第137話 ムサファの半生
ムサファという男は魔法の天才ではなかった。
真の天才達が集まる魔道国家の王立魔法学園において同期の中では頭ひとつ抜けた成績であったが、それ以上にはなれなかったのである。
物事への理解が速く、また勉強する努力を惜しまない性格だったことからペーパーテストや横並びの実技試験においては非常に優秀な成績を収めた。
しかしそれはあくまで秀才の範囲である。
例えば上の世代にはペーパーテストで赤点しか取ったことがないのに宮廷魔術師になった者がいたり、実技がからっきしなのにその発想力ただ一点で王立魔法研究所の管理職まで登り詰めたものもいる。
そういった、枠に収まらないような天才達と比べるとあくまで教科書に書いてあることができるだけの自分が酷く惨めに思えたし、将来肩を並べて同じ道を歩めるとも思えなかった。とはいえ、彼のような人間も組織には必要である。例えばきっちりとした帳簿を付けて不正がないか、彼のような者が目を光らせていたら随分と悪事を働きづらいだろうし、法律ひとつ作るにも巡り巡って考案したものに利益が回ってくるような抜け穴を塞ぐ事にかけては彼の右に出るものは居なかっただろう。
それでも彼がそういったキャリアを望まなかったのは、自分が天才でないと知りながらそれでもどうしようもなく魔法が好きだったからだ。仕事は仕事、
歴史に名を残す天才にはなりえないだろうが、それでも学園の秀才である彼が国を去ると言い出したことで学園内に大きな混乱が生じたし、学園長が直々に彼を説得もした。しかし彼の想いは変わらなかったし最後には卒業式にすら出ずに半ば夜逃げのように学園を、そして魔導国家を去ったのであった。
◇ ◇ ◇
魔導国家を去ったムサファはしばらく冒険者として様々な国をブラブラしていた。学生時代に身に着けた光属性魔法は彼を一流の冒険者とするには十分なものであり、どの国においても生きていくのに困ることはなかった。古代遺跡などを探索することは彼の知識欲を満たしてくれたし、冒険者として賞賛されることは多少なりとも彼の自尊心を満たしてくれた。
しかしそんな生活にも数年間で飽きが来る。結局自分がしたいのは魔法の研究であり、それ叶わないから祖国を捨てて逃げ出したのだと改めて気付く。今更国に帰ったところで研究職になどつけるはずもないし、かといってダラダラと冒険者を続ける意欲も無い。そんな彼の耳に入ってきたのはワイルズ帝国の噂であった。
本来魔法の研究などは重要機密事項であるため他の国の出身の者が関われるようなことは無い。だが当時国内で魔法に詳しい人材が満足にいなかった帝国では他の国の出身者であっても積極的に雇用するというものであった。
無論、一番重要な情報は得られないだろうし研究者とは名ばかりの下働きとしての採用の可能性もある。「いざとなれば冒険者としてまたフラフラすればいいさ」という思いで、ものの試しでワイルズ帝国へ向かったムサファであったが、新しい職場の水は思いのほか彼に合ったのであった。
想像通り彼はあくまでヒラの魔法研究員としての立場と給料しか与えられず、また彼の研究の成果は報酬につながらず国の、または彼の上司の成果とされたけれど、逆にその立場ゆえにやりたい研究をさせてもらえたし、課せられるノルマも少なくまた同僚たちも同様の立場だったおかげで出世競争と無縁の環境が出来上がったのだ。故に研究職としては異例の積極的な意見交換や時に協力し合う関係が生まれ、それが相互に作用することで一人ひとりは天才でなくても力を合わせて大きな成果をいくつも生み出すことができた。
魔法に関して他国より何歩も先を行く魔導国家であるがその分秘密主義的なところも強い。あの国にいたらきっとこうは行かなかっただろうと思うとムサファは自身の環境に満足していた。
こうして数十年、彼は心ゆくまで魔法の研究に打ち込むことができたのであった。
◇ ◇ ◇
数年間から隣のイグニス王国の噂は流れてきていた。「勇者」と呼ばれる秘密兵器を用いて戦争の準備をしていると。だからそろそろ潮時かと引退を考えていた矢先、イグニス王国軍がワイルズ帝国領へ侵攻を開始した。
研究職であったが現役の魔法使いでもあるルサファは最初の戦いに狩り出された。そこで彼は「勇者」の力を目の当たりにすることとなった。
ワイルズ帝国の騎士たちはそれぞれの強さで言えばイグニス軍のそれに引けを取ることはない。
イグニスでは騎士の中の最上位級の者を「聖騎士」と称してさらに別格扱いしているらしいが、その聖騎士達は王都を守るために侵攻軍には居ないという情報もあり、それであれば多くの騎士を編成した帝国軍に分があるとムサファをはじめとした帝国軍は考えていた。
その楽観的な想いは、勇者の一撃で粉々に粉砕された。
――あれは、規格外すぎる。
勇者とはイグニスにとってまさに国の英雄だろう。つまり相対する側にとっては死神である。戦場の最先端に躍り出たのは、二十歳ぐらいの若者であった。彼は両手を目の前にかざすとそこから真っ黒い炎を打ち出した。炎はまるで意志を持つように帝国軍に襲いかかり、たった一撃で軍のおよそ一割を焼死、またはそうでなくも治療が不可能なほどの火傷を負わせ戦闘不能に追い込んだ。
さすがにそのレベルの大技の連発は無かったが、勇者は彼一人ではなかった。金色に輝く剣を持った若者は一人で数人の騎士と戦い圧倒したし、一振りで複数の傷を与える斬撃を繰り出す剣士もいた。目を見ただけで身体が動かなくなるまるで神話のメデューサの魔眼を持つような者も居たし、出鱈目に射ったと思った矢が空中で自在に動き死角から急所を貫くなんて芸当をする者もまでいた。
かと思えばただ震えて手をかざすだけで何も起こらない者もいて、まあそういった者は容赦なく斬り伏せられたわけだが、いずれにせよ十数人の勇者たちの活躍もありイグニス王国による侵略戦争の緒戦はワイルズ帝国の敗北となった。
奇跡的に生き残ることができたムサファは確信する。この戦争、帝国は負けると。イグニス軍に勇者なんて規格外の化け物どもがいる以上、帝国に勝ち目はないだろう。
こういう時に身軽なのが独身でフリーランスの良いところだ。首都に戻ったところで次の戦いに駆り出されたら今度こそ勇者の餌食になると思った彼は、長年働いたワイルズ帝国に見切りをつけるとさっさと逃げ出す事にした。
故郷への道中にたまたま思い出して、通り道の街に住む古い知り合いに警告をしたのは、ワイルズ帝国を見捨てた罪悪感から少しでも目を背けたいからであった。
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