第9話 ゴブリンの巣穴

 できるだけ安全にゴブリンの群れの様子を確認する方法としてヒイロが考えたのが、巣穴の入り口付近で火をくべて煙を洞穴の中に充満させ、中にいるゴブリンを誘い出そうという作戦だった。


「上手く煙が洞穴に充満するかしら?」

「どうだろう、半分くらいは外に出ていっちゃうかも」

「不確定な方法なのね」

「そりゃあね。それにこの方法っていくつか欠点はあって、例えば他の入り口があった場合、普通に考えて煙が迫ってくる出口より安全な別の出口から逃げるよね。その辺りのカバーが出来ないから我ながらあまりスマートな案ではないとは思うよ」


 その代わり上手くいけばローリスクでゴブリンを誘い出せるというわけか。


「やってみる価値はあるんじゃないか?」

「確かに洞窟の外からなら、そこそこ安全ですね!」

「洞穴の中の様子を探ろうとしたっていう実績にはなるだろうしな」


 獅子奮迅のメンバーもこの案に対して前向きな反応を示した。


「うーん……それじゃあ煙で炙り出す作戦で様子を見て、そこで結果が出なかったら撤退って事で良いかしら?」

「ああ、それで行こう!」


◇ ◇ ◇


 再び森に分け入る一同。20分ほどでリオンが見つけたという洞穴の入り口に辿り着いた。


「見張りは入り口の左右に一体ずつか」

「気付かれて仲間を呼ばれると厄介ね」

「じゃあ同時に処理しよう」


 リオンとトールが剣を、アクアが杖を構える。


「私とヒイロなら一撃で倒せるけど?」

「ああ、それは分かるんだけどここは俺たちに任せてくれ。少しは出来るところを見せないとだからな」


 そう言うとリオンとトールは身を屈めてこっそりとゴブリンに近付いていく。一足飛びで斬りかかれるところまで来ると、二人は目で合図しあってそれぞれ近くのゴブリンに飛び込んだ。


斬撃スラッシュッ!」

突撃スラスト!」


 リオンが使ったのは斬撃に魔力を乗せて威力を上げる戦技である「スラッシュ」、トールは同様に突きに魔力を乗せる「スラスト」を使う。


「グゲ?」

「グギャャッ!?」


 直前で奇襲に気付いたゴブリンだったが、助けを呼ぶ間もなく斬り伏せられる。トールが喉を突いたゴブリンは即死したが、リオンが斬ったゴブリンはぐらりと体勢を崩しつつも棍棒を振り上げる。


「水の槍よっ!」

「グゥッ」


 戦技を使ったリオンの隙をカバーするようにアクアの水魔法がゴブリンを襲う。腕を吹き飛ばしされたゴブリンに、改めてリオンがトドメを刺した。


 完全に沈黙する二体のゴブリン。


「……よしっ!」


 リオンはガッツポーズをすると、トールと共にアカ達のもとに戻ってくる。


「どうだった?」

「え?」

「俺たちも中々のモンだろ?」

「ああ……悪くないと思うわ」


 正直比較対象がわからない、というのが正直な感想だったけど、不興を買っても仕方ないので素直に褒めておこう。とはいえ前衛が二人と汎用性の高い水魔法使いと光魔法使いが一人ずつ、このバランスの良さは、パーティとはかくあるべきというお手本のような構成ではあるなとは思う。


「じゃあさっそく火を着けようか。適当に薪をになりそうな枝でも集めるか?」

「とりあえずそれで良いでしょ」


 アカはたったいま倒したばかりのゴブリン達を指差した。適度に脂や不純物が混じっていて、いい感じに煙が出そうだ。既にヒイロは片方の死体の足首を持って洞穴の入り口にポイと投げ込んでいた。魔石や討伐報酬の左耳を回収していないのは、血の臭いが付くのをなるべく避けたかったからだ。


 ヒイロは手際良く二体目の死体も放り込むと「じゃあ火を点けるね」と言って手元から火を出した。昨晩のような威力重視の火の玉ではなく、燃やす事を目的とした火炎放射だ。


 肉を焼く不快な臭いが辺りに漂い、狙い通り煙上がる。


「思ったよりもちゃんと洞穴の方に煙が流れていくわね」

「風の流れがあるのかも」


 火がきちんとついた事を確認したアカとヒイロはリオン達が待機している茂みに戻ると腰を下ろした。


「これで暫く待ってみましょうか」


◇ ◇ ◇


 その後何度か薪を足して煙を送り続け一時間ほど経ったが、他のゴブリンは現れなかった。


「出てこないね」

「煙はしっかり入っていったから、気付いてない事はないんだろうけど……」

「やっぱり他の入り口があったかな」

「でも他の場所から煙は上がってないわよね?」

「うーん、わかんないね」


 アカは隣で洞穴を凝視するリオンに声をかける。


「残念だけど時間切れね。撤退しましょう」

「待ってくれ、もう少しだけ様子を見れば出てくるかも……」

「そのタイムリミットがいま、この瞬間なのよ。これ以上ここにいたら日没までに森を出られないわ」


 ゴブリンは基本的に夜行性だ。というより夜目が利くので他の生き物の行動に制限がかかる夜に積極的に狩りをする習性を持つと言った方が正しいか。


 つまりもうじき訪れる日没以降は彼らの時間で、それまでに森を抜けられなければ真っ暗な森の中でゴブリンに襲われる可能性が高まるという事になる。……このまま直ぐに森を出ても、ゴブリン達の巣穴が近くにある以上は確実な安全とは言えないがそれでもここに居るよりマシである。


 日没までここに留まるリスクが分からないわけでは無いのだろう、リオンは洞穴に後ろ髪を引かれつつも撤退を決断した。


「わかった。みんな、仕方ないがここで……」


 仲間の方を振り返りつつ声を掛けるリオンがはたと止まる。そんな彼の態度を疑問に感じたアカが振り返ると、リオンの視線の先にはゴブリンの集団が居た。


「グゲゲゲッ!」

「ギャギャッ!」

「グォォォォオンッ!!!」


 こちらと目が合った瞬間、集団の戦闘にいたゴブリンが数体、雄叫びを上げてが飛び込んで来た。



「アカッ! あと宜しくっ!」


 自分たちに迫り来るゴブリンの集団に対して、最初に動いたのはヒイロだった。瞬時に一同の前に飛び出すとゴブリン達に向けて両手を前に突き出し、そのまま全力の火炎放射をぶっ放す。


 唸る炎が目の前に迫るゴブリン達を燃やし尽くし、さらに奥でこちらを伺っていた集団まで一気に巻き込んだ。


「ヒイロ!」

「……っ! もう、限界……」


 このまま一気に集団を燃やし尽くすにはとても足りず、ものの数秒でヒイロの魔力が尽きてしまう。

 飛び込んで来たゴブリンを迎え討つためにヒイロは溜めチャージ制御コントロールも省略、とにかく魔力をそのまま最大火力で叩き込んだのだ。おかげでアカ達は被害を免れたのだが、代償に魔力が枯渇したヒイロはそのまま意識を失った。


「走って!」


 アカは未だ状況を掴みきれない獅子奮迅のメンバーに檄を飛ばすと、自分はその場で倒れようとするヒイロを支える。手早く自分のリュックを外してその場に放り投げ、空いた背中にヒイロを背負って正面……たった今、ヒイロが火炎放射を放った方向に走り出した。


「アカ!?」

「向こうが体勢を立て直す前に駆け抜ける!」


 リオン達がついてくるかどうかは分からないが、この場に留まる事が何よりも危険だと判断したアカは一目散に駆け出した。


◇ ◇ ◇


 ゴブリン達は完全にアカ達を包囲していたようで、まさに奇襲をかける瞬間であった。奇しくもヒイロの火炎放射はその包囲網の中心に風穴を開けるもので、不意の炎でゴブリン達が浮き足立っている数秒の隙をついてアカ達はなんとか包囲網を突破したのだった。


 そのまま出口を目指して森を駆ける一行。しかしアカはヒイロを背負っているし、リオンとトールは金属の鎧を着ていて、アクアとソフィはそもそも身体能力が高くない。それぞれの理由に加えて森の中という環境もあり、走る速度は著しく制限された。


「追いつかれる!」

「とにかく森を出ないと、ここで戦うのは無理だっ!」

「このっ!」


 アクアが振り向いて水の槍を放つ。しかし魔力を集中していない一撃は碌な威力が出ないし、そもそも走りながら後ろに向かって撃つ練習などした事もない彼女の魔法は明後日の方向に飛んでいってしまった。


「アクアッ! 魔力を無駄にするなっ!」

「悪かったわね!」


 リオンの指示に悪態をつくアクア。喧嘩してる暇があったら脚を動かして欲しい。


 ようやく森の出口が見えたところで、最後尾から悲鳴が上がる。


「きゃあああっ!」


 振り向くとソフィが遂にゴブリンに追いつかれ、ロングヘアを思い切り掴まれて引っ張られていた。


「ソフィ!」


 足を止めるリオン達。

 

「ちっ!」


 アカは振り返って右手を鉄砲の形に構える。威力は不要、その代わり10m先への精密射撃を……。


「フッ!」


 アカの指先から火の玉が発射される。威力を抑えてコントロールを優先した一撃は、狙い違わずソフィの髪を掴むゴブリンの手元に命中した。


「ひっ!」

「ちょっと!?」


 その火は一瞬でソフィの長い髪を燃やす。


「止まらないで!」


 あの状況、一瞬でゴブリンを一撃で吹き飛ばす威力の炎を作り出すのは無理だった。数秒間も足を止めたら後続のゴブリンも追い付いてきてどうしようもなくなる。だけど髪の毛を掴まれているのならそれを燃やしてしまえば、とりあえず拘束は解ける。申し訳ないがあれ以外になんとかする方法は無かった。


 踵を返して走り出したアカに、リオン達も慌てて続く。一行はなんとか森を脱出した。

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