術部とか吹奏楽部とか……いわゆる文化部に所属してそうで、サッカー部のマネージャーというとキャプテンの恋人役みたいなイメージがあり、それが茜坂と重ならなかったのだが、それを口にしたら失礼に当たる気がした。
「サッカー部のマネージャーってどんなことするの? スポーツドリンク買ったりとか?」
「えっと、一応試合の時のスコアノートをつけたり、あとは備品の管理とか。練習用のコーンが割れたら新しいのを部費で買ったり、ボールに空気を入れたり」
「なるほどね。ユニフォームの洗濯とかはしないの?」
「しないしない、選手が持ち帰って各自洗ってるよ」
そう言って笑う茜坂。勝手に優等生キャラという印象を持っていたが、意外に明るく話す茜坂にこれまで勝手なイメージを決めつけて申し訳ないと思った。
「朱井さんは陸上部だよね」
「うん。知ってたんだ?」
「春の自己紹介で言ってたし、それにいつもトラック走ってるの、見てるから」
「そうなの? そういえば私はサッカー部の練習してるところってあんまり見ないから、茜坂さんがいるの気が付かなかったな」
「あはは、マネージャーはサッカーの部の練習をずっと見てるわけでもないんだ。男子がひたすらダッシュしてるの見てても楽しくなかったりするし、試合中以外は他の運動部も見たりするんだよ。」
そんな会話をしつつ、30分ほど走っただろうか。不意にガクンとバスが揺れた。
「うわっ!」
「な、なにっ!?」
急に騒がしくなる車内。「外見て!」「何だこれ!」という悲鳴のような声につられて外を見ると、先程までは高速道路を走っていたはずのバスの周りは真っ白だった。
「雪……? ってまだ10月だしさっきまで快晴だったし、流石に違うか」
紅は一瞬、雪で周囲が白く染まるホワイトアウト現象かと考えたが、すぐにそれは無いと頭を振った。しかし辺り一面が真っ白で影一つ無いという異常な光景。前後だけでなく上下すら不確かになる感覚に乗り物酔いに似た気分の悪さを覚えた。
「最悪……薬、飲んだのに」
隣に居た茜坂は大丈夫だろうか? 窓から目を離し通路側に目を向けると、そこに先ほどまで話していたクラスメイトの姿は無かった。
「茜坂さん?」
立ち上がって後方を見るが、混乱して騒ぐクラスメイト達の中に茜坂は居ない。
「大丈夫ですか!?」
バスの前方から聞こえた声に振り返ると、茜坂は席を立って運転手に声をかけていた。
「どうしたの?」
「朱井さん、先生も運転手さんも気を失っているみたいで……」
「先生も?」
通路を挟んで隣の席を見ると、確かに担任教師はグッタリと俯いていた。
(生きてる……よね?)
ゾワリと嫌な予感が紅を襲う。一旦その予感を忘れ、茜坂の隣に歩み寄る。
「茜坂さん、平気?」
「ありがとう。私は大丈夫だけど……こういう場合って揺すったりしない方がいいのかな?」
そう言って心配そうに運転手を見る茜坂。その視線につられて紅も運転手を見る。再びゾワリと悪寒が背中をかけた……さっき担任を見た時と同じものだ。
「何が起きてるか分からないけど、一旦席に戻った方がいいんじゃないかな?」
「そうだね、この人が目を覚ましてくれないとバスも動かないし……」
そう言って2人が顔を上げる。
「おい! 先生と運転手がどうしたんだ!?」
後ろから男子が大きな声で聞いてくる。
「分からないけど、気を失っているみたい! とりあえずみんな落ち着いて席に座って……」
紅が答えているとまたガタンとバスが揺れた。と、同時にプシュッという音と主に前のドアが開く。揺れた拍子に誰か――紅か、茜坂か、もしくは気を失った運転手か――の手がドア開閉ボタンに触れてしまったらしい。
そして揺れによって立っていた紅と茜坂は大きくバランスを崩す。
「わわっ!」
「茜坂さん!?」
バランスを崩した茜坂はそのままドアの方に倒れそうになる。紅は咄嗟に手を伸ばして茜坂の手を取った。しかし紅自身も体勢を崩していた事もあり、そのまま茜坂と共にドアからバスの外に放り出されてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
「私達、バスから放り出されて……だめだ、その後の記憶が無いや」
「私も。朱井さんが助けようとしてくれた事は覚えてるんだけど」
「助けようとしたっていうか、咄嗟に手を掴んだだけなんだけどね。しかも2人して落っこちるっていう」
「……それでも、ありがとう」
笑顔で礼を言う茜坂。その真っ直ぐな瞳に紅は照れながら横を向いた。
「それで、肝心のバスは?」
周囲を見回すがバスは無い。それどころかここは高速道路ですらない、平原のようだった。
「分かんない。私達を置いて行っちゃったのかな?」
「置いて行かれたなら高速道路だと思うんだけど……あ、地図アプリ」
スマホを取り出す。画面に表示された時刻を見ると、気を失っていたのはほんの15分ほどだったようだ。
「圏外だって。茜坂さん、スマホ持ってる?」
「私のスマホも圏外みたい」
「電波が来ないほどの田舎ってこと?じゃあ電波が通じるところまで行かないと」
「電波が通じるところ……」
周囲一帯、平原である。どちらに進めばいいのか見当もつかなかった。
「北海道ってすごいね……私、地平線なんて初めてみた」
「どっちに進むかなんて運任せだね。……せめて東西南北どの方角に行くかだけでも決めようか」
「とりあえず北が札幌市って事で良いのかな?」
空港から札幌に向かっていた最中だったので、恐らく北に向かえば札幌市に着くはずである。とりあえずある程度すすめばスマホも繋がるようになるだろう。
「北ってあっち?」
「うーん、スマホの方位アプリが正しければ」
圏外なのに方位があっているか、若干不安は残るもののそれ以外に頼るものも無い。仕方なく二人はおそらく北と思われる方向に向かって歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます