第12話 街への帰還、報告

 今回調査対象となったゴブリンの集落について、まずそれなりに知恵を持つ個体がおり、その配下となることで群全体の知能レベルがそこらのゴブリンより高くなっていること。次に群れの規模は500体程度と想定されること。ついでに巣穴とされる洞穴の場所。この三点は成果として報告できるだろうという結論になった。


「洞穴の位置って説明できるのか?」

「森から出て街道に差し掛かった時に、地面にこれと同じナイフを刺してきたわ。これを目印にして、そこから森に向かってまっすぐ進めばあの洞穴に着けるはず」


 アカはヒイロが持っている解体用のナイフを見せながら伝えた。自分のナイフは今言ったとおり街道に目印として突き刺して来たのでもう手元にない。


「あの状況でそこまでやってたのか……改めてアカ、本当にありがとう」

「どういたしまして。ゴブリンの集団にナイフが気付かれているかも知れないから、確実ではないけれどね」


 時にゴブリンは返り討ちにした冒険者の武器を奪うこともある。アカが地面に刺したナイフに気が付けば戦利品にされてしまう可能性は高いが、まあそのときは仕方ない。やれる事をやったらあとは祈るしかないのだ。


「さて、すっかり日も暮れたし、今日はこのまま野宿して夜が明けたら街に戻ろうか」

 


 長かった一日がやっと終わろうとしていた。魔力切れで倒れたヒイロに見張りをさせるのは気が引けたけれど「アカだって同じくらい疲れてるんだよ」と言われれば引き下がるしかない。夜半の交代を遅らせて少しでも長く休ませようとする目論見もしっかり見通されてしまい、アカは先に休まされてしまうこととなる。


「ほらほら、さっさと寝ないと回復しないよ」


 ポンと膝を叩くヒイロ。アカは観念してそこに横たわり目を閉じる。ヒイロが優しく頭を撫でてくれると、徐々に眠気が襲ってきた。十分もすればアカは規則正しい寝息を立て始めた。


「アカさん、もう眠ったんですね。私達は気が昂っちゃって中々寝付けそうに無いです」


 ソフィが困ったように笑う。


「睡眠というか、休息するのも仕事のうちって習ったんですよ。だから多少無理してでも眠れるように訓練しました」

「習ったって事は、どなたかに師事されたんですか?」

「そんなところですね。冒険者になるイロハを叩き込んでもらったといいますか」

「へぇ……二人の強さを見ると、その方もかなりベテランの冒険者だったのでは?」

「どうなんだろう。あまり過去を話す人じゃなかったので分かんないですね」


 ヒイロは自分達の師について思い出す。冒険者としてのルールや心構え、そして最低限の戦い方を教えてはくれたけど、本人は過去を話さなかったしヒイロ達も敢えて聞こうとは思わなかった。


「魔法についてもその方から習ったの?」


 アクアが横からヒイロに訊ねる。正直、一般的に「ハズレ属性」と言われる火属性魔法使い……それも髪や瞳に色が現れないくらい弱いとされるアカとヒイロを、最初は見下していた。しかし昨晩の襲撃から今日の探索までの中で、二人は自分達獅子奮迅以上に実力がある事を示した。


 今、アクアの興味は二人の魔法の秘密にあると言っても良い。


「魔法は別の人に習いました。その人は風魔法使いだったので、教わったのは魔力の扱いや鍛え方ぐらいであとは自己流ですけど」

「そうなんだ。炎魔法使いは珍しいものね」

「らしいですね。私達も水や光の方が応用が効くから便利なのにねとは思います。まあ無いものねだりしても仕方ないのでこれでやってきてますけど」

「さっきアカがあなたに、その、キ、キッスをして、魔力を供給してたじゃない? あれも習ったの?」

「まあ、そうですね」

「そ、そうなんだ……魔力を口移しで他人に送れるなんて聞いたことが無かったから、びっくりしちゃったわ」


 アクアは平静を装いながらも、もしかしてそれ魔力供給を口実にすればリオンとの仲も進展するかも……などと考えてしまう。しかし次のヒイロの言葉で、その目論見は淡く消え去るのだった。


「私とアカは同じ炎属性で魔力の質が似てるからできるって感じらしいですけどね。確かに他人に魔力を送るのってあまり一般的じゃ無いらしいですし」


◇ ◇ ◇


 結局その日の夜はモンスターや野生の獣による襲撃も無く、無事に翌朝を迎えた。日の出からすぐに出発した一行は、昼過ぎには無事に街に帰り着くことができた。


「まずは報告か?」

「そうね、今ならギルドも空いているだろうし」


 その足で冒険者ギルドに向かう。受付カウンターに馴染みの受付嬢の姿を見つけてアカはほっとする。


「サティさん、依頼の報告はここでいいですか?」

「あ、皆さんおかえりなさい! ご無事で良かったです。調査の場合は職員が聞き取りをする事になっているので、ちょっと待っててもらえますか?」


 サティは一度席を立つと後ろの方で事務仕事をしていた男性職員に声をかけ何やら相談し、1分ほどで戻って来た。


「今からで大丈夫ですので、こちらにどうぞ」

「ありがとうございます」


 別室に通されたアカとヒイロ、それと獅子奮迅の合計六人。椅子に座って待っていると、サティと彼女が先ほど声をかけた男性職員が入ってきた。


「ご苦労。じゃあ早速、調査結果を聞かせてくれ」


 …………。


「なるほど、全体的に知能レベルが高い500体規模の群れ。本当だとしたらなかなか厄介だな」


 報告は主にアカが行った。基本的に昨晩話し合った内容をそのままだが、街への帰路の道中でどうやって報告しようかきちんと頭の中で整理していたので、我ながら要点を押さえつつきちんと報告できたと思う。


 報告を受けた職員側も、そのわかりやすさに正直舌を巻いていた。というのも冒険者には基本的に教養が無く「物事を報告する」というのが致命的に下手くそな者が大半なのだ。日記のように時系列に沿ってあった事を話せればかなりマシで、事実と推測、その場の思いつきをベラベラと脈絡なく話された時には何が正しい事なのか解読するだけで多大な労力を要するのだ。何せ、「つまり実際に起こったのはこういう事か?」と聞けばそこに主観と推測を多大に含めた答えを返されるのだから。なので聞き取り調査を行う職員だけではなく、冒険者と直に接する機会のと多い受付嬢が通訳の役割で同席するのが通例だった。……受付嬢が間に入ったところで焼け石に水ではあるのだが。


 その点、アカの報告は「現場での自分達の考え」と「考えを元に起こした行動・遭遇した事実」、そして「事実から推測できること」がキチンと分けられていて、非常にわかりやすい。後ろでメモを取っていたサティも特に通訳の必要が無いくらいだ。


 やっぱりアカさんはかなり高度な教育を受けているわ、とサティは確信する。


 アカの教養は高校生レベルであり、報告にはそれなりに拙い点もある。しかし比較されるのが無教養の冒険者達なので相対的にかなり高度に見えてしまうのだ。昨晩の獅子奮迅とのやりとり然り、こういう部分で日本人としてのボロが出ている事に、アカとヒイロは中々気付けない。


「群れの規模は襲って来たゴブリンの数から出した概算なので、ブレも大きいとは思いますが……」

「ああ、それはこちらも把握している。それでも討伐隊の規模が変わるほどの差は出ないだろう。そもそも数百体の群れとなれば冒険者では対処は難しい。王都の騎士団に討伐隊を要請する事になるが……サティ、他にこの調査を受けているパーティはいるか?」

「いえ、今のところ彼女達だけですね」

「そうか。では依頼票に今回の調査結果を添えて、他のパーティに確認してもらってくれ。裏取りがメインだから報酬を下げて人数制限を無くしてもらっても構わない」

「わかりました」


 つまり、アカ達の報告だけを鵜呑みにするわけには行かないのでその情報の正しさを確認する作業が入るという事らしい。当然、その確認依頼をアカ達は受けることは出来ない。


「聞き取りは以上だ。調査、ご苦労だった」


 …………。


「こちらが調査依頼の報酬になります。先程別室で話した通り、情報の確認が必要になりますのでまずは半分のお渡しして、残りの半分は裏取りができ次第お渡しする事になります」


 カウンターに戻り、報酬を受け取る一行。目の絵には銀貨15枚が置かれていた。


「両替できますか?」

「ああ、それぞれのパーティでお分けになるんですね」


 1枚の銀貨を引っ込めて銅貨100枚の束に取り替えてくれる。2つで割った銀貨7枚と銅貨50枚(およそ75000円)、これが今回の報酬だ。


「残りっていつ受け取れますか?」

「確認依頼を受けてくれるパーティの結果次第なので、はっきりとは言えないですが十日から十五日くらいは見て頂けると。お渡しできるタイミングがきたら私から声をかけますよ」


 なるほど、満額で銀貨30枚およそ30万円と報酬の良い依頼だったけれど、すぐに受け取れるわけでも無いと。こういうケースもあるんだと勉強になったな。


「今回みなさんの調査結果は相当きちんとされていたので、裏取りができれば多分満額をお支払いできると思いますよ」


 ニコリと笑うサティにお礼を言って、一行はギルドを後にした。


 …………。


「じゃあ今回はこれで解散だな」

「お疲れさま」

「俺たちはこれから食事に行くけど、アカ達もどうだ?」

「せっかくだけど遠慮しておくわ。行くところがあるから」

「別の依頼か?」

「いいえ。物資の補給とかそんなところ」


 そう言ってアカはヒイロが背負っているリュックをポンと叩く。今回の調査の中で荷物を失ったのでお金があるうちに補充が必要だという事だ。


「ああ、それは……」


 やはり弁償すべきかと言い出そうとするリオンをアカは手で制した。


「その話は終わったでしょ? じゃあ私とヒイロは行くから。今回はありがとう、またね」


 下手に長引いても面倒なのでさっさとその場を離れる事にする。アカはヒイロの手を引くと下町の方に向かって歩き始めた。

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