第136話 師匠と知人の話

 アカとヒイロが家に帰ると、ナナミは一人で夕食の準備をしていた。


「師匠、ただいま!」

「おや、おかえり。ずいぶん頑張ったみたいだねぇ」

「実は急遽遺跡の調査に行くことになって……」

「へぇ、じゃあご飯を食べながら詳しく聞かせてもらおうか。もうじきできるから準備を手伝っておくれ」

「はーい」


 夕食を食べながら今日あった事を報告する。


「ああ、地図作成か。そういえばそんな仕事もあったね」

「Bランクになるためにみんなやるんですか?」

「最低限の地図を読めれば困らないからマッピング技術は別に必須では無いけれど、それでも出来ないよりは出来たほうがギルド側の心象が良いのは間違いないね」


 ナナミによると、Bランクへの昇格は基本的にはポイント制で依頼をこなす事でギルド側でパーティ毎の貢献度を累積していく。だがこのポイントは冒険者に開示される事は無く、かなりギルド側の裁量が大きい。これ自体は実力不足の冒険者が抜け道や裏技を使って昇格する事を防ぐための措置だと言われている。


「抜け道や裏技?」

「CランクからBランクへの昇格は依頼ひとつで1ポイントだとしておよそ100ポイントが目安だと言われているね。だけど簡単な依頼……例えば野ウサギの納品ばかりを百日間続けてもポイントは殆ど累積されないのさ。逆に色々な依頼、特に難易度の高いものを満遍なく受けていると百回より早く昇格できるとも言われている」

「そうなんですか?」

「あくまで噂だけどね。真実はギルドの偉いやつしか知らないだろうね」

「じゃあ私たちは師匠の指示で色んな厄介な魔物を倒してるからあっという間にBランクになっちゃうかな? 地図も描けるって証明できたし」


 ヒイロが言うとナナミは難しい顔をする。


「アンタたちの場合、実力が正当に評価されてるか微妙なところだからねぇ……。セイカって女の子にはっきりとアタシの荷物持ちだって噂されてるって言われたんだろ?」

「冒険者の人たちが噂してるぐらいでギルドの人は別に言ってなかったって言ってましたよ」

「そりゃあっちは仕事だから特定の冒険者を貶めるような発言はしないさ。だけど実際のところどう思ってるかはこっちには分からないからね」

「えぇー……」

「とはいえ、ロックの坊主みたいにちゃんと分かってるヤツもいるわけで、見る者が見ればアンタたちが弱いなんて思わないからね。いまはコツコツと実績を積むしかないだろうさ」


◇ ◇ ◇


「そういえばギルドに師匠を訪ねてきていたムサファさんでしたっけ? あの方はもう帰られたんですか?」

「ああ、帰ったというか旅立って行ったよ。この街にはほんのちょっと寄っただけらしいからね」

「そうなんですね」

「わざわざ師匠に会いにくるとか、元恋人とか?」

「ヒイロッ!」

「アッハッハ! そんなロマンチックな関係でもないよ。昔、先輩後輩の仲だったってぐらいだね」

「先輩後輩、ですか」

「同じ学舎で魔法を学んだ時期があるのさ。アタシは縛られるのが嫌で飛び出したけど、ムサファはその後も結構頑張っていたみたいだね。ただ、結局は他所の国に流れて行ったんだよ。もう何十年も前の話だ」

「数十年間旅を続けていたって事ですか?」

「まさか。あれだけの才のある魔法使い、どこでだってやっていける実力はあったさ。最近までワイルズ帝国で魔法の研究を続けていたらしい」

「ワイルズ帝国? 聞いたことあるような無いような」

「ヒイロったら。前にその国の騎士と戦ったでしょう(※)」

(※第4章 第50話)


 アカの指摘にヒイロはああそうか、と頷いた。


「私達が前に居たイグニス王国のお隣の国だ」

「そう、そのイグニスと最近戦争をおっ始めたらしくてね。ムサファも一応城に属する魔法使いとして戦場に出たらしいんだよ」

「戦争ってずっとしてたんじゃないですか? 私たちもその流れで傭兵団で仕事したわけですし」

「国境近くでの牽制による小競り合いは戦争とは言わないんだよ、まあ広義では戦争なんだけど……。そういう規模じゃ無くて、イグニスが軍を編成して本格的な侵攻を開始したんだ」

「そうなんですか。私たち、ずっとイグニスにいたら危なかったって事ですかね」

「基本的には国の軍が戦いに出るから、市民や冒険者が駆り出される事は無いよ。ただ、侵略戦争の場合は大きな街の市街地が戦場になることもあるからそこに住んでいる人は巻き込まれちまうけどね」

「この世界の戦争ってどんな感じなんですか?」

「うーん、アタシも詳しくは知らないんだけど基本的には軍隊同士が正面からぶつかる感じのはずだよ。地球みたいに空襲があったりはしないらしい……精々風魔法使いが空から攻撃するくらいかね」

「騎士同士が戦うって感じなんですかね」

「騎士は首都の守りの要になることが多いから、基本的には騎士よりは弱い兵士達が攻め込む形になるね。

 例えば今回はイグニス王国がワイルズ帝国に侵略してるけど、イグニスの騎士やその上の聖騎士なんて連中は王都の守りに徹してるはずだよ。下手に総力を注ぎ込んで周りの他の国から攻撃されたらたまらないからね」

「ワイルズ帝国側は?」

「防衛側はそんな悠長な事を言っていられない。首都には最低限の守りを残した最大戦力で迎え討つのがセオリーだと思うよ。さっさと相手を撤退させれば一旦は勝利となるわけだからね」


 一応そういうセオリーの裏をかいた奇策もあるらしいが、基本は正面からのぶつかり合いになるとの事である。


「そうなるとイグニス王国側が不利ですよね」

「そうさね。だから普通は侵略戦争なんて起こさないんだよ。だけど今回イグニス側には秘策があったらしい」

「秘策? 奇策でなくて?」

「秘策だよ。これまで秘匿してきた勇者を戦争に導入したんだから」

「勇者?」


 聞き慣れない単語にアカは怪訝な表情を浮かべた。


「数年前からイグニスの軍が準備してきた秘密兵器だよ。間諜からの情報で、そういったものがあるって事は分かっていたんだけどそれがヒトなのか武器なのかはたまた魔道具なのか、詳細はまるで分かってなかったんだ」

「ああ、前に傭兵団にいた時にそんな噂を聞いたかも(※)」

(※第4章 第51話)


 ヒイロがポンと手を叩く。アカもそうえいばそんな話があったなと思い出した。当時は結局「勇者」についての詳細は分からないままだったけれど。


「それで、その「勇者」っていうのは結局何だったんですか?」

「恐ろしく強い魔法を使う集団だったらしい」

「恐ろしく強い魔法?」

「ああ。水属性魔法でも相殺できない炎を打ち出したり、数百匹の蛇を呼び出してけしかけたり、致命的な怪我を一瞬で治したり……とにかく通常の魔法のルールでは考えられないような技ばかり使う者が少なくとも十数人は居たらしいね。数百人から時に数千人が入り乱れる戦場だけど、実際のところ勝ち負けは騎士以上の強さの人間で決まる。極端な話、誰にも負けない世界最強の戦士を用意できればそいつがいる軍が絶対に勝てるって事になるぐらい戦場ってやつは個の力によるところが大きいんだ」

「その勇者たちは世界最強の戦士だったって事ですか?」

「数人は討ち取ったらしいから、そこまででは無いね。だけど少なくともワイルズ帝国の騎士じゃ勇者達を抑えきれなかったらしい。ムサファが言うにはおそらくワイルズ帝国は今頃戦争に負けてるだろうってさ」

「ムサファさんも戦場に出たんですよね? なのになんで最後はそんな他人事っぽい感想になるんですか?」


 アカの疑問にナナミは肩をすくめて答えた。


「簡単なことさ。イグニス軍との最初の戦いは国境に近い平野で行われたから、そこで撤退したとしても帝国が戦いを続けるつもりなら首都が陥落するまでにはまだ時間がかかる。だけどムサファは最初の戦いで帝国はイグニス軍に勝てないと確信して、そのまま国から逃げ出したってわけだ」

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