第138話 救出依頼
先日の遺跡調査から数日、ナナミの指示のもと魔物を狩っていたアカとヒイロであったが、その日はナナミが所用ありという事だったので二人だけで冒険者ギルドへ向かった。先日ムサファから聞いたイグニス王国とワイルズ帝国の戦争による動向が気になるようで、伝手を辿って情報を得ようとしているとのことである。アカとヒイロも一応手伝おうかと進言したが「二人はさっさとBランクになってくれるのが一番の手伝いさね」と言われてしまえば大人しく従うしかなかった。
とはいえ先日もであるが、ナナミのバックアップ無しで危険な魔物を狩るのも気が進まない二人はちゃっかり街のお掃除依頼を受けたのであった。
「えへへ、思ったより早くお仕事終わったね」
「雑草をうまく燃やせたからかなり時短出来たのが大きかったわね」
炎のコントロールを磨いてきた二人は以前よりもかなり精密に炎を操れるようになっていた。今日の清掃場所として割り当てられた区画にはかなりの量の雑草が生えていたが、建物を燃やさずに雑草だけを器用に燃やすことで効率よくノルマを達成できたのである。石畳に焦げ目ひとつ付けずに雑草を燃やせた事にはアカもヒイロも自分たちなりにかなり満足していた。
「今日も帰りにデートしちゃおうか」
「悪くない提案ね」
「やった! じゃあさっさと報告しちゃおう」
アカとヒイロは足取り軽くギルドの扉を開く。
「頼む! 誰か助けてくれ!」
そんな彼女たちの目に入ったのは、先日遺跡調査で同行した男……たしかノシキといったかな、彼がギルドにいる冒険者に必死に頭を下げる姿であった。
ただならぬ様子に、しかし声をかけるのも躊躇っている二人に気付いたノシキは、ハッと顔を上げると掴み掛からんとする勢いで二人の元へ駆け寄ってきた。
「アンタたちっ……頼む! 助けてくれっ!」
「え、えっと……」
「どうしたんですか?」
引き気味に、とりあえず話を聞こうとする。
「セイカとシタタカが危ないんだっ! 俺一人じゃどうしようもない……、頼む、この通りだっ!」
そういってその場で土下座をするノシキ。いや、あなたのパーティメンバーの危機っぽいのはその様子から想像がつくけど、具体的にどういうことよ? とは思うがなんとなく質問しづらい。
ギルドの入り口付近で必死で頭を下げるノシキとその場で固まってしまうアカとヒイロに助け舟を出してくれたのは、顔馴染みのギルド受付嬢であった。
「ノシキさん、焦る気持ちは分かりますが双焔のお二人も困っております。お話しするのであればこちらでどうぞ」
そういって三人を奥のテーブルへ促した。
◇ ◇ ◇
テーブルでコップに入った水を飲みのして、ノシキは少し落ち着いた様子で息をついた。先ほどの受付嬢も同席してくれているので、改めて話を聞く事にする。
「……アンタたちと先日行った遺跡、分かるだろ?」
そういってノシキは懐から数枚の紙を出した。そこには手製の地図が描かれている。
「こっちがアンタたちが作った地図だな。このぐらいのレベルの地図が描けるようになるための練習のために、俺たちはあの後も毎日のようにあそこに行っていたんだ」
二つの地図を並べるノシキ。片方は先日彼らやロックと共に遺跡へ行った際にアカが作った地図――セイカが望んだので彼女に売ったものであった。
もう片方が彼らが何度か練習したであろう地図で、アカのものよりは幾分お粗末だが十分地図としては機能しそうなクオリティであった。
「何日か通って、まあこのぐらい迄は描けるようになった。これならまあ自分たちでも満足できるかなと思ってそろそろ地図の練習は切り上げようと考えたんだ。この練習の期間中、まったく金も稼げてなかったわけだしいつまでもやってるわけにはいかないからな。だけどセイカが「これは何度も訪れた一層の地図だから上手く描けているだけかもしれない。初めて行く場所でこのぐらいの地図が描けるようになっているか確かめたい」って言ったんだ。それで俺たちは今日二層へ行って地図を作る事にした」
ノシキが出した最後の一枚。これが今日作っていた二層の地図なのだろう。
「二層も一層とそこまで違うというわけじゃなかった。メインの通りが少し狭いくらいだったぐらいで、あとは横道がいくつかあるって構造も同じだった。俺たちは一通りメインの通りを歩き終わったから、横道をいくつか覗いて帰ろうと思ったんだ。そしてこの道に入った瞬間、セイカとシタタカが落ちた」
そう言って一つの横道を指差す。
「慌てて灯りを照らしてみたら、そこは急な坂になっていたんだ。結構急な斜面になっていて……大体これぐらいだったかな?」
ノシキが腕を斜めにして角度を示す。彼の言い分が確かなら六十度ぐらいありそうだが、薄暗い遺跡で、それも坂を上から覗いたことを考えると実際は二、三十度の可能性もあるなとアカは思った。スキー場の上級者コースとか、あれは上から見るとそれこそ六十度くらいありそうに思えても実際は三十度前後だと聞いたことがあるので、それと同じような感覚ではないだろうか。
「俺は上からセイカとシタタカに声を掛けたが返事は無かった。一層分下に落ちたぐらいなら声は届くはずだから、もしかしたらもっと下の層まで一気に落ちたのかまたは大怪我をして返事ができないのかもしれない。俺も降りて行こうかと思ったんだが、坂自体全体的に苔が覆っていて滑りやすくなっていて下手に踏み出したら俺までそのまま滑り落ちてしまうかもしれない。そうなったらいよいよ誰にも気付かれずにこの遺跡に三人で取り残される事になるかもしれない……そう思った俺は、慌てて荷物に「助けを呼んでくるから待っててくれ」ってメモを付けて坂に投げ込んでここに戻ってきたんだ」
……。
…………。
………………。
一気に言い切ったノシキは手を組んでじっと双焔の二人を見つめる。その視線に居心地の悪さを感じつつ、アカは同席した受付嬢に訊ねた。
「これって救出依頼って事になりますかね?」
「アカさんがお友達を無償で助けるつもりがないのであれば、そうなりますね。既にノシキさんが救援要請をギルドに出しておりますので、受けていただけるのであれば危険度に応じた成功報酬での救出依頼という形になります。経費は依頼を受ける側の持ち出しになるので、あの遺跡の奥に進むにあたって必要な準備にかかる経費と報酬を秤にかけて受けるかどうかですね」
「経費?」
「ご存知かは分かりませんが、あの遺跡の四層より下には
「それっていくらぐらいかかるんですか?」
「消耗品をどれだけ用意するか次第ではありますが、金貨一枚程度は見ておいた方が良いかと。付与魔法については教会が相手なので気持ち程度の寄付で対応して貰えますが、光魔法使いの中でも
「ああ、光属性魔法ってだけじゃだめなんだっけ」
魔法は属性だけでなく「その属性のどんな魔法を習得しているか」は人による。例えばナナミは高位の光属性魔法使いだが彼女は回復と身体強化、あとはそのオマケのアンチエイジングのエキスパートではあるが、幽霊への特効であるターンアンデッドや武器や防具に魔法効果を付与するエンチャントは使えない。「わざわざ幽霊の居るところに行く必要も無いからね」「自分の身体より弱い武器や防具を強化する意味があるのかい?」とのことである。
教会に所属する光属性魔法使いは職業柄霊と相対する機会が多いので市井の魔法使いよりもターンアンデッドを覚えている確率は高い。しかし今のこの瞬間都合よくそんな人物が教会にいるかどうかは分からない……というよりは期待するだけ無駄な確率だそうだ。
「なるほど、事前準備については分かりました。成功報酬っていうのは?」
「今回はお仲間二人の救出なので、遺跡の危険度を鑑みてギルドでは一人当たり金貨二枚と算出しました。但し既に生きていなかった場合、その証拠……たとえば二人の冒険者証や、ノシキさんが二人の所持品と判断できるものなのどを持ち帰っていただければ成功報酬の半額が支払われます」
ちなみにギルドへの仲介手数料は一割です、と付け加える。つまりキマグレブルーは――無事にセイカとシタタカが助かった場合だが――依頼の成功報酬で金貨四枚、ギルドへの手数料で銀貨四十枚の支出となるわけだ。
「合計で
思わずノシキに訊ねる。ノシキが眉間に皺を寄せて黙り込んでしまうと、受付嬢が淡々と答える。
「そのほとんどがギルドからキマグレブルーへの貸付けという形になりますね。今後返済が終わるまではこのギルド支部以外から依頼を受けられなくなり、報酬の半分が返済に充てられるようになります」
ちなみに、払わずに逃げると犯罪者となるらしい。まあ数百万円の借金地獄に陥るのはかわいそうだが命には代えられないだろう。
「……ヒイロ、どうする?」
困ったように問いかけるアカにヒイロは肩をすくめつつ答える。
「時間の余裕もなさそうだし、さっさと依頼を受ける手続きしちゃおうか」
「いいんですか?」
受付嬢が驚いた目でアカとヒイロを見る。成功報酬金貨四枚の依頼だが、とはいえ今からしっかりと準備をして遺跡に行くとなるとおそらく救出対象の二人が助かる見込みは多くない。おそらく遺品回収になると思われるが、幽霊種の跋扈する遺跡の奥へ向かうリスクを考えると金貨二枚ではとても割に合わない。だからこそ誰も依頼を受けようとせず、先ほどノシキがなりふり構わず冒険者達に頭を下げて回ることとなっていたのだ。
「知らない仲じゃ無いし、見捨てても目覚めが悪いから……」
アカが困り顔で答えるとヒイロも隣で頷いた。まあヒイロとしてはかわいそうだけど仕方ないねと割り切ることも出来るけれど、アカの性格上放っておけ無さそうだしここで難易度の高い依頼を受けてギルドに自分たちの実力を示しておくのも悪くは無いという打算も多分にあったりするのであった。
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