第13話 仕事が終わって(※)

「なんというか、不思議な二人だったよな」

「少なくとも私達の村にはいないタイプね」

「でも、二人とも優しかったよ」

「またいつか一緒に依頼が出来るといいな」


 食事を摂りながら今回の依頼について話す獅子奮迅の一行。主な話題は共に依頼をこなした二人組の事だった。


「やっぱり何処かの貴族なのかな?」

「そうじゃない? アカもだけど、ヒイロだってそんな感じしたし」

「アクアは昨日、ヒイロは普通だって言ってたじゃないか」

「あまりそういう話をしてほしくなさそうだったから気を遣ったのよ。なんでもかんでもグイグイいけばいいってもんじゃない……相手が貴族なら尚更ね」

「そういうもんか?」

「そういうもんよ。リオンもこれを機に少し貴族について学んでほしいわね。いつかAランク貴族級になった時とか、貴族に無遠慮な態度をとってたら打ち首とかあるんだからね」

「ひえっ、おっかないな……」

「まあ当分はCランク一般冒険者だからな。コツコツ実績を重ねて、まずはBランク上級冒険者を目指そう」

「Bランクもだいぶ遠いけどな。今回はアカ達が居なかったら危なかったと思うし、俺たちはまだまだだと痛感した」

「そうだね。アカさん達、魔法も苦手って言いながらかなり強かったし私ももっと魔法を鍛えないとって思った」

「本当にね。恥ずかしいけど私、優遇属性だからってだけでちょっといい気になってたわ。彼女達を見習ってきちんと鍛えないと」


 今回の冒険は実力を過信していた自分たちにとっていいクスリになった。獅子奮迅の面々は、明日からは初心にかえり身の丈にあった依頼で少しずつ実力をつけていこうと決意を固めた。


◇ ◇ ◇


「服はこれとこれでいいか。下着もこれね」

「まあいつもの感じだよね」


 服屋で皮の服のセットを選ぶ。質の良いものではなく、雑に作られた量産品である。と言ってもこの世界には服飾工場など無いので、人の手で縫われたハンドメイドで、値段も相応に高い。古着であれば多少は安く買えるけれどどれだけ傷んでいるか分からないし、耐久性を考えるとやはり新品でないと不安である。


「前の服はまだまだ使えたのにな」

「でもアカが咄嗟に荷物を捨てるべきと判断したならそれが正解だったんだよ。お金を惜しんで命を落としたらそこでゲームオーバーなわけで。魔法があったり魔物がいたり、ゲームみたいな世界だけどコンティニューは無いからね」


 もしも自分が荷物を捨てなかったら、ゴブリン達を振り切れたか怪しいところなので結果的に間違っていなかったとは思うが、それはそれとして出費は痛い。


「あとはリュックか」

「リュックは高いんだよねぇ」


 ただの背負うだけのリュックだと肩が痛くなるわ重心が安定せずに背中で荷物が暴れるわで使いにくい事この上ない。そこでアカとヒイロのリュックは肩紐や背中あてなどをつけてもらったオーダーメイドだった。さらに上下二層構造にしてあり、重たいものをなるべく上に入れる事で疲れにくくしているというアレンジも加えて貰っている。そのぶん、材料費や加工費をしっかり取られて普通のカバンより割高になってしまっているのだった。


「とりあえず道具屋さんに行こうか」

「そうね、消耗品も補充しないと」


 カバン屋なんてシャレた店は無いので、道具屋に相談だ。


「こんにちはー」

「おう、嬢ちゃん。今日も傷薬と保存食の補充かい? 虫除けもそろそろ無くなる頃か?」

「それもあるけど、新しいカバンを買いたくて」

「カバンって、前に色々と注文つけたあの特注リュックかい?」

「ええ。遠征先で失くしちゃって」

「そうかい。前に嬢ちゃん達のリュックを作った後で俺なりに改良を加えた試作型ならあるけど、それで良いか? 材料費はそれなりにかかってるから安くはねぇが……」


 道具屋の店主は一度カウンターを離れて裏に引っ込み、少しすると大きめのリュックを持って出てきてアカに手渡した。


「ほれ、せっかくだから背中に負担がかからねぇように革で厚みを持たせてみたり、上下の層にそれぞれ口を付けてみたりしてみたんだ」

「凄い! これ、店主さんのアイデアですか?」

「まあそうだけど、基本的には改良の域だな。そもそも嬢ちゃん達の意見があってこういうカバンも需要があるのかなと思って自分用に試作してみた感じだ。良かったらそれ持っていくか? 銀貨3枚(約3万円)でいいぞ」

「うぐっ……」


 さすがに高い。しかし店主が自分用にと作っただけあってモノはしっかりとしているし、これを断って新たに作って貰うとしても銀貨2枚以上はかかるだろう。


「オヤジさんの作ったモノなら間違いないし、いいんじゃない? 自分用って言ってたけど、本当に私達が貰っちゃっていいの?」

「ああ、すぐに必要ってわけじゃねぇからな。買ってもらった金で、また材料を買ってさらに良いものを作るさ」

「じゃあ遠慮なく頂くね」


 ヒイロは気前良く銀貨3枚を手渡した。


「毎度あり!」


◇ ◇ ◇


 諸々の買い物を済ませて宿に戻る頃には時間は夕方になって居た。他の仕事終わりの客が雪崩れ込んで来る前にさっさと夕食を済ませ、部屋に戻った2人はようやく一息つく。


「ふぅ、疲れたー」

「やっと帰ってきたわね」

「うん。借りてるだけの部屋だけど、やっぱり落ち着くね」


 アカとヒイロはベッドの上に今日買ったものを並べてそれぞれのリュックにしまっていく。買い物をして余ったお金はリュックの奥や手持ちの小銭袋、ブーツの底などに分散させた。


「なんだかんだ手元にはほとんど残らなかったわ」

「武器と防具のメンテナンスもお願いしたからね。お金がある時にしないとずるずる先延ばしにしがちだから仕方ないよ」

「私の荷物の損失が痛かったなぁ……」

「それはもう済んだことでしょ、クヨクヨしないの」

「はーい。あ、ヒイロ。新しいリュックは私が使って良いの?」

「うん。アカが使って調子良かったら私のも改造するか、道具屋さんで新しいのと取り替えて貰うかするよ」

「じゃあ使わせて貰うね。ありがとう」

「どういたしまして。さて、今のうちにお風呂に行こうか」


 二人はちゃっちゃと着替えを取り出して行く準備をする。風呂といっても囲いの中に井戸とでかい桶が置いてあるだけの簡易なものなのだが、この宿はきちんと男女別になっているのがありがたい。宿によっては時間で分けていたり「使用中」の札を立てて勝手にやってくれだったりと管理が杜撰なので、どちらかが見張りに立っていないと危険極まりないのだ。


 幸い他に使っている客は居ないようだったので桶に井戸水をはってそこに魔力で作った火の玉を沈める。ジュウウウウッ! と水が蒸発していくが、適当なところで火を消すと残った水は丁度良い温度のお湯になっているというわけだ。端切れをまとめて作ったお手製タオルに質の悪い石鹸を馴染ませて身体全体をゴシゴシと洗う。あっという間にお湯は真っ黒になるので桶の水をを排水路に流して再びお湯をはる。その作業を三回ほど繰り返し、五分ほどで手際良く髪と身体を洗い終えたら、最後に桶を湯船にしてお湯に浸かる。桶は人ひとりが膝を抱えて座れるぐらいの面積があり、そこに座ると腰から下をお湯に浸すことが出来る。それぞれ一分ほど温まり、トータルおよそ十分の入浴を終えるとさっさと片付けて部屋に戻る。


 こんな入浴でもしないよりは全然マシで、二人は身体も心もリフレッシュすることができた。……このレベルの入浴でも満足できるだけ、この世界の環境に順応したとも言える。


「ふぅ、生き返ったわ」

「やっとお仕事終了って感じだね」


 ベッドに身を投げ出す。狭いベッドに二人で横になっているので、自然と互いの体が密着する。


「今回は久しぶりに危ない橋を渡ったわ」

「やっぱり他のパーティ獅子奮迅がお荷物だった感じ?」

「お荷物、とまでは言いたく無いけど……結果的に彼らの提案に乗ったおかげで詳しく調査できた部分もあるし。ただ、根本的な考え方が合わないから気疲れしたかな」

「この世界の人ってわりと無茶しがちだよね。それが分かっただけでも収穫かな。あとはアカが貴族に見られちゃうって事も発見だったかも」

「それ、私は納得してないんだけど。ヒイロだって私と知識や考え方はそんなに変わらないはずなのに、なんで私だけ貴族っぽいと思ったのかしらね」

「アカがカッコいいからじゃない? 貴族っぽさが滲み出てるの」

「またそういうこと……んっ!?」


 こっちは真面目に話してるんだよ、と揶揄うヒイロを諌めようとしたアカだったが、その唇をヒイロが塞いだ。ヒイロはそのままアカの上に覆いかぶさってきて、舌でアカの口内を蹂躙する。


「んっ……はむっ……」

「は……あん……」


 ピチャピチャと唾液を交換する音が妙に耳に響く。気が付けばヒイロは瞳を潤ませ、恍惚とした表情でアカを見つめている。……鏡こそないが、きっと自分も同じ顔をしているんだろうなとアカは思った。


「……最近、頻度が多くない?」

「アカがイヤなら辞めるけど」

「その言い方、ズルい……」

「どうする? 辞める?」


 アカは答える代わりにヒイロの両頬に手を添えて、再び唇を重ねた。


◇ ◇ ◇


 隣で安らかな寝息を立てるヒイロに布団を掛けてやる。毎度服を着てから寝なさいと言っているのに、やることやった後はそのまま眠ってしまうのは困りものだ。「だってアカに抱きしめられながら寝ると安心できるんだもん」と言われれば仕方ないなと思うしか無い。


 ――ヒイロと肌を重ねるようになってから、しばらく経つ。


 お互いに恋愛感情を持っているわけではない。少なくともアカはヒイロに対して恋心は抱いていない……と、思う。ではなぜ頻繁に身体を求め合うのかと言うと、「依存」という表現がしっくりくる気がする。


 ちらりと買ったばかりのリュックに目を向ける。


 トラブルでリュックごと全て失ったというのに、ほんの銀貨数枚数万円で元通りだ。つまりもはやアカの手元には日本にいた頃大切にしていたもの……スマホや手帳、衣類さえ、何も残っていないというわけだ。残っていたものは全て、冒険者を始める前に売り払ってしまった。


 日本語すら誰も話さないこの世界で、もはやアカが日本にいた事を証明できるのは自身の記憶を除くと隣で眠るこの子だけである。それはヒイロにとっても同様で「日本に帰る」という共通の目的を持って共に旅をしている事だけが自分達の証明だし、だからこそ二人きりの夜には日本での事を忘れないようにお互いに取り止めのない話を続けていた。


 だけど言葉を交わすだけでは不安を取り除けなくなったのは、たぶんほとんど同じ頃だった。


 だから初めてのあの日――色々とタイミングが重なった事も否定できないが――自然と身体を重ね、そのまま互いを求め合った。最初はその一回で終わるつもりだったのに。


 セックスをしている時は全てを忘れて、お互いに没頭できる。吐息混じりに紡がれる日本語が、自分が日本人だという事実を繋ぎ止めてくれるようで。その安心感と、そしてはしたないとは思いつつも全身を包む快楽に抗えない。


「恋人とヤッただなんだって言ってる同級生、正直ちょっと見下してたんだけど……もうひとのこと言えないな」

 

 アカはヒイロの髪をそっとかきあげる。すやすやと眠るヒイロの寝顔は、同性のアカから見てもとても可愛いと思う。パッチリとしたやや垂れ気味の眼は所謂タヌキ顔で、吊り目気味のアカとは正反対である。いつもコロコロと表情豊かなようだが、たまにふと全てを諦めたような表情を浮かべ、そのギャップは庇護欲を掻き立てる。そんな彼女がベッドの上ではどうしようもなくだらしない顔で乱れてくる姿は正直、なんというか


 日本に帰るまでにあと何回、身体を重ねるのだろう。

 もしもこの子に好きな人が出来たら――?

 もうアカは必要ないとこの口から紡がれたら――?


 恐ろしい想像に背筋が凍りつく。嫌な想像をぶんぶんと首を振るって払うと、ヒイロの額にキスをして強く抱きしめる。


 目が醒めても隣にこの子が居てくれますように。


 今の自分には絶対にヒイロが必要だ。この子が居ない生活なんて考えられない。……いつからこんなにヒイロに依存してしまったのだろう。ヒイロとの出会いからここまでの旅路を思い出しながら、アカの意識はゆっくりと眠りに落ちていく。



第13話 了

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※作者より

ここで第1章は終了となります。第1章は長めのプロローグ的立ち位置で、ある程度異世界に慣れた二人の活躍でした。


第2章では二人の旅立ちにスポットがあたりますので、ここまでのお話が面白かったと思って頂けたなら、引き続きお付き合いいただけると幸いです。

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