第135話 遺跡探索

「こういう一見して真っ直ぐに見えて、少しずつ曲がっている道は磁石を確認しながら歩かないと気が付けば正反対を向いてたりするからな」


 ロックの指導のもと遺跡の中をマッピングしていく。


「こういう横道はとりあえず線だけ書いておけばいいですか?」

「そうだな。あとで戻ってきて進む時のためにメモをしておくといい」


 真っ暗な遺跡の中はジメジメとしておりカビ臭い。だが通路のメインストリートと思われる道はそれなりに広く、三、四人で横に並んでも余裕があるほどだ。


 所々にその半分ほどの幅の横道があるが、先ずはメインストリートをひたすら進みながら地図を書いていく。


「アカ、几帳面に線を引くねえ」

「ヒイロはざっくりしすぎじゃない?」


 こまめに磁石を見て包囲を確認しつつ線の角度を調整するアカと、アカの五分の一ぐらいの頻度でしか磁石を見ずに適当に線を引くヒイロ。アカは歩数を数えながら大体百歩でこのくらい……と決めて線を引くが、ヒイロは感覚で書いているので長さもバラバラだった。どちらが地図係マッパーとして向いているかは明らかである。


 しかしアカが地図に意識が行きがちな分ヒイロは周りをよく見ており、完成した地図を持つロック以外の全員が見落とした小さな横道をしっかり見つけて周りを驚かせたりした。


 一方でキマグレブルーの三人は初めてのマッピングに苦慮していた。


「そこは違うってさっきから言ってるだろ!」

「うるさいわね、分かってるわよ!」

「…………むぅ」


 戦士のシタタカが、紅一点のセイカの地図にダメ出しをすると、セイカはイライラしたように返す。彼女自身うまく描けていない自覚はあるがとはいえ初めてのマッピング、思ったように線を引くことすらままならない。そこに横から口を出されれば面白くないことこの上ないというわけだ。その横で魔法使いのノシキは一人で唸って悪戦苦闘しているという構図である。


 そんなそれぞれのパーティを見て、ロックはやはり双焔の二人の異質さに関心を持つ。


 初めてマッピングをしたらキマグレのようにまともに描けないのが普通である……まあパーティ内で喧嘩をするのは頂けないが。なぜならこの世界の人間は地図というものにあまり馴染みがない。勿論街と街の位置を凡そで表した簡易な地図はあるが、それはこの国を例に取ると一番上にネクストの街があり、そこからまっすぐ下に線を引っ張りウラナの街。ウラナからは上下左右に線が出ていて左にドアンの街が、右にはソンサの街が、下にはランバの街があり……といった具合に、各街の繋がりを示しているだけのものである。つまりある街から街道を東西南北いずれかの方向に進めばどの街に着くかを簡単に表したもの。それがこの世界の一般的な地図なのである。


 要は、地形を上から俯瞰して見下ろしてその地図を見る、描くという事自体に普通の冒険者は慣れていないというわけだ。ベテラン冒険者はそこそこ地図を目にする機会があるし、それこそこうやって自分で地図を作ったりするので対応できるが、経験のない若手はキマグレブルーのようにまずどうしていいか分からないのが普通だ。


 だというのに、あっさりと地図を作ってみせるアカとヒイロはある意味では異常としか言いようが無い。几帳面な性格が出ているアカの地図はロックの持つギルドがしっかりと測量して作ったそれに近いクオリティだし、やや大雑把なヒイロの地図だってベテランの作るものと遜色ないレベルだ。


「嬢ちゃんたちは地図を作ったこととかあるのか?」

「え? 特に無いですけど……」


 小学生のころに「学校の周りの地図を作ろう」といった授業があったような気もするが、あまり覚えていない。アカはヒイロにある? と聞いたけれど、ヒイロもブンブンと首を振った。


「そうか。二人とも地図作りの才能があるから地図屋マッパーとしても成功出来ると思うぞ。まあ儲かる仕事じゃ無いけどな」

「なんですかそれ」

「その名の通り、地図を作って売る仕事を生業とする者のことさ。初めてでそれだけ描ければもう俺が教えることなんて無いからな。普通はああなっちまうもんだ」


 そう言ってロックが指差した先には上手く地図が描けずに悪戦苦闘するキマグレの三人がいた。


「ああ……」


 アカは気まずそうな顔をした。そっか、この世界の人は普段地図を目にしないからああなるのか。自分やヒイロは日本にいた時に当たり前に地図に触れているから、の冒険者が「そもそも何をどう書いたらいいかわからない」という状況に陥る事に気づけなかったのである。


「じゃあアカ、冒険者を引退したら一緒に地図屋さんやろうか」

「え? ええ、そうね。それがいいかもね」

「はは。嬢ちゃんたちみたいな才能がある冒険者が引退して地図屋をやったらそれはそれで勿体無いけどな」

「まだ私たちはしばらく冒険者を続けるから大丈夫ですよー」


 カラカラと笑うヒイロに合わせてアカも表情を崩して見せた。ロックはそんな二人に少し休んでてくれと言うと、アドバイスをするためにキマグレの方へ向かう。


「ヒイロ、ありがとう」


 先ほどのフォローに小声で礼を言う。


「どういたしまして。ロックさんは私たちが地図を見慣れてる……例えば貴族のお忍びとかかなぐらいには思ってるかもしれないけど、まあ大丈夫でしょ」


 まさか落ち人だとバレてはいないだろう。


「そうだといいんだけど」

「やっちゃったもんは仕方ないよ、深くは追及もされなかったし勢いで押し切ろう」

「うん……、そうね」

「師匠には気を付けろって怒られるかもしれないけどね」

「それはそれで嫌だなあ……」


 じゃあ師匠には内緒にしておかないとねっと笑うヒイロ。


 うっかり地図を上手に描いて日本人のくせを出してしまいさらにヤバいと表情に出してしまった自分を上手くフォローしてくれたうえ、責めることなく励まして元気付けてくれるヒイロの笑顔。好き。


◇ ◇ ◇


 メインストリートを突き当たりまで進み二層へ下る階段の手前まで進んだら引き返していくつかの横穴に入ってみた。横穴は十メートル程度で行き止まりになっていたり、しばらく進むと広いホールのような空間に出たりとまちまちであったが、共通していたのは特に見どころはないという部分であった。


 そうして入り口まで戻った一行は遺跡を出る。


「今日はこんなところだな。双焔の二人についてはまあ特に言う事は無いな。大したもんだ」


 ロックの言葉にアカとヒイロは軽く頷く。


「キマグレブルーも別に落ち込む事はないぞ。こっちの二人が特殊なだけで最初はみんなこんなもんだ。お前らも経験を積めばいずれは上手い地図を描けるようになるさ」


 キマグレブルーの三人は、アカとヒイロとは対照的に暗い顔で俯く。同じCランク冒険者で初めてマッピングをしたはずの双焔が立派な地図を書いた事で自信を無くしてしまっている。ロックのフォローも――事実を述べてはいるのだが――素直に受け取れずどうしても自分たちが劣っていると感じてしまう。


 遺跡から街に帰る間も、キマグレブルーの三人は難しい顔をして何やら考え込んでいた。


 ……。


 …………。


 ………………。


 街に着く頃には辺りはすっかり暗くなっていた。


「じゃあ俺は今日の結果をギルドに報告してくる。キマグレブルーと双焔には特に報告義務はないからここで解散としよう」

「お疲れ様です」

「ああ、お疲れ」


 ギルドの方へ向かって歩いて行くロックを見送り、アカとヒイロもそのまま帰路に着こうとする。そんな二人にキマグレブルーのセイカが声を掛けた。


「あ、あの、ちょっといいかしら」

「え? はい、なんでしょう?」

「大した事じゃ無いんだけど、二人が今日遺跡で作った地図を売ってもらえない?」

「遺跡で作った地図って、これですか?」


 無造作に筒状に丸めてリュックに刺していた地図を取り出した。


「ええ。その、私たちってあまり上手に描けなかったから、それをお手本に練習させてもらおうかしらって思って」

「ああ、そういう事ですか。別に持ち帰っても使い道は無いのでいいですよ」


 アカははい、と地図を成果に差し出した。


「ありがとう。……いくら?」

「タダでいいですよ」

「それは悪いわ。それに、施しを受けたと思いたく無いからお金は払わせて頂戴」

「えぇ……。ヒイロ、どうする?」

「じゃあ二枚で銀貨五枚五万円で」

「えぇ!?」

「分かった、銀貨五枚ね」


 セイカは迷いなく銀貨五枚をアカに手渡す。


「あ、あの!?」

「じゃあこれで。今日はお疲れさま。……行くわよ」

 

 地図を受け取ったセイカはシタタカとノシキに声を掛けるとさっさと行ってしまった。残されたアカは銀貨五枚を手に立ちすくむ。


「アカ、私たちも帰ろうよ」

「あの地図で銀貨五枚ってちょっとぼったくりじゃない?」

「私ももっと値切られると思ったんだけどね。プライドがあったのかなあ」

「まあお互い納得して取引できたんだし、いいじゃない」

「私は高すぎるって意味でちょっと納得出来てないんだけど……」

「まあまあ。じゃあせっかく稼いだ事だし師匠にお土産買って帰ろうよ」


 ヒイロは楽しそうにアカの手を引いて歩き出す。


 ちなみにこの世界では精度の高い地図は珍しいし、それなりに高価である。ロックが持っていたギルドが作った地図だって買えば銀貨数枚はする。なのでアカとヒイロの手作り地図もそういった基準に照らせば決して高過ぎるといるわけでもない。


 ――軽い気持ちで渡した地図が引き起こす事態を、この時点の二人には予見すべくも無かった。

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